空中要塞と異世界を覆す力の話③
「そうですね……皆の意見は、心からその通りだと思います。私個人としても、そのようにして然るべきだとは考えているのですが……」
「ですが……何なんだ? レフィリアの姉さんにしては何ともはっきりしない物言いだが……」
敵の目的をすぐにでも阻止する方向に一同の考えが纏まりそうなところで、どうにも賛成する事を拒否しようとしているレフィリアの様子に、仲間たちは怪訝そうに彼女を見つめる。
数秒ほど言い辛そうに口ごもっていたレフィリアであったが、意を決したように視線を上げて仲間たちを見据えると、再び口を開いた。
「……すみません。私は今、あの場所には“絶対に”向かってはいけないと進言します。更に言うならば、すぐにでもここを立ち去るべきだと」
絶対に、の部分を明らかに強調して撤退を提案したレフィリアの言葉に、仲間たちは信じられないとばかりに揃って驚きの表情を見せた。
「えっ、ちょっ……!? 何言ってんの、レフィリア!?」
「そうだぜ、レフィリアの姉さん! コメットの話を聞いた上で、アレをそのまんまにただ帰るっつーのは流石に良くないだろ!?」
ジェドやハンターに強く反対されても首を横に振って発言を撤回するつもりのないレフィリアに、ルヴィスとサフィアは思い量るように彼女の顔を覗く。
「なんだか顔色が良くないように見えるが……どうかしたのか、レフィリア?」
「もしかして、何か嫌な予感でもしたのですか? だとすれば、詳しい話を聞きたいところですけど……」
「ごめんなさい、あくまで直感によるものなので具体的な理由は何一つ言えません。それでも、おそらく“絶対に”そうなるという確信めいた危険を感じたというか……分かってしまった事があるので、ここははっきりと言わせていただきます」
これ以上に無い程険しい顔をしながらレフィリアはそう口にすると、有無を言わさぬ真剣な雰囲気で仲間達を見回した。
「――今、あそこへ近づくと私以外の全員が“確実に”死にます。それも一瞬で一人残らず」
冷酷にも思えるような声色と顔つきで答えたレフィリアの発言に、仲間たちは酷く恐ろしいものを宣告されたような表情となって思わず息を呑んだ。彼女がここまで語気を強めて言うのであれば、たとえ理屈が不明瞭でもきっと事実なのだろうと理解してしまったかのように。
「……すみません。敵拠点を前に怯んでいるとか、臆病風に吹かれているなんて思われても仕方がないとは分かっているのですが……」
するとレフィリアは萎縮気味になった仲間達を見て、また困惑したような顔で目を伏せては話を続けた。
「それでも、今のあそこが決定的な死地であるという予感だけが、とても強く感じられるのです。これ以上にないくらい、恐ろしくて警告じみたものが私の中に鳴り続けていて……」
だからどうあってもあの場所へ今から向かうのは止した方がいい、と縋るように告げるレフィリアに数秒の間の後、強く反論するでもなく落ち着いた態度でルヴィスが声を発した。
「そうか……了解した。手のひらを反すようだが、レフィリアがそこまで強く意見するのであれば、俺も今からあそこへ行くのは止めるべきだと考える」
「おいおい、いいのかよ。あの山ん中の船とやらには無限の魔力炉っつーもんがあるんだろ? 確かにものすごく危険ではあるだろうが、だからといってむざむざ放置する方が後々ヤバい事態を招かねえか?」
「そんな事は言われなくても承知している。だが、俺たちはこれまで何度もレフィリアの直感に命を救われてきた。だとすれば具体的な理由がなくとも、信用には値する。俺はどうあってもレフィリアを信じるよ」
自信を持って返したルヴィスに、サフィアもまた頷いては肯定を口にした。
「ええ、私も同意見です。それにどの道、玉砕覚悟で向かったとしても敵の計画を阻止できないとなれば、ここで無理して突撃する意味がありません。撤退すべきというのであれば、速やかに本国への帰還を優先した方がいいかと」
「ルヴィスさん……サフィアさんも……」
別にクリストル兄妹の二人はただ妄信的にレフィリアの言う通りに従っているのではなく、信頼できる戦友として彼女の意見を尊重してくれている。
そんな素直な気持ちをすぐ傍で感じ取って、レフィリアは心の中に何か熱いものが込み上がってきては思わず胸に手をあてて微笑んだ。
「……まっ、雇い主がそう言うんであれば俺ちゃんはそれに従うまでだけどよ。あくまで言っとくべきであろう忠告を述べたまでだ」
「うーん、確かにレフィリアの直感ってよくあたるから無視は出来ないよねぇ。それが戦場となると特に顕著だし……無茶は禁物、って事かな?」
「皆さんが離脱すべきだと判断されるのでしたら、私もそれに従いますわ。私の時代の事について、尋ねられた内容には出来る限りお教えしますが、行動方針に関してはお任せ致します」
「私もです。ていうか、この感じだと誰も今からあの場所に向かおうって気になってる人はいなさそうですけど」
仲間達全員の表情を見回して確認したところで、賢者妹が話を続ける。
「でしたら当初の作戦通り、目的の偵察を終えたのでエーデルランドへ戻るということでいいんですね?」
「ええ、ですが判明した状況が状況ですので、極力急いで王国へ帰りましょう。私たちに残された時間があとどれだけなのか、分かったものではありませんから」
「そうとなればすぐに移動開始だ! とっととこの場を離れるぞ!」
そう言って、各々がカプセルを取り出しては空駆ける機竜を眼前に出現させる。
そうしたところで、レフィリアはルヴィスとサフィアを呼び止めては声を掛けた。
「ありがとう、二人とも。私、みんなの意思に背くような意見を言ってしまったのに……」
「何言ってるんだ、むしろ感謝するべきは俺たちに方さ。俺だって無駄死になんかしたくはないからな」
「そうですよ、ああやって思った事や感じた事をはっきり言っていただいた方がこっちとしても助かります。では、戻ると決めた以上はすぐに移動しましょうか」
「――はい!」
そしてエーデルランドへの帰還を決定したレフィリアたちは、既に日が暮れ始めてより暗くなった曇天の空へ舞い上がると、直ちにやって来た方向へと飛び去って行った。
◇
魔王軍の本拠地である空中要塞を観察した地点からUターンした後、レフィリア一行は機竜による数時間の連続飛行を行っていた。
位置の特定出来ていなかった敵拠点の捜索時と違い、帰りはひとまず来たルートを戻りさえすればいい。故に行きの時よりスピードを出して移動している。
もうすっかり夜となって辺りは真っ暗な闇に染まってしまい、加えて相変わらず山岳の上空には冷たい突風が吹き荒れていたのだが――多少無理をしてでも、レフィリアたちは敵の勢力圏から出来る限り急いで遠ざかるべきだと考えていた。
それでも延長が数千キロもあるゴラル山脈をその日に抜ける事は流石に叶わず、ここまで来ればとりあえずは大丈夫だろう、と判断した先頭のルヴィスは、念話を送って他の機体に乗る仲間達へ一時休憩の指示を出した。
「――あ、レフィリアさん! ルヴィスさんから連絡が来ました! 今夜のところは移動を止めて、地上に降りて休息を取るそうです! どの道、機竜の魔力充填もしないといけませんから!」
レフィリアの背中から手を回して掴まっていた賢者妹が、ルヴィスより受け取った念話の内容を彼女へと伝える。
「了解です! 場所はどこへ降りるかについては言っていましたか?」
「はい! 向こうに見える森の傍へ着陸するみたいですよ! ルヴィスさんの誘導に従ってください!」
指を差した賢者妹の示した方向を確認し、レフィリアはそちらへ移動しようと機竜を傾ける。
「あの辺りですね。じゃあ、降下しますので――」
ルヴィスが提示したであろう位置に仲間達の乗った機竜も全てそちらを向き、その地点へ降り立とうと揃って高度を下げ始める。
ところが、そうしたところで――
「――あれ?!」
突然、跨っていた筈の機竜が瞬時に消失したかと思うと、レフィリアはそのまま高度600メートルもの空中に投げ出された。




