男の正体と異世界で挑む者の話⑪
「――これは可哀想に」
カリストロスの遺体が完全に消え去ってしまったところで、スレイアは肩を竦めながら芝居がかった口調で呟く。
「可哀想過ぎて、もはや滑稽です。せっかく命を捧げて思い人を蘇らせようとしたのに、当の本人はあっさりと消滅してしまったのですから。もはやただの自害……いや、犬死にも同然で、これをくだらないと言わずになんと――」
途端、スレイアは急遽独り言を打ち切っては後ろへ即座に反転し、それと同時に一切慌てた様子も無く長剣を振るっては、背後から襲いかかってきた何かを弾き飛ばした。
「……ッ!」
それは、レフィリアによる奇襲からの斬撃であった。
空間跳躍でスレイアの真後ろへと現れたレフィリアが、一切の躊躇なく飛び掛かるように斬り込んできたのだ。
ところがそれはスレイアを仰け反らせるどころか姿勢を崩す事すらなく完全に防がれ、逆にレフィリアは弾かれた反動で十数メートル程まで距離を開けさせられてしまう。
レフィリアが苦い顔をしてスレイアを睨む中、彼の方はこれといって追撃することなく相変わらずの気安い調子で新たな襲撃者へと声を掛けた。
「おや、これは聖騎士レフィリア。まだこの街に残っていたとは、貴方も随分な物好きですねえ。私とカリストロスが戦っている間にこそっと逃げてしまえばよかったものを」
「前にも言いましたよ。貴方を放置したまま、立ち去るつもりはないと。今までは、戦いに介入するな、というカリストロスの要望に従っていただけです」
剣を構えつつ気丈に答えるレフィリアに、スレイアがつい軽く失笑しては頷いて彼女を見つめる。
「そうですか、そうですか。まあ、確かにその方が貴方にとっても都合がいいですものね。私と彼が戦っている間、貴方は安全な場所で双方の戦力分析をしつつ体力を温存し、決着がついたら消耗している勝ち残った方を叩き潰す。いわゆる、漁夫の利というヤツです」
「何とでも言って下さい。そもそもですけど貴方、カリストロスからあれだけ壮絶な猛攻を受けたにも関わらず、すごく平気そうにしているじゃありませんか」
「それは当然です。彼は決死の覚悟で臨んだのでしょうけど、私にとっては児戯にも等しい。美味しいお零れを狙っていたのでしたら、貴方の目論見は残念ながら大失敗という訳ですよ」
ニヤニヤと挑発的な笑みでベラベラ喋るスレイアに、レフィリアは激昂することなく冷淡な声と表情で返す。
「人を姑息で卑劣なヤツ呼ばわりしたくてしょうがないんでしょうけど、私は貴方が手負いだろうが万全だろうが、関係なくここで討ち倒すつもりですよ」
スレイアへの攻撃を仕掛けたのは半分くらい衝動的ではあったものの、それでも仲間達へは一応の断りを入れてきた。
どちらにしろ、正面からスレイアと斬り合えるのはレフィリアしかいない為、他のメンバーは極力離れた位置からサポートに徹してもらう他ない。
「ふむ、カリストロスの全力が私に一切通用しなかった一部始終を見届け、それをまた理解しているにも関わらずこの私と戦おうとする……よっぽど、ご自分に自信――いや、何かの勝算があるのでしょうね。でなければ今の貴方の、必死に頑張れば意外とどうにかなるかも、なんて表情を浮かべる筈がない」
レフィリアからの明確な殺気の視線を受け止めながら、スレイアは彼女の姿をジッと眺めた後、急に何かに気づいたような顔になる。
「なるほど、自信の理由はそのマントですか。そういえば以前、私のカースプロジェクションを弾いたのも、その装備効果によるものだったのですね。――しかしこれはまた、何というか……」
そこでスレイアは、更に奇妙なものでも見るかのような目でジロジロとレフィリアの全身を見回していく。それを受けてレフィリアは実に不快そうに彼を睨んだ。
「……何です?」
「そのマント、見て呉れこそボロボロですが、実に大した性能の超級防具です。まるで神の奇跡の具現――いえ、そのものとでもいうべきでしょう」
(この男、まさか私の装備を分析している……!?)
レフィリアが警戒からより身構えたところで、スレイアは再び元の胡散臭い笑みを浮かべ始めた。
「ですが聖騎士レフィリア。貴方はその装備の具体的な性質というか、その正体を本当に理解して使っていますか? だとすれば顔や言動に似合わず、そうとう悪趣味というか、むしろ随分な肝っ玉の持ち主ということで、私はある意味称賛しますが」
「……何を言いたいのかは判りませんが、私の装備がたとえ何であろうと貴方には関係ないと思いますけど?」
「それはその通り。ですがここは一つ、純粋な親切心から教えてあげましょう。その様子だと貴方は何も知らないようですからね」
レフィリアとしては呑気にペチャクチャと会話に花を咲かせるつもりも無かったのだが、スレイアの漂わせるゾワッとするような異様さに、無意識のうちに知っておかなければならないとつい聞き入ってしまう。
「貴方がカッコよく身に着けているそのマントの、言わば構成材料――いいえ、その防具を生み出した大元といった方が正しいか。それはですね、大勢の人間から生きたまま抽出した魂を原料に作られているのですよ」
「……ッ?!」
「それも賢者の石やエリクシルのように、ただ魂を錬成したのではない。人の魂を更に高次元物質へと昇華、及び変換したものが、そのお召し物へふんだんに用いられています」
突然の内容にレフィリアが目を瞠る中、スレイアは構わずに話を続けていく。
「因みにその物質は人が生まれてから寿命で死ぬまでに生産する総エネルギーを内包しており、一人当たりからでも相当な魔力が得られるのですね。その結晶体を沢山捏ねて作られた、まさしく神具とでもいうべき代物がそのマントと、もっといえばそれを生み出した大元の正体なのですよ」
「そんな……いや、何でそんな事が貴方に分かるんですか!?」
スレイアが立て続けに語った事にいまいち理解の追いついていないレフィリアであったが、スレイアは物知り顔で顎を撫でながら淡々と受け答える。
「これでもそういった方面にはそれなりに詳しいのです。特に“神が好んでやりそうな、ろくでもない所業”に関してはですね」
「神の……所業?」
「貴方のそのマント、いくらか消費しているようですので現時点だと、人の魂換算でだいたい19万人程の魔力量といった感じですか。ですが、新品の状態だった時は、ザっと見ても30万人分くらいはあったんじゃないですかねえ」
(さ、30万……!?)
自分が今も身に着けていて、それでいて便利に何度も使っていた装備が、まさかそれだけの人命を元に作られた代物だと告げられ、流石のレフィリアも内心狼狽えてしまう。
彼の言っている事が本当である根拠はないものの、それでも妙な説得力が何故かあって、どうにも信じざるを得なかった。
「そして、そんな業の深いアイテムを貴方が単なる偶然で手にする筈もない。明らかに貴方が私と対峙する事を見越して、メタ装備同然の防具を渡した者が確実に存在する……たとえば、この世界を創造した神とか」
「……ッ!!」
レフィリアがつい浮かべてしまった表情に、スレイアはニッと更に口元を歪めてみせた。
「その顔はどうやらアタリみたいですね。まあ、推理するまでの事でもありませんが……そうですね。この際ですから、もう一つまた新しい情報を差し上げましょう」
するとスレイアは人差し指を立てては、これ見よがしにレフィリアを見つめた。
「聖騎士レフィリア。貴方はアーガイアで初めて私と戦った時、私にこう問いましたよね? 貴方は自分や六魔将といった異世界転移者を滅ぼすのが目的なのではないか、と」
そこまで言ったところで、スレイアは大仰に両腕を広げては邪笑とでもいうべき表情を見せた。
「ええ、その通りですよ。私の目的は、貴方がた異世界転移者たち全員の抹殺。それもただ殺すのではなく、心身ともに酷く苦しませてから惨たらしく永遠の死を与える事を望んでいます。――とはいっても、それだけが目的って訳でもないのですけどね」
「……え?」
「先に前提の話をしますと、貴方が私の目的について質問できたのは、その情報を与えた裏方が存在するという事……これもまた、この世界の神でしょうね。つまり貴方のバックには、この世界の神という、これ以上に無い程大きな支援者がいる訳ですが……私はですね、その神も最終的には滅ぼすつもりでいるのですよ」
「なッ!? 神を……ですか!?」
「ええ、しかも私にとって別にこれが初めての行いでもありません。これまで色んな異世界を渡り歩いては、そこで調子に乗りまくる異世界転移者や転生者どもと、そんな彼らを生み出した諸悪の根源である神どもを殺しまくってきたのですから」
スレイアのカミングアウトしていく突拍子もない話の内容に、もはやレフィリアは絶句するしかなかった。
だがきっと彼は、ほんの少しも嘘を言ってはいない。彼がそれだけ強大で恐ろしい相手であるという事をレフィリアの直感が激しい警鐘を以て伝えてきている。
かといって、こちらから攻め込んでしまった以上は臆病風に吹かれて逃げる訳にもいかない。レフィリアは薄ら寒い恐怖の感情を表に出さぬよう吞み込んでは、スレイアに対して口を開く。
「――でしたら、戦う前に私からも質問を。私はこの世界にアバターを得て転移する直前、何らかの妨害を受けて能力を弱体化させられたと聞いています。それは貴方の仕業なんですか?」
「ええ、そうですよ」
レフィリアからの問いに、スレイアはあまりにあっさりと返答した。
「貴方に知る由なんて無かったでしょうけど、実は貴方、転移者たちの中でもレイドボス的な立ち位置だったのです」
「レイド……ボス?」
「おや、聞き馴染みがありませんかね。言うなれば貴方は一対多を想定して戦力配分されたユニットで、元の数値換算だと他の転移者の約3倍程の出力を有していました」
怪訝そうにしているレフィリアへ、スレイアは剣を持っていない方の手の指を三本立てながら説明を続ける。
「ですが、それだと私の思い描くシナリオ的に少々都合が悪かった。故に勝手ながら、異世界転移時点で貴方のステータスを幾らか下方修正させていただきました。……あ、因みにカリストロスが途中で急に強くなったのも、似たような――というか、逆のことを私がしたからですよ」
「そうですか……貴方は本当に初めから私たちを痛めつける為に、裏でずっと暗躍していたのですね……」
色々と考えを巡らせては複雑そうな表情を数秒浮かべたところで、レフィリアは真っ直ぐにスレイアを見据える。
「しかしどうして、そのような事を? それだけの事をずっと続けているからには、何か相応の理由があるんだとは思いますが」
「んー、それについては、あえてまだ伏せておきます。あまり急いでネタバレし過ぎるのも面白くないですからね。もし次に私と再会できたら、その辺の話も教えてあげましょうか」
おそるおそる聞くレフィリアに、スレイアは肩を竦めながら首を横に振ってみせた。
「次って……それだけ大事な情報を幾つも離したのですから、もう私を生かして帰す気なんて無いのでは?」
「いやいや、私は言いましたよ? 今日、仕留める獲物は一人だけだと。先ほどカリストロスを倒したばかりですので、私から貴方に手を出すつもりは毛頭ありません」
そう言ったスレイアはあろうことか手元から剣を消し去ってしまい、全く戦う気は無いとばかりに両手を掲げてみせた。
しかしそんな事をされても、レフィリアがこの状況で彼をむざむざ見逃す理由はない。
彼が最大級の危険人物であると改めて分かった以上、たとえ非武装かつ無防備であろうと容赦なく攻撃を敢行するまでだ。
「…………」
「とはいっても、貴方はこの場で私を倒すつもりなんですよね。でしたら仕方ありません。せっかくですのでいっそ、貴方と私にどれだけ力の差があるのかという事を思い知らせてきましょうか」
「――ッ!」
「聖騎士レフィリア、貴方はこう考えている。そのマントで私の呪詛を無効化できる間に、最も勝ち筋の望める白兵戦を以て一気に勝負をつけようと。ですが――」
直後、スレイアはその細い目を大きく見開いては恐ろしい笑みと共にレフィリアを見据えた。
「たとえ億単位の生贄を捧げた神具だろうと太刀打ちできない、真の絶望を味わわせてあげますよ!」
そして右腕を真っ直ぐ前へと突き出すと、その手のひらを勢いよく広げて見せる。
「――トゥエルブ・オ・クロックベル!」
途端、真っ赤な光の波動が一瞬で視界全域を染め上げ、レフィリアは反応すら出来ず、その奔流に晒されることとなった。




