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罠と急襲と異世界の魔の手の話⑪

 ――どのくらい、そうしていただろうか。


 実際には、ほんの十数秒しか経過していないのだが、まるで長いこと打ちひしがれていたかのように雪原の中で呆然としていたレフィリアのところへ、ふと上空から何かが近づいてくる。


「レフィリア!」


 それはルヴィスの乗った、空駆ける機竜ヴィーヴルであった。呼び声と共にすぐ隣へルヴィスが降り立ったことでハッと我に返ったレフィリアは、慌てて彼の方を向く。


「ルヴィスさん!?」


「レフィリア! 今、空のずっと向こうにメルティカとエリジェーヌらしき影が飛んでいたのが見えたんだが、もしや……」


「――すみません。サフィアさんがメルティカに囚われている以上、下手に追撃をする訳にもいかなくて……」


 辛そうに目線を落としながら、ぎゅっと手を握り締めて呟くレフィリアの姿に、何があったのかを察したルヴィスは静かに応える。


「そうか……いや、謝るのは俺の方だ。レフィリアと離れた後、接触してきたメルティカをあの場で迎え撃とうなんて躍起になった結果、サフィアが捕まってしまったのだから…」


「いいえ、ルヴィスさんを責めるつもりはありませんよ。きっとメルティカと遭遇してしまってからやられないよう、全力で頑張ってくれたのでしょうし。……それはそうと、他の皆は無事なのですか?」


 レフィリアから訊かれ、ルヴィスは芳しくなさそうに顔を顰めた。


「ああ、ハンターとジェドが重症――いや、致命傷を負った。俺が、サフィアを拉致して撤退したメルティカを追跡に出る前、コメットに蘇生魔法を掛けてもらうよう頼んだが……成功しているかどうかは、戻って見てみない事には分からない」


「そうですか……だったら、早くみんなのところへ戻らなければ……!」


 今はとにかく仲間の安否を確認せねばと顔を上げたレフィリアに、ルヴィスは彼女の眼を見つめては頷く。


「その通りだな。確か今のレフィリアは、機竜ヴィーヴルを持っていなかった筈。俺の機竜ヴィーヴルの後ろに乗ってくれ」


「はい、お願いします」


 先にルヴィスが機竜ヴィーヴルに跨り、その後ろへレフィリアが乗り込んでは彼の背から腕を回して掴まる。


 それを確認したルヴィスは機竜ヴィーヴルを発進させると、仲間達を残してきた地点へと再び戻っていった。







「――みんな、大丈夫ですか!?」


 ルヴィスの機竜ヴィーヴルが地上へ降り立ってすぐ、レフィリアは飛び降りるように慌てて仲間達の集まっているところへ走り寄る。


「レフィリアさん!」


 最初に声を発したのは賢者妹であった。見たところ、彼女とコメットは特に負傷らしい怪我もなく一目見ただけで無事だと確認できた。


 しかしそれとは対照的にハンターとジェドは傍にある樹木に背を預けた状態で寝かされており、ダメージを負ったのが彼らなのだとすぐに判ってしまう。


「おう、レフィリアの姉さんか……悪い、あのメルティカっつー竜の嬢ちゃんにやられちまった」


 するとハンターの方が申し訳なさそうに片手をヒラヒラと閃かせながら、レフィリアの方へと返事をしてきた。どうやら意識はあるらしく、声の調子からけして死にかけといった様子でもなさそうである。


「つーか、殺されかけたも同然だな。下手打っちまって面目ねえぜ」


「ゴホゴホッ……それ言ったら、僕なんて完全に死んでたよね」


 それに続いて、ジェドもまた少し咳き込みながらも口を開く。彼女の方が重症だったのか、賢者妹とコメットがすぐ傍に控えては直接身体に手を触れながら魔力を分け与えていた。


「目が覚めたのもついさっきというか、いつの間にか気を失ってた感じだったし……無様を晒しちゃって不甲斐ないなあ、全く」


 そんな二人が話している姿を見て、ルヴィスは機竜ヴィーヴルを仕舞うとホッとしたように彼らを見つめた。


「なるほど、そこまで喋れるようになったという事は、蘇生は問題なく成功したみたいだな」


 それを聞き、コメットは自信を以て彼へ頷きを返した。


「ええ、ジェドさんの方がもう少し魔力を分けてあげる必要はありますけど、二人とももう命に別条はありませんわ」


「本当にすごかったんですよ、コメットさんの蘇生術の手際……流石は超古代の時代に神から寵愛された神官――いえ、神子の肩書に相応しい、感服する程の腕前でした……」


 心から素晴らしいものを目にしたかのように、賢者妹は胸に手をあてながら述べる。


「あー、それな。確かに見事なもんだったぜ。あんだけバッキバキにへし折られまくったボロ雑巾状態の俺ちゃんも今じゃあ、この通りだ」


 メルティカの一撃を受けて不随状態に陥っていた筈のハンターも、今では特にぎこちない様子もなく腕を動かしては、その拳で自身の肩を叩いてみせる。


「マジでコメット様々だぜ。まさかここまで完璧に治してもらえるとは、いくら感謝してもしたりねえよ」


「だよねえー。ホントにありがとう、コメット。実際の女神様よりもよっぽど君の方が女神様してるよ。もう僕、コメット教の信者になっちゃおうかなあ」


 ジェドからそのような発言をされ、コメットはやや困ったように苦笑する。


「コメット教って……私は一介の神子に過ぎませんので、神を名乗るなんて大それた真似など出来ませんわ。それに神でもなければ女でもありませんしね」


「いやあ、ものの例えってヤツだよ。女神以上に女神みたいって感じたくらい、とっても感謝してるってコト」


仲間達のやり取りを目にして、レフィリアは多少なりとも安心したように息をついては声を掛けた。


「とりあえず、誰一人として脱落者はいないのですね。本当に良かった……」


 そしてコメットの傍へと歩いていっては、頭を下げる。


「私からも感謝を、コメットさん。みんなの命を救ってもらえて――」


「よしてください、レフィリアさん。私はこの身に定められた役職として当然の仕事をしたまでですわ。それよりも……」


 するとコメットは微笑みから一転して真面目な顔になり、レフィリアの後ろにいるルヴィスの方へ顔を向けた。


「ルヴィスさん。レフィリアさんを連れてここに戻って来たという事は……」


「ああ、すまない。メルティカには逃げられてしまった……レフィリアもヤツと対峙したようなのだが、囚われていたサフィアを盾にされて、手を出せなかったみたいでな……」


「そうですか……」


「全く、相変わらず姑息で卑劣な悪党ですよ。なんで蘇ってきやがったんでしょうか、あのドラ公は……」


 ルヴィスからの返答を聞き、賢者妹は少し俯くと暗く憎しみのの籠った口調でボソボソと呟く。


 すると急にジェドが何かに気づいたような顔になって、レフィリアとルヴィスを見た。


「……ん? でも今の話だと、メルティカはレフィリアに挨拶だけして撤退した事になるよね? レフィリアの生命線であるサフィアを手に入れたってのに、肝心のレフィリアへ何もしてこなかったってのは、なんかおかしくない?」


「それが……どうも連中は私に魔王軍の本拠地である、あの空中要塞――デモンニグル自ら足を運んでもらいたいとの事で……」


 その答えにハンターは解せんとばかりに眉を顰めた。


「ああん、何だそりゃ? 舐めてんのか、アイツら」


「メルティカの話だと、どうやら魔王本人が私に直接会いたがっているみたいで……どう考えても罠でしかないのは判り切っていますが、サフィアさんが連れていかれてしまった以上、向かわない訳にもいきません」


「まあ、そりゃそうなるよねえ……でも大丈夫なの? あの場所って行ったら超ヤバいってレフィリア、忠告してなかった?」


「いえ、それは魔王城じゃなくて、その真下にある山の中の遺跡の方です。――とはいっても、城の方だって死地である事に何の変わりもありませんけど……」


「あっ、そうだったっけ……ごめん、まだ蘇生されたばっかで頭が少しボーっとしてるのかも……」


 髪を掻きながら、申し訳なさそうにジェドは項垂れた。別にいいんですよ、といったレフィリアは頭を振りながらも、また再度話を続ける。


「ですが少なくとも、魔王軍側はこちらが城に到着するまで、要塞に接近しても手を出してくるつもりはないみたいでした。……メルティカの話を信じるならば、ですけど」


 そこまで聞いたところでルヴィスは視線を空に上げると、腕を組みながら決心するように息をついた。

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