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飲みに行く異世界の冒険者の話①

 これはレフィリアたちがエスターニャからエーデルランドに戻って来て休暇を取っていた間の話。とある日の夜、エーデルランドの王都にて。


 すっかり日が暮れて暗くなった街の中を紅い髪の青年魔法剣士、ルヴィスは他に誰も連れず一人で歩いていた。


 しかもその恰好はパッと見て誰だか分からないよう帽子を目深に被っていて、服装もわざと目立たないように地味な風貌のものを着用しており、こそこそと言う程でもないが人通りの少ない路地のような場所を静かに移動している。


 そして辿り着いた先は、ひっそりとしていて小さいが小洒落こじゃれた外観をした一軒の酒場であった。


 とはいっても大衆酒場やパブといった明るく騒がしい居酒屋の雰囲気ではなく、むしろ静寂に包まれて落ち着いたバーといった感じの場所である。


「――いらっしゃいませ」


 ルヴィスが扉を開けて入店すると、カランカランと真鍮製のドアベルが心地よく鳴り、それからすぐ目の前のカウンター先にいた初老の男性が挨拶をする。


 その人物は如何にもイメージ通りなバーのマスターそのままの容姿と恰好をした小綺麗かつダンディな男で、店内もまた様々な種類の酒瓶が数多く並んだ、わざと少し暗くしているのだろうがムーディで素敵な意匠と内装をした魅力的な空間であった。


「おや……これはこれは、ルヴィス殿ではございませんか」


「やあ、久しぶりマスター。元気そうで何よりだ」


 どうも二人は既に知り合っている仲のようで、ルヴィスは帽子とコートを取って姿を晒してはバーのマスターへと近づき話しかける。因みに店内には他の客はいなかった。


 余談だがルヴィスは一応、出身国エーデルランドだと特に有名人なので本人だと分かる恰好をしていると、なかなか落ち着いて店で飲食などをすることは出来ない。


 その立場と容姿でどうしても人目を集めてしまうので、まるで芸能人よろしく姿を隠すような服装をしていた訳だ。


「そちらこそ、お噂は兼ねがねお聞きしておりますよ。また色々と各地でご活躍なされているようで」


「はは、それ程でもあるさ。――とはいっても、今は俺なんかよりずっと凄いヤツの手伝いをしているにすぎないけどな」


「ご謙遜を。かの名高い聖騎士様のことですかな? まあ、その辺りも含めてまた面白い冒険譚でもお聞かせ下さいよ。今宵は好きなだけ、ごゆっくりなさって下さいませ」


 優しく答えるマスターの言葉に頷き、ルヴィスは席につくと人差し指を一本立てる。


「ああ、それじゃあ“いつもの”を頼む。マスター」


 ルヴィスが月並みな台詞で注文した後、マスターがこれまたそれらしい手慣れた動作でシェイカーを振り、そして出来上がった一杯を彼の目の前へ置く。


「お待ち遠さま」


 それは霧がかった白い半透明の液体がカクテルグラスに注がれていて、淵の部分にはスライスしたライムが飾りに刺さっていた。


 豊潤で爽やかな柑橘の香りがふわっと鼻腔を擽る。ルヴィスが頼んだ“いつもの”とは、ジンとライム果汁を合わせて作る、いわゆるギムレットであった。


「ありがとう」


 グラスを手にしたルヴィスは香りを堪能した後、口をつけては飲みやすくもキレがあってしっかりとした味わいを楽しむ。


 因みにギムレットのカクテル言葉は「長い別れ」。だから何だという訳ではないが、久方ぶりにお気に入りを味わったルヴィスは思わず微笑みを浮かべてマスターの方を向いた。


「――うん、やはりこの味だな。なんていうかこう、すごくしっくりくるものがある」


「そう言っていただければ何よりですよ」


「長いこと来れてなかったし、こんな時世だからまだ店をやってるのか少し心配だったんだが、また味わうことが出来て良かった」


「ふふ、あくまでしがない商人崩れが趣味と道楽でやっているようなお店ですからねえ。まあ、私が飽きるまではたとえ明日が世界の終わりでもやっているかもですよ」


「よしてくれ、縁起でもない。こんな辺鄙な場所に構えてるのに、意外と常連客が多い憩いの場なのだから……無理のない範囲で続けてくれれば嬉しいよ」


「ここが皆さんの帰って来る安息の地となっているのでれば、これ以上の喜びもありませんね。近頃は何気に新規のお客も増えていまして――」


 その時、店の扉が唐突に開いてはまた真鍮製のドアベルが鳴って客の来訪を告げた。


 店の入り口側に背を向けていたルヴィスはわざわざ振り返ってまで誰が来たのかを見たりはしなかったものの、足音からして二人分の客が入って来たことだけは感じ取っていた。


「いらっしゃいませ」


「おっ、なかなかいい感じの店じゃねえか」


 若い男性の声が聞こえてくる。しかも、それはルヴィスに取って明らかに聞き覚えのある声であった。


「――ッ!?」


 ルヴィスがえっと目を瞠った途端、その男はズカズカとカウンター席まで歩いてきては、おまけにルヴィスの右側のすぐ隣の椅子へと無遠慮に座る。


「それに酒の方も銘品揃いときた。マスター、なんかお勧めのウイスキーを頼む。ストレートでいいぜ」


「あっ、僕はカシオレでお願いしまーす!」


 更にもう一人分の見知った声が背後から聞こえてきては、その声の主はルヴィスの左側のすぐ隣の席へと座った。つまりルヴィスは挟まれてしまったことになる。知り合いに。


「ちょっ、お前達……!?」


「よう、ルヴィス。奇遇だな」


 ルヴィスが驚いて右を向くと、そこにはハンターがニヤッとした顔を浮かべながら肩を叩いてきた。


「ヤッホー! 何こんなお洒落なお店に一人で来てんのさ、このこのー!」


 そしてもう一人はジェドであった。彼女もまたからかうようにルヴィスの背中を指先で小突いてくる。


「何でここが……まさか、つけてきたのか!?」


「人聞きが悪いな。たまたま街の中でお前を見かけたと思ったら、ふらっと裏通りの方に入っていくもんだからよ。なんか怪しいと思って様子を見にきただけだぜ」


「要するにつけてきたんじゃないか……」


「いやあ、好奇心には勝てなかったね。なんかこそこそしてるなーって思ったら、如何にも隠れた名店っぽい感じの場所に入るんだもの。だからちょっと時間空けて僕らも入店してみた訳ー」


「何だ? 一人静かに飲み明かしたかったってか?」


「だとしたらゴメンねえ、でも僕らに見つかったのが運のツキってことで諦めてー」


「……いや、別にいいんだけどさ。確かにここは良い店だから、二人とも飲んでいきなよ」


 肩を竦めて小さく息をつきながら答えたルヴィスに、ハンターとジェドはわざとらしくニンマリとする。


「おっし、じゃあゴチになるぜ!」


「ゴチになりまーす!」


「って、誰も奢るとは言ってないぞ!?」


 ルヴィスたちがそんな会話をしている間にも、二人分の注文された品を速やかに用意したマスターが静かにそれらのグラスを差し出す。


「お待ち遠さま」


「おっ、サンキュー」


「どうもー」


「お二方とも、随分ルヴィス殿と親しいご様子ですが、もしや旅のお仲間だったりされますかな?」


 マスターからの質問に、一口分だけ酒を味わったハンターが返事をする。


「まっ、そんなところだぜ。しかし美味いなコイツは。相当な上物なんじゃねえか?」


「僕たち、一緒に世界をあちこち回ったりしてまーす! にしても美味しいねー、コレ。ただのカシオレじゃないよー?」


「喜んでいただけたようで何よりです」


 ハンターとジェドの反応に満足そうに微笑むマスター。早いことにもう一杯分を飲み終えてジェドは次を注文すると、ルヴィスの方を向いては明るく話しかけた。


「ねえ、ルヴィス。ここってルヴィスの行きつけ? よく来るの?」


「まあ、それなりに。とはいっても、レフィリアたちと旅をし出してからは一度も来れてなかったから、しばらくぶりではあるんだがな」


「ふうん、確かに良いお店だよねえ。ていうか、こんなに良いところならレフィリアを誘ってくればよかったのに」


「ゴホッ?!」


 ジェドの何気ない発言にルヴィスはつい咽そうになってしまう。


「レフィリアをか……!?」


「お? 日和ってるようなら、俺ちゃんが先に声を掛けちまうぜ?」 


 するとハンターが意地の悪い笑みを浮かべてルヴィスを見た。


「愛を囁くにはうってつけな、いい雰囲気の店を知っちまったからなあ。戦いではメッチャメチャ強いレフィリアの姉さんでも、意外とコロっといっちゃうかもしれねえし」


「……おい、勝手な真似は許さんぞ」


 ルヴィスにギロリと睨まれるが、ハンターの方は全く動じた様子もなくニヤニヤした笑い顔をしたままである。


「勝手? 抜け駆けはするなってか? 別にレフィリアの姉さんはアンタのものって訳でもねえだろ?」


「……ッ! 確かにそうだがな……!」


「そもそもあんなすっげえ美人がいつまでも放っておかれると思ってんのか? 手に入れたいんなら他人ヒトに手を出される前に、やる事はやっておくべきだと思うがね。オタクが自分にどれだけ自信があるのかは知らねえが」


「くっ、好き放題言ってくれるな……」


「まあまあ、せっかく酒も美味いんだし、そう怖い顔すんじゃねえって。……そうだな、ここは一つ。ちょっとしたゲームでもしようじゃねえか」

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