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男の正体と異世界で挑む者の話⑦

「ふっ、しぶといですね。まるで台所のゴキブリみたいですよ」


 辛うじて追撃を避けきったカリストロスを嘲笑いつつ、スレイアは更に長剣を振り回しては剣圧による投刃を放とうとする。


 しかしその前に、スレイアの側方から秒速1500m以上の速度を以てAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)が飛んできたことで、彼は反射的にそちらの方を斬りつけては迎撃を行った。


 尋常ではない運動エネルギーを秘めた徹甲弾の凄まじい衝撃波など物ともせず、しかも材質にタングステン合金ではなく劣化ウラン合金を用いた侵徹体を造作も無く真っ二つに両断する。


 着弾により生じる高温の飛散物すら、黒衣の剣士は全く意に介さない。


「おやおや、これはまた……」


 そして何事も無かったかのようなすまし顔をしながら、スレイアは砲弾の飛んできた方向へと目を向ける。


 するとその先には十台ほどの10式戦車とともに、その車上や周囲の建物を遮蔽物にするよう随伴して百人近い猟犬兵が、いつの間にかスレイア独りを包囲するように即時展開していた。


 猟犬兵たちはそれぞれがカールグスタフやパンツァーファウスト、ジャベリンといった携行武装を既に構えており、全員がスレイアへと等しく狙いを定めてしまっている。


「第一射命中! 目標健在! 効果見られず!」


「構わん、火力支援続行! 全弾一斉掃射! 出来る限り、ターゲットをこちらへ引きつけろ!」


「了解! ――発射ファイアーッ!」


 先ほどアパッチの編隊がこれでもかと畳みかけても完全に無傷であったスレイアに対し、戦車及び猟犬兵の集団は一切臆することなく一斉射を行ってきた。それこそ愚直なくらい、徹底的に全力で持ちうる総火力を叩き込む。


「ふむ、効果が芳しくないと分かっていてこの集中砲火……どうやら私の注意を本体かれから逸らしたいみたいですねえ。いいでしょう、あえてその陽動に乗っかってあげます」


 またもや夥しい爆炎と砂煙に包まれては騒がしくなった戦場において、スレイアはやれやれ仕方ない、とでも言いたげな表情で肩を竦めた。


 そもそもな話、わざわざ剣で斬り払わなくとも、スレイアにはこれといって火砲によるダメージを受けている様子は見られない。おそらくはノーガードで食らっても大した損傷は与えられないだろう。


 それでも攻撃が飛んでくるその都度、彼が剣風を発生させているのは、単に周りへ立ち込める砂煙が鬱陶しいからというだけだ。


 それこそ戦車やヘリをの機体を容易く解体する真空の刃も、彼からしてみれば漂ってくる煙草の煙を手で払うくらいの何気ない動作に過ぎないのだと思われる。


「ですが、彼も凝りませんねぇ。こんなもの、幾ら揃えたところで大した時間稼ぎにもならないでしょうに」


 大地が何度か激しく弾け飛んだ後、もはや単調な繰り返しの作業とばかりに赤い旋風が巻き起こって火煙を掻き消し、同時に放たれた鎌鼬の嵐が兵士も戦車も一切合切を巻き込んで斬り刻み、そして打ち上げては木っ端のように散らしていく。


 だが、残った兵士たちの砲撃の手は止まらない。通用しないと分かり切っている筈の攻撃をいつまでも繰り返す――その愚かしい有様にさしものスレイアも馬鹿馬鹿しくなってきたのか、それとも憐れみすら覚えてきたのか、より剣圧によって生じる魔力衝撃波の威力を少しだけ強めた。


 結局、四度目の振り抜きを行ったところで、カリストロスの猟犬兵と戦車群による二個小隊規模の地上部隊は遂に沈黙することとなった。


 ――ところが、攻撃自体はそれだけで終わってはいなかった。


「――ッ!?」


 急に遥か上空から聞こえてきた、けたたましいジェット音とその空気振動にスレイアはふと天を仰ぐ。


 その視界の先には巨大な怪鳥――ではなく一機の最新鋭戦闘機、F-35 ライトニングⅡの姿が見えたのだが、それはスレイアに向かってくることはなく、ただモースカヴァの灰色に染まった空を一気に通り過ぎていった。


 ただし、二発分の精密誘導爆弾スマートボムを落として。


(ちょっ、何か落としていった……!?)


 唐突に大空を横切っていった戦闘機の機影と、それが通過時に投下していった物体をレフィリアは思わず目で追っていく。


 それはGBU-31 JDAM、弾体はMk.84爆弾でその全長は3メートルを超え、重量に至ってはほぼ1トンといったところ。カタログスペックとしては一発で幅15メートル、深さ11メートルものクレーターを作る能力があるという。


 細長い流線型をしたその爆弾は単に落下してくるというより、スレイア目掛けて突っ込んでくるかの如く、正確に彼の脳天へと急接近してくる。


「なんとッ!?」


 それを視認したスレイアは少しだけ驚いたような声を上げながらも、やはり頑なにその場から離れようとはせず、上空を見上げながら変わらぬ軽やかな手つきで長剣を一閃した。


 直後、標的であるスレイアへ到達する前にJDAMは100メートル程先の空中にて二発同時に斬り刻まれ、今回使用された兵器の中で最も強烈な大爆発を発生させては、周囲一帯の空気を震わせる。


「いやあ、別に食らってあげても良かったのですが、それだとなんか私が鳥にウンコ落とされたみたいでちょっとカッコ悪いかなあって。ですから、つい迎撃してしまいました。――せっかくのプレゼントを受け取り拒否してしまって、すみませんねぇ」


 再び薄い笑みを浮かべては、余裕綽々な態度で独り言を喋るスレイア。というのも、現時点で彼の視界にカリストロスの姿は無かったからだ。


 先の兵士たちの集中放火と投下爆撃に彼が構っている間に移動したのだろうが、流石に逃走したという事はないだろう。きっとこの近辺の何処かに隠れ潜んでいるのは間違いない。


「……ん?」


 するとスレイアがJDAMを破壊してから然程、間を空けずに市街の建物群の合間から、またもや数台の戦闘車両とそれに乗った猟犬兵たちが姿を現した。


 しかし今度のそれらは10式戦車ではなく、87式偵察警戒車ブラックアイ、96式装輪装甲車クーガーといった、これまでとはまた違った顔ぶれである。


 そしてその上空には、たった4機ではあるもののアパッチ・ガーディアンの編隊がもう一度出現しては、高度を維持しながらしっかりと狙いを定めてきた。


「あら、もしかしてもう息切れしてきちゃいました?」


 これまでと比べると些か規模の見劣りする部隊展開に、スレイアはわざとらしく挑発的な物言いをする。


 幾ら魔人化からの魔力過供給オーバードライブで一時的な超強化状態にあるとはいえ、結局のところは後先考えない特攻じみた無理をしている事に他ならない。


 元よりカリストロスは出涸らし以下の死に体同然であった訳で、既に臨終寸前のエンジンをもはや自爆するレベルで無理やり酷使している。故にいつ、唐突に事切れたとしても全く不思議ではない。


 無理は続かないのが道理であり、そして無理をすれば必ず相応の代償を支払うもの。全盛期ならばまだともかく、今の彼ではスレイアがトドメを刺す前に自滅してしまう可能性も十分あり得る。いや、確率としてはそちらの方が明らかに高い。


(だとすれば、興ざめ過ぎて笑いすら起きませんが……)


 内心スレイアがそう嘆息したその時、先の彼の言葉へ返答するかのように、目の前に展開している戦闘車両部隊から一斉射が飛んできた。


 その光景を目にして、もういい加減相手をするのも飽きてきた、と言わんばかりにスレイアは小さく息をつく。


 ところが、彼に向かって放たれた砲撃は今までのものと少し毛色が違っていた。


 というのも真っ直ぐではなく、これ見よがしな放物線を描いて射出された無数の弾頭はスレイアに直撃せず、それどころか彼の頭上にて勝手に一斉破裂しては、一気に大量の白煙を降り注がせるように撒き散らし始めたのだ。


「……ッ! これは……」


 一瞬で視界全てを覆い尽くす大量の煙に呑みこまれたスレイアは、それが何であるかを即座に理解する。


 ――そう、これは発煙弾スモークグレネードによる煙幕だ。


 事実として、猟犬兵の部隊は各戦闘車両に搭載した76㎜発煙弾発射機から数十発の赤リン発煙弾を撃ち込み、文字通りのスモークカーテンで彼を包み込んだのである。


「……はあ。流石に落胆しましたよ、幾ら何でもこれはない」


 だがスレイアはこれまでのように濛々と立ち込める濃煙をすぐに吹き散らそうとはせず、酷く呆れたようなため息をついてはただ突っ立ったまま首を横に振った。


「これまで散々、人をいぶしておいて今更ただの煙幕で目眩ましですか? それならせめて催涙弾とか、いっそ毒ガスぐらい使用してはどうです? ……まあ、先にネタバレしちゃうと私には全然効かないのですが」


 それから雑な勢いで剣を一振りしては、本日何度と繰り返した赤い竜巻を発生させると一瞬で煙幕を霧散――というよりは消滅させ、それと同時に発煙弾を撃ってきた部隊の半分以上を鎌鼬の投射にて滅多切りにした。


「そして、だいたいこういった攪乱戦法の後には――」


 そのようにスレイアがぶつぶつ独り言を呟いている最中、彼の背後から吹き散っていく煙に混じって一人の黒い影が飛び掛かるように急接近を果たす。


 それはカリストロスであり、すぐ真後ろまで迫った彼は鋭い爪の伸びた手刀を以て、直接スレイアのそっ首を刎ね飛ばしに掛かったのだが――


「がッ――?!」


「ほうら、やっぱり」


 初めから判っていたとばかりに、詰まらなそうな口調で答えたスレイアは一切慌てることなく瞬時に振り向くと、それと同時にカリストロスを上回る速度で長剣を一閃し、逆に彼の首を刎ねてしまった。

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