男の正体と異世界で挑む者の話⑨
「――――――」
サーメートの発火自体はせいぜい2、3秒程度ではあるものの、それによって生じた火炎でスレイアの死体が今もなお燃焼していく様をカリストロスは只々無言で眺め続ける。
そして十数秒ほど経ったところで、ようやく彼は呟くように再び口を開いた。
「……やった、のか?」
「いえ、やれていませんよ」
すると突然、何故か目の前で燃やされている筈の男の声がすぐ背後から聞こえてきた。
それだけでなく、その声を認識した瞬間には、カリストロスの胸から赤い光を放つ細長い剣の刀身が真っ直ぐに突き出ていた。
「な゛ッ……?!」
カリストロスが驚愕したのも束の間、即座に彼の胸から生えていたものが自分の中へ吸い込まれては背中から出ていき、そのまま一気に引き抜かれると、カリストロスは踏ん張ることも出来ずに前へと倒れ込んでしまう。
それでも何とか後ろを確認しようと倒れ込む瞬間、身体を咄嗟に捻っては横倒しの状態で肩から地面に転がったのであるが――その方向へ視線を向けたところで、彼は我を疑うかのような形相で目を瞠った。
なんとそこには、ほんの少しの負傷も見受けられない五体満足な姿のスレイアが、いつもの胡散臭い笑みを浮かべながら平然と佇んでいたのだ。
(えっ、そんな……どうして……ッ!?)
その光景に、カリストロスだけでなく離れた位置から戦闘を見届けていたレフィリアですら、訳が分からないと驚きの表情で息を呑んだ。
(私からもスレイアが倒されたようにしか見えなかったのに、まるで何事も無かったみたいに一瞬で戻って来た……!)
――そう。遠くから戦場全体を見渡せていたレフィリアでさえ、スレイアは再登場した瞬間を認識できなかったくらい、いつの間にか出現していたのだ。
それこそ何かの手品で、カリストロスの影にでも隠れ潜んでいたんじゃないかと勘繰ってしまう程に。
カリストロスとレフィリアの双方が理解不能とばかりに言葉を失っている中、当の本人はヘラヘラとした顔をしながら目の前に転がっている男を見下ろして覗き込む。
「残念、差し違えてでも仕留める覚悟だったのでしょうが、それでも歯が立ちませんでしたね。――あ、因みに今度は魂の核を破壊しましたので、どう足掻いても再起は不可能ですよ」
意地の悪い口調でスレイアがそう言った途端、カリストロスは幻が解けるかのように、異形の魔人から人の姿をした元の状態へと戻った。
ところがその見た目は、魔人に変身する前とは明らかに異なる箇所があった。
――髪が、白くなっていたのだ。
彼の艶やかだった漆黒の長髪が、今では老人のように全て真っ白に染まってしまっている。
加えて顔色の方も頗る蒼白で、致命傷を負っているので当然だがとにかく生気が無い。
「おま……何、で……」
口元と胸に二つ空いた穴から血を流しながら、息も絶え絶えにカリストロスは厭らしく見つめてくる細目の男を見上げる。
「気になりますか? 何故、私が生きているのか……気になりますよね? 気になるでしょうとも!」
わざとらしく芝居がかった口調で喋りながら、スレイアは実に鬱陶しい邪な笑みを浮かべた。
「その理由はとても簡単。単に貴方が私を殺せていなかっただけです」
「……ッ!」
「そもそもな話、私はこれといって怪我の一つも負ってはいません。というか、この戦いの最初から最後まで私は、辛うじて勝負が成立している、ように見せかけていただけなんですよ」
「何、だと……!?」
「つまりは“戦いごっこ”です。ほら、園児くらいの小さな子供に付き合って大人がしてあげるような、ヒーロー対悪の怪人や怪獣といったアレ。でも大人が本当に本気で襲いかかってきたとしたら、勝負にすらならないでしょう? いわゆる、大人げないってもんです」
そこまで言って、スレイアはやれやれといった仕草でこれ見よがしに肩を竦めてみせる。
「意外と大変なんですよ。上手い具合に負けたフリをしてあげて、相手を勝った気にさせるというのは」
(アイツ……ッ!)
そこまでのスレイアの語りを聞いていて、レフィリアはカリストロスの味方ではないものの、それでも無性に腹立たしい気持ちになっていた。
戦っている相手を馬鹿にしていた、という意味ではこれまでのカリストロスもそんなに変わらなくはあるのだが、たとえそれでもだ。
「貴方の頑張りに応えてあげる為、私も出来る限り一生懸命に演技したつもりですが……楽しんでいただけましたか?」
「……くそッ! ちくしょう……ッ!」
スレイアからこれでもかと見下された発言をされ続け、しかしもう指の一本すらまともに動かせなくなったカリストロスは、ただ悔し気に僅かな声を上げる事しか出来なかった。
正直、現在の彼はもう言葉を発する事すら非常に辛い状態である。
「ああ、いいですねぇ。その悔しさに満ちた顔は良い……。あっ、一応教えて差し上げますと、私に殺された者は元の世界に戻ったり、はたまた別の世界に転生だとか死に戻りタイムリープなんて出来ませんので、悪しからず」
「……ッ!!」
「何ですって……!?」
これ以上に無い程、厭らしい口調と表情で告げたスレイアの絶望的な言葉に、レフィリアはつい声を出してしまっていた。
しかし彼の持つ強力で凶悪な力を以てすれば、そんな事さえ苦も無く可能なのだろうと嫌でも納得してしまう。
「ですから貴方はここで自分の無能さを呪いながら、惨めさと無念さを抱いて死んでいきなさい。異世界転移や転生なんて事象で喜ぶような連中なんて、須らく無価値なゴミなのですから」
「くそッ……! ふざけんな……俺はまだ、死ねな……くそッ、く――」
何としてでも縋る思いで意識を途切れさせないよう必死に声を上げていたカリストロスであったが、それでもついに限界が来てしまったのか、急に静かになってはそのまま動かなくなってしまった。
「さようなら。貴方の詰まらない駄作人生は、これにて終了です。次はまともな来世が送れるといいですねえ」
完全に事切れてしまったカリストロスをじっくりと観察するように眺めながら、余韻に浸るが如く数秒ほど黙ったところでスレイアは満足したように息をつく。
「――ついに逝きましたか。期待外れの屑もいいところでしたが、最期くらいはそれなりの存在価値を示したようですね」
そう呟いた直後、急に地面へ転がっているカリストロスのすぐ傍へ、何処からともなく一人の人物が姿を現す。
「――――」
それは魔法による空間転移で駆けつけた銀髪紅眼の令嬢、ロズェリエだった。




