罠と急襲と異世界の魔の手の話⑩
――絶体絶命に思われた瞬間。しかしここに来て、レフィリアは慌てることなく冷静な対処による反撃を咄嗟に返した。
「ディバインブレイド――」
団子状になるくらいまで光剣の刀身へ悉く絡みついた影の腕に対し、レフィリアは自らの得物へ膨大な魔力を一気に注ぎ込む。
「……ッ?!」
その急速に膨れ上がった超高熱の感触を影の腕ごしに認識したエリジェーヌは急遽、これ以上にない程の唐突な危機感を覚えては槍を突き出す手を瞬時に止めた。
取ったつもりが、このままでは逆に取られてしまうと直感的な確信が悪寒となって彼女の背筋を襲う。
「オーバーロードッ――!!」
途端、レフィリアの光剣から太陽が大爆発でも起こしたかのように猛烈な魔力光波が放たれ、刀身に巻き付いていた影の腕は跡形も無く消し飛ばされてしまった。
「あがッ……!」
その直前、ほんの一瞬早く肩口から影の腕を切り離していたエリジェーヌは、膨張した光圧の衝撃を受けてもただ吹っ飛ばされるのみで済むに至った。
もしあと僅かに分離が遅ければ、エリジェーヌは影の腕から伝播してきた光の魔力による影響を思いきり受け、少なくとも上半身が丸ごと爆裂してしまっていたことだろう。
そうなってはさしもの彼女であっても再起不能は免れない。
「ぐうッ……! あつ゛、あ゛ああッ……!」
だが、あくまで即死しなかっただけで今のエリジェーヌの状況はけして芳しいものであった。
というのも、魔力放射に弾かれて付近の岩盤へ強かに激突したエリジェーヌは、体表面の半分近くを熱傷の如く焼け爛れさせていた。
特に赤い影の腕を伸ばしていた肩口の断面に関してはオレンジ色の燐光を放ちつつ、炭化したように表面をボソボソと崩れさせている。
レフィリアが剣から瞬間放出した極大の光波魔力は、アンデッド化したエリジェーヌにとってそれだけ驚異的な威力を発揮する“猛毒”となり得るものであった。
故に、直撃を食らわなかったにしても至近距離で極光に晒されたダメージは、とてもじゃないが軽いものではない。
「今度こそッ――!」
その為、すぐには立ち上がる事の出来なかったエリジェーヌに対し、レフィリアはこれを勝機として、すぐさま疾走すると容赦なく斬り伏せにかかった。
現状のエリジェーヌでは反応こそ出来ても、全速力で突っ込んでくるレフィリアの剣閃を満足に防ぎきることなど出来ない筈。
やられる、とさしものエリジェーヌも戦慄したその瞬間――突然、上空から何かが飛び込んできてはレフィリアの斬撃を済んでのところで阻んだ。
「なッ――?!」
急な事態と闖入者の登場にレフィリアもまた驚きから目を瞠る。
いきなり割り込んできた人物、それはメルティカであった。
メルティカは光の爪を生じさせた竜化状態の手刀でレフィリアの光剣を真っ向から受け止めると、それを力任せに薙いではレフィリアを無理やり押し返した。
「くっ……!」
突き飛ばされたレフィリアは反動で転倒しないように堪えて体勢を整えつつ、隙を晒さぬよう、更に増えた眼前の敵へと慌てて向き直る。
それに対しメルティカは追撃することなく構えのみを取った状態で立ち塞がると、後ろに庇ったエリジェーヌの方をチラリと振り向いた。
「間一髪でしたね、エリジェーヌさん。ですが目的のものは確保しましたので、もう大丈夫ですよ」
「メルティカちゃん……」
不覚を取った仲間を叱るでも罵るでもなく、あくまで友人として気遣うように優し気な声色で話しかけるメルティカ。
しかし肝心なところで余計な新手が出現してしまった事態に、相対するレフィリアの方は思わず舌打ちかため息の出そうな気持ちになった。
(ああもう、このタイミングでメルティカまで参入してくるなんて間が悪い……! でも考え様によっては、エリジェーヌが手負いになってから加わってきただけ、まだマシな方なのかも……?)
万全な状態の二人を同時に相手するよりは幾らか恵まれているだろう、とレフィリアは無理に考え方を改めては気を引き締めなおした。
連戦上等――そもそもこの地には魔王軍の本拠地が存在するのだから、敵幹部が何人襲って来たところで全く不思議ではないのだ。今更、嘆く訳にも弱音を吐く訳にもいかない。襲って来たのならば、これに全力で応戦するのみ。
そんな風に微塵も殺気を緩めないレフィリアに対し、メルティカはいつもの無表情かつ平然とした顔つきで彼女の方を向いては淡々とした口調で話しかけてきた。
「おっと、聖騎士レフィリア。やる気満々のところ悪いですけど、ひとまず剣を降ろしていただきましょうか。お仲間の命が大切でしたら――ね」
そう言うとメルティカは片手に黒い水晶板のようなものを取り出しては、それをレフィリアへと見せつけてきた。
よく判らないが異様な雰囲気を覚えたレフィリアは、彼女の手の中にあるそれをつい注視してしまう。
「何ですか、その黒いクリスタル――って、まさか……?!」
そこで、急にレフィリアは今にも冷や汗を垂らしそうな程まで凍り付いた表情でそのクリスタルを見つめた。
まるで何か悍ましい事実を感じ取っては、それを即座に理解してしまったかのように目を瞠って。
「この感じ……メルティカ! 貴方、それはッ……!」
「おや、分かるのですか? ええ、貴方の認識した通りの代物ですよ、コレは」
レフィリアが露骨に狼狽えた様子が気に入ったのか、メルティカはほんの少しだけ薄笑いを浮かべた。
「このクリスタル――闇天黒晶の中には貴方の召喚者にして契約者である、あの蒼い髪の女剣士が封じられています。勿論、まだ生きてはいますが……ほら、私がもしこれをふとした出来心で壊したりしてしまったらどうなるか――なんて、説明しなくても判りますよね?」
「……ッ!」
ここに来て、レフィリアはやってしまったと絶望に打ちひしがれそうな気持ちに追い込まれてしまった。
自分がエリジェーヌと交戦している間、あろうことかメルティカは別働で離れた仲間達に手を出していたのだ。
サフィアにサモンアライズで呼び出された後、エリジェーヌを追撃して仲間たちから離れすぎたのが結果的に悪手となってしまった事を理解する。
だが、後悔してももう遅い。サフィアはあくまで捕縛されたに過ぎないようだが、一緒にいた筈である他の仲間たちは果たしてどうなってしまったのだろうか。
六魔将であるメルティカと対峙して、ただで済む筈もない。嫌な想像ばかりが思い浮かんではあまりの恐ろしさに、心が深い落とし穴にでも嵌ったかのようになる。
「……メルティカ、貴方は私の仲間達を……ッ!」
「ふふ、ついニヤけてしまいそうになるくらいの心地よい殺気と焦燥ですね」
今のレフィリアの心情を察し、メルティカはどこか意地悪気な表情と声色で彼女を見つめた。
「ですが、そう悲嘆と絶望に暮れることもありませんよ。私も標的を生かして手に入れる為、それなりに手心を加えましたから。ですので、何も全滅させたりなんて惨い真似はしていません。――全滅させたり、は」
メルティカの意図的に意味深な印象を与える口調の台詞に、レフィリアは思わず息を呑むしかなかった。
彼女の言う全滅させていない、というのは当然ながら全員を殺していないという意味なんかではない。そもそもトドメを刺していないだけで、死ぬより酷い目にあっている可能性すらある。
「――さて、今回は両者痛み分けという事で、この場はひとまずお開きといたしましょうか」
「……何ですって?」
すると突拍子も無くそんな事を口にしたメルティカに、レフィリアは訳が判らないと困惑した様子で返答した。彼女らは自ら襲撃を仕掛けてきながら、ここで決着をつける気はないのかと。
「ん? 不思議そうな顔をされていますが、何も私は今ここで貴方に手を下すつもりはありませんよ? お仲間の方々には既に言いましたが、我らが主である魔王陛下は貴方の来城を望んでおられますので、こちらの“彼女”はその為の保険です」
サフィアの囚われている黒い水晶板をこれ見よがしに指先で弄びながら、メルティカは続ける。
「それに聖騎士レフィリアも仲間の様子が気がかりでしょう? きっと私に襲われて無事なのかどうか、心中は心配で溜まらない筈。私たちもこれ以上の戦闘は継続せずに一旦拠点へ引き上げますので……続きの話は、私たちの居城にいらしてからお願いします」
淡々と言いたいことを好き放題述べまくるメルティカに、レフィリアは忌々しそうに彼女を睨みつける。
「……ッ! また勝手なことを……しかも何が痛み分けですか。そちらは私の心臓を掴み取ったも同然でしょうに」
「まあ、それはそうですけどね。ですけど、この場で貴方を以前のように嬲ったり、ましてやデモンニグルに連行するような事はあえてしません。貴方たちは自前の飛行手段を持っているようですし、準備を整えてから好きなタイミングで私たちの城を訪れるといいでしょう。そのくらいは魔王様も寛大に待ってくださいます。――ああ、要塞の防衛機構は切っておきますので、道中は警戒なさらず安心してのご来訪を」
そう告げると、メルティカは無防備なくらいにレフィリアへ背を向けてはエリジェーヌの方を振り返った。
「それではエリジェーヌさん。やるべき事は済ませましたので、帰りましょうか。お互い、傷も癒さなければいけませんし」
「あ、うん。そうだね……」
メルティカに手を貸してもらって起き上がったエリジェーヌは、頷いて少し疲れたようにそう返した。
今なら不意をついて背後から斬り込めないか、とレフィリアは一瞬考えたが――それを馬鹿みたいに許すようなメルティカではないだろう。
一見隙だらけに見せかけているのは、絶対わざとというかレフィリアに対する当てつけに違いない。
「でしたら聖騎士レフィリア。我らが居城、デモンニグルにて魔王陛下や仲間達ともどもお待ちしております」
最後にわざとらしい恭しさでそのように言い捨てると、竜翼を展開したメルティカはエリジェーヌを連れて、あっという間に急速上昇してはその場から飛び去ってしまった。
本当は是が非でも追撃したいところだが――そんな事を強行しても無駄どころか、事態をより悪化させるだけと理解しているレフィリアは、ただただ悔し気に二人が消えていった方角の空を見つめる。
「ごめんなさい、サフィアさん……ごめんなさい、私は……ッ!」




