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罠と急襲と異世界の魔の手の話①

「えっ、ちょ、何で!? ええええッ?!!!」


 あまりもの急な事態に驚きながらも、その異常過ぎる状況故にむしろ冷静さを取り戻したレフィリアは、上空から錐揉み落下しつつも他の仲間達の状態をすぐさま確認する。


 しかし――


「嘘っ、誰もいない!? この場には、私一人しかいない……ッ!?」


 レフィリアは自身の乗っていた機竜ヴィーヴルやすぐ後ろに座っていた賢者妹どころか、一緒に飛んでいた他の仲間たちの姿が全員消失してしまっている事を認識した。


 ただ視認できないだけでなく、気配すら一切捉えられない。賺さずレフィリアと繋がりのあるサフィアの気配を探ってみると、どうやら彼女はレフィリアの現在位置より何百キロも離れた遠い場所へいるようであった。


(もしかして、いつかみたいに私以外が転移させられた……!? でも、魔法が発動したような感覚はなかったけれど……!)


 そんな事を考えている中、レフィリアの視界に猛スピードでどんどん地上の景色が迫ってくる。遥か数百メートル上空から自由落下により大地へ激突したところで彼女が即死する事はないのだが――それでも流石に全くのノーダメージともいかないので、レフィリアは着地する為の防御動作を取った。


「はあッ――!」


 手元に光剣を出現させたレフィリアはそれを咄嗟に振るうと、斬撃により生じた魔力放出をクッション代わりに衝撃を緩和し、自分の身体を受け止めては見事着地を済ませてみせた。


 それからすぐに再度仲間達の気配を探ってみるのだが、やはり誰一人として見つけることは叶わない。


(くっ、何かの罠に引っかかったって事!? それとも、初めから私たちの存在を捕捉されていた!? どっちにしても、みんな何処へ行っちゃったっていうの……!?」







「――えっ、あれ……?!」


 一方その頃、コメットを後ろに乗せて機竜ヴィーヴルを操縦していたジェドは、急に切り替わった景色に慌てて目を瞠った。


「な、何で!? 何でいきなり目の前に魔王軍の要塞が――」


 そう。レフィリアを除くジェドたち一行は着陸地点である森を目指していたかと思うと、なんと数時間前に訪れた筈の、魔王軍の空中要塞が見える空域を飛んでいたのであった。


 いきなり発生した謎の状況に全員が酷く困惑し、ひとまず加速させていた機体速度を緩めて事態の把握と確認を試みる。


「きゃあああああああッ!!!!!!」


 その時突然、後ろの方から誰かの叫び声――賢者妹の絶叫が聞こえてきた。


 というのも、今まで機竜ヴィーヴルを操縦していた筈のレフィリアが急にいなくなってしまったので、賢者妹のみが取り残された機竜ヴィーヴルが空中でバランスを崩してしまったのだ。


「おい! 大丈夫か!?」


「たっ、助けてえええええッ!!!!」


 反射的に手を伸ばしては機竜ヴィーヴルの尻尾部分を運良く掴んで何とかしがみついている賢者妹。そんな彼女の機体へハンターは反転からすぐさま急接近すると、自身の機竜ヴィーヴルの脚部で機体を掴んでは固定つつ、籠手ガントレットから伸ばした光鎖で器用に賢者妹の身体を絡めとっては引き寄せた。


 そして彼女を機竜ヴィーヴルに再び乗せては操縦桿を握らせ、機体の姿勢を何とか安定させる。


「あっ、ああ……ありがとうございます! こ、怖かったあ……!」


「無事で何よりだ! つーか、何が起きやがった!? 状況がさっぱりだぞ!?」


 周囲を見回しながら大声で叫ぶハンターに、ルヴィスが慌てた様子で返答する。


「判らない! だが、何故か俺たちの前には魔王軍の空中要塞がいる! もしかしたら俺たちは強制転移させられてしまったのかもしれない!」


 ルヴィスの意見に頷きつつ、サフィアは賢者妹と自身の乗機を残して姿を消したレフィリアの位置を魔力のパスを通して探ってみる。ところが彼女の繋がりから感じる反応は非常に希薄なものであった。


「確かに消えたレフィリアさんの気配がものすごく遠くに感じます! これは幻術による攪乱なんかじゃなく、本当にこの場所へ実際に戻って来てしまったようです!」


「レフィリアさんだけがいなくなったって事は……私たちは知らないうちに、瞬間転移系の魔法に引っかかってしまったって事ですか!? ……だけど、そんなものは何も“視えなかった”し“感じなかった”……! 何で? どうして!?」


 何時間もかけて離れた筈の敵要塞の傍に一瞬で戻って来てしまった事と、何よりレフィリアの姿が消失してしまった事に、賢者妹は酷く混乱したようにそう口にする。


 彼女には既に設置された魔法を看破できる魔審眼があるので、もし通過した対象を瞬間転移させるような罠が仕掛けられていたのならば、事前に察知できない筈がなかったからだ。


 かといって何者かに遠くから何処かへ跳ばされるような術をかけられた様子も感じ得なかった。一体、どうしてこんな事になってしまったのか、訳が解らない――!


「とにかく反転してここを離れるぞ! 一度撤退を決めた以上は敵要塞あそこへ接近する理由がない!」


 何より危険過ぎる、とルヴィスは全員に念話を込めた号令を掛けて、今いるこの空域から急いで離脱するべきだという指示を出す。


 それには全員が異論なく同意し、彼の機体の動きに合わせて直ちに機竜ヴィーヴルの行き先を変え始めた。




「――まあまあ、せっかく来たんだからそう慌てて帰らなくてもいいじゃんよ」




 ところがその時、自分たちの認識外の位置から聞こえてきた若い女の声に、ルヴィスたち一同は戦慄を伴って大いに驚愕した。


「「……ッ?!!」」


 不意に声が聞こえてきた方向を全員が慌てて振り向く。しかし、そこには誰の姿も見えなかった。


 だがルヴィスとサフィアはすぐさま剣を手に取り、全神経を鋭く尖らせては臨戦態勢を取る。というのもクリストル兄妹と、そして賢者妹は先ほど聞こえてきた声に明確な覚えがあったからだ。


(今の声って、まさか……!?)


「はいはーい! 皆さーん、こっちこっちー!」


 するとルヴィスたちの背後から、またもや軽薄でおちょくったような様子の女の声が聞こえてきた。


 そちらを一斉に向くと、そこにはいつの間にか悪魔の翼を広げたワインレッドの髪の少女――六魔将の一人、エリジェーヌが微笑みながら空中に佇んでいた。


 しかも以前会った時と何やら恰好が変わっており、赤と黒のゴシックパンク風だった衣装が、今回は赤と白のスチームパンク風のもの――ただし、露出は相変わらず多めな改造品――となっている。加えて髪型もイメチェンのつもりか、可愛らしいツインテールに結んでは纏めていた。


「お前は……ッ! 殲風のエリジェーヌ!」


「あ、私の事覚えててくれたんだー。うんうん、私もレフィリアちゃんのお仲間の顔は何人か覚えてるよー」


 最悪な敵の出現で殺気が剥き出しのルヴィスたちに対し、エリジェーヌは武器すら手にすることなく両手を空けたまま、気安い調子で話しかけてくる。


「紅い髪のイケメンお兄さんと、蒼い髪の凛々しいお姉さん。あとは帽子の可愛いお嬢さんかな? サンブルク以来だから、随分と久しぶりだねー」


 まるで顔見知りにでも再会したかのような彼女の態度に、明らかに舐め腐っているとルヴィスは歯噛みするも、内心では酷く焦燥に駆られていた。


 それもそうだ、レフィリアのいない状況で魔王軍の幹部にして一騎当千の怪物である、六魔将と不意打ち気味に遭遇してしまったのだから。


「……お前たち、まさか俺たちがここにやって来た事を既に知っていたというのか!?」


「ん? まあ、そうだねー。ウチにはレフィリアちゃんの気配をある程度まで探れるがいるもんだからさぁ」


「何ですって……!?」


 エリジェーヌの口にした回答に、仲間達の中でサフィアが最も驚いた表情を見せて呟いた。一体、誰がレフィリアの居場所を特定できたのだろう――と、一瞬気になりこそしたが、今はそれどころの状況ではない。


 僅かな選択ミスが一瞬で全滅を招くこの危機的事態を何としてでも切り抜けなければ。


「では、私たちの潜入を知った上で、あえてすぐには接触せず、距離を大きく空けたところで私たちだけをこの場に引き戻したという事ですか……!」


「ですが強制転移の魔法が発動した様子も、何かが仕掛けられていた痕跡も全く無かった……! 貴方たちはどうやって、私たちをここまで連れて来たというんです!」


「あー、それに関してはゲド君――邪導のゲドウィンの仕業だねえ」


 こめかみの辺りを指先で掻きながら、世間話でもするような軽い感じでエリジェーヌは答えを返す。


「なんか前に貴方たちの誰かから魔法の罠を見破られたの、割と気にしてたみたいでさあ。だから特殊なスキルを使っても簡単に看破できないようなトラップを新しく開発したみたい。今回貴方たちを呼び寄せた、選んだ対象のみを瞬間転移させる結界がまさしくそれかな?」


「そんな……私の魔審眼でも視えない魔法罠だなんて……」


 ゲドウィンが魔導師として如何に規格外の存在であるかを賢者妹は今の一瞬で潜在的に思い知らされ、思わず心の中に底知れない恐怖を覚えてしまう。そんな反則的な対策を用意されては、アイデンティティクライシスもいいところだ。


「――で、お前たちにとって取るに足らないであろう俺たちをわざわざここに連れてきた理由はなんだ? またいつもお得意の人質作戦でレフィリアの動揺を誘うつもりか?」


「人質だなんてそんな、人聞きが悪いなあ……私はただ、君たちとお友達になれたらなーって思ってるだけだよ。何事も争わず穏便に済ませられるなら、それが一番じゃないかな?」


 エリジェーヌの白々しい台詞に、ジェドが敵意に満ちた表情で睨みつける。


「はあ? 人を無理やり拉致っておいて何言ってんのコイツ?」


「同感だ。どう考えたってろくな事考えてねえだろ、この姉さんはよ」


 ハンターからも辛辣な言葉が飛ぶがエリジェーヌは特に気にすることも無く、むしろもっとにこやかに微笑んでみせた。


「まあまあ、そんな怖い顔をしないで……」


 そう言ったところで、急に彼女の瞳が妖しい輝きを放ち始めた。


『――みんな、私とお友達になって仲良くしようよ。喧嘩なんかしたくないから武器も収めてさ。それでもってレフィリアちゃんも仲間になってもらえるよう、一緒に説得と勧誘を手伝ってくれないかなぁ』


 そんな心の奥底まで一瞬で伝わっていくような耳障りの良い美声が、まるで音波のように辺りへ響き渡っていった。

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