罠と急襲と異世界の魔の手の話⑨
ルヴィスたちとメルティカが衝突していた頃、一方では何キロも離れた場所にて、レフィリアとエリジェーヌによる凄まじい白兵戦での激闘が繰り広げられていた。
「ふうッ――!」
「はああッ――!」
レフィリアの光剣とエリジェーヌの両刃槍が超高速連打で幾度となくぶつかり合い、チカチカと閃光を伴ってはソニックブームを撒き散らしつつ、触れるだけで斬りつけられてしまいそうな死風の嵐を巻き起こしていく。
(くっ……やるなあ、二刀流のレフィリアちゃん……ッ! 格段にレベルアップしているというか、出力そのものが上がっている……? ていうか、もうこれってパワーだけならオデュロ君とそんなに変わんないじゃん!)
レフィリアが繰り出す連撃を往なしながら、エリジェーヌは内心そのように分析する。
それもその筈、今のレフィリアは追加装備を構成している膨大な魔力を逐次自らへ注いでは、剣から放出する魔力量を上乗せしまくっているのだ。
いうなれば、通常攻撃の威力が常に倍加するほどブーストの掛かっている状態である。
(いけない……このまま律儀に真っ向からやり合っても、こっちが押されるのは目に見えてるな……だったら!)
「――マルチプル・シャドウクローン!」
エリジェーヌは一旦、バックステップにより間合いを開けると即座に七人ほどの分身を作り出してはレフィリアの退路を断つように取り囲んだ。
「……ッ!?」
「そらそらあッ!」
エリジェーヌが超スピードからの残像に魔力で形を与えた文字通りの影分身が、レフィリアを包囲して一斉に槍を突き出してくる。
如何に今の調子が上がったレフィリアだろうと、驚異的な速度から放たれる槍衾の如きこの技から逃れる術はないだろう。
一人の目標へ集中する何本もの矛先で、レフィリアの身体を滅多刺しにしようとする。
「――ファントムソードダンスッ!」
だが、そもそも逃げる必要などレフィリアにはなかった。
襲ってきた分身と同じ数だけ、自らもまた分裂するように飛び出したレフィリアが放射状に展開しては、跳び掛かって来たエリジェーヌの影たちを弾き飛ばしたからだ。
「なッ……?!!」
「はああああッ!!」
エリジェーヌが驚きに目を瞠った間にも、それぞれのレフィリアたちがエリジェーヌの分身を各個撃破していく。
そして本体のエリジェーヌのみが残ったところで、七人のレフィリアは一斉に彼女の元へと踊りかかっていった。
「ちょっ、嘘でしょ!?」
まさかレフィリアも自分と同じような搦め手の戦法が使えようとは思いも寄らなかった、とエリジェーヌは様々な方向から息もつかせず迫りくる剣戟を慌てて凌ぎつつ歯噛みする。
それでも持ち前の敏捷性と身のこなしで何とか包囲攻撃に対処していったエリジェーヌであったが――暫く防いだところで遂に持ち堪えきれなくなり、槍を握っていた方の片腕を二の腕の位置から切断されてしまった。
「ヤバッ……!!?」
エリジェーヌから腕ごと得物が飛ばされていったところで、レフィリアの分身たちが制限に到達し、揃って姿を消してしまう。
「今だ――ッ!」
しかしそれでも問題ないと、一人に戻ったレフィリアは一気に跳躍しては懐へ急接近し、武器を失ったエリジェーヌへ賺さず光剣を振り回した。
「舐めるなあああああッ!」
ところが斬り飛ばされたエリジェーヌの腕の断面から何やら血のように赤黒い影のようなものが突然噴き出すと、それを触手のように長く伸ばしてはレフィリアの剣閃を弾き返した。
「えっ――?! な、何ッ…!?」
いきなり思いも寄らぬ反撃をされた上、更に間髪入れず鞭のように鋭く赤い影を振るわれたことで、レフィリアは咄嗟に後方へ飛び退いては攻撃を躱して距離を取った。
それから無理して追撃はせず、間合いを開けたままレフィリアはエリジェーヌの変貌した異形の状態を備に観察する。
(何なの、アレ……!? 腕……? なんか肩口から、液体にも気体にも見えるよく判んないものがグネグネ伸びているけど……)
エリジェーヌの断たれた腕から生じているそれは、触手――というよりは、改めて見ると節足動物の脚を何本も繋ぎ合わせた、まるで多重関節のように折れ曲がった形状をしていた。おまけに肩口と肘の部分からも枝分かれするように別の腕まで生えている。
それでいて影のように輪郭は不鮮明でしっかりとした形があるという訳でもなく、どうやらある程度は伸縮や変形を可能としているように推測された。
その有様は見る者が見れば某吸血鬼の婦警か、はたまたバグに寄生された某銃剣士を彷彿とするのかもしれない。
「――ブラッディエッジ・トライシージ!」
だが、いつまでも呑気に観察させてくれる暇も無く、エリジェーヌは濁った血のように赤黒い色をした影の腕の先端を鎌のように鋭くすると、それを不規則な軌道を以てレフィリアへと叩きつけた。
「アブなッ――!」
今のエリジェーヌは片側だけで伸縮と稼働を自在にする三本分の腕が生えたようなものであり、それから繰り出される奇妙な包囲斬撃に、さしものレフィリアも簡単に躱して往なす事は出来なかった。
光剣で影刃の直撃だけは凌いでみせるも、身体のあちこちに少しずつ小さな切創が刻まれていく。
畳みかけるような連撃と軌跡の予想しづらい三次元的な猛攻に、レフィリアは先ほどまでとは一転して攻め込むことが叶わずにいた。
そうやってレフィリアを翻弄していく中、影の爪の一つが彼女の肩にスパッとやや深い斬り込みを入れては鮮血の飛沫を空中へ散らす。
「ぐッ……!」
怯みまではしなかったものの、思わず顔を顰めて痛みに呻くレフィリア。
それにより生じた、ほんの僅かな隙にエリジェーヌは無事な方の腕から魔力を飛ばすと遠隔操作を用いて、なんと手放してしまった筈の槍を引き戻してはその手に回収してしまった。
そして影の腕だけでなく取り戻した得物も含めて同時にレフィリアへ斬り込んでは、更に苛烈な勢いで追い詰めていく。
「ほらほら、レフィリアちゃん! さっきまで優勢だったのにどうしたのかな!? 足を止めたら、あっという間に斬り刻まれちゃうよ!」
レフィリアが回避と防御に専念せざるを得なくなったことを形勢逆転と取ったのか、エリジェーヌは調子に乗ったように、より嗜虐的に彼女を攻め続ける。
エリジェーヌの現状は片腕が独立して動いているようなもので、レフィリアからしてみれば二人分の敵を一度に相手どっているのと変わらなかった。
非常にやり辛くてしょうがない。何とか動きを見切るなり隙をつくなりして、再び攻勢に転じたいところではあるが――
「更にここでダメ押し! サモン・モンスターオブヴァンプ!」
途端、攻撃を継続しつつもエリジェーヌは悪魔としての能力により即座に召喚魔法を発動させ、自身の周囲から大量の吸血蝙蝠を出現させた。
バサバサと忙しなく羽ばたきながら群れで現れた異形の蝙蝠たちは、召喚主であるエリジェーヌの攻撃に巻き込まれることも厭わず、四方八方からレフィリアへと集っていく。
(ああもう、ただでさえ捌くので忙しいのに鬱陶しいものまで呼び出して……ッ!)
視界を覆い尽くすほど沢山飛び回る蝙蝠群はただ目障りなだけでだく、体液と魔力を奪う鋭い牙、そして翼から生えた剃刀のような突起にて明確に集団戦法を取ってはレフィリアの動きを阻害していた。
たとえ一発がレフィリアにとって取るに足らない威力であろうと、この数と状況では話が別だ。無視する訳にはいかないものの、とてもじゃないがこのまま同時に相手などしていられない。
(ちょっと迂闊かもだけど、ここはもう纏めて吹き飛ばす――ッ!)
「エリアルスライサーッ!」
いい加減痺れを切らしたレフィリアは多少の隙が生じるのも覚悟で、光剣を魔力放出とともに大きく振り回しては暴風の衝撃波を発生させた。
ただ荒れ狂うだけでなく鎌鼬の如き切れ味の竜巻によって、塊になるほど群がっていた吸血蝙蝠は木っ端のように吹き散らされ、同時に一匹残らず斬り刻まれることとなる。
だが――
「取ったッ――!」
その時、特に攻撃の余波を受けることも無く避けきっていたエリジェーヌが賺さず影の腕を伸ばし、その中から生えた一本がレフィリアの光剣を受け止めつつ刀身へ巻き付くように絡んでは、剣を振る動きを完全に封じてしまった。
「――ッ!?」
しまった、とレフィリアが思った頃にはもう遅かった。警戒していなかった訳ではなかったのだが、それでも対処が間に合わなかった。
慌てて無理やり振り払おうにも蔦の如く雁字搦めにされた剣の刃はびくともせず、レフィリアの腕力を以てしたところで押すも引くも出来なくなってしまう。
「レフィリアちゃんの心臓、いただきぃッ!」
その直後、抜かったなと失態を貶すように凶悪な笑みで口元を歪めたエリジェーヌはもう片方の腕に握った槍を引き戻しつつ狙いを定めると、すぐさま無防備なレフィリアの胴を貫きにかかった。




