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空中要塞と異世界を覆す力の話①

 機竜ヴィーヴルにてモースカヴァの街を発ったレフィリア一行はそこから10キロ程先の地点にある、街道からかなり外れた場所の黒い森――背の高いトウヒの木が鬱蒼と生い茂る針葉樹林帯を発見するとそこへ降り立った。


 そして手頃な野営できる箇所を見つけるとすぐに野宿キャンプの準備に取り掛かり、もう朝が近くはあったものの心身の疲れを取る為、たとえ短い時間でも睡眠を取る。


 因みに見張り番は自ら進んでレフィリアが担当した。というのも、異世界転移者として超人化した彼女は、魔力さえ十分ならば必ずしも眠りにつく必要はないからである。


 それから数時間の仮眠に近い休息の後、起きてから遅めの朝食を取って栄養補給と出発の支度を済ませた一行は、遂に魔王軍の拠点である空中要塞がいる――と思われる、ゴラル山脈への探索に向かうこととなった。


「――いよいよですね」


 気を引き締めるように言ったレフィリアの言葉に、隣に立つサフィアが頷く。


「ええ、この辺りと違って山の天気は流石に崩れるかもしれません。そうでなくとも、魔王軍の警戒網が敷かれている可能性は十分にあり得ます。……移動は時間をかけてもいいので、慎重に行きましょう。私たちの目的は、あくまで敵拠点の偵察なのですから」


 その後、機竜ヴィーヴルで編隊を組んでの飛行を開始したレフィリアたちは、ギュゲスの指輪による隠蔽効果で忍びつつも、なるべく目立たないよう低めの高度を維持しながら捜索と移動を行っていった。


 サフィアが口にした通り、次第に山の天気は荒れていき、時折り風速25メートル以上の強烈なブリザードが発生しては容赦なくレフィリアたちに襲い掛かる。


 機竜ヴィーヴルが展開する防護力場とクロスクローバーの効果で凍える恐れも吹き飛ばされる心配もないとはいえ、不明瞭になる視界に一行はより注意深い行軍を余儀なくされた。


 延長2500キロ近くある広大なゴラル山脈での捜査活動は、たとえ便利な飛行手段である機竜ヴィーヴルを以てしても一日で終わることはなく、結局は捜索一日目で敵拠点の発見が叶わなかったレフィリアたちは途中、野営を行い夜を明かす。


 翌日、太陽が昇り天候が安定してきてから再び移動と捜索を始めた一行であったが――もうすぐで夕暮れに差し掛かるといったところで、レフィリアたちはようやく目的のものを見つけ出すに至った。


「アレが……魔王軍の本拠地……ッ!」


 視界の先に映る奇妙な影を見つめ、レフィリアは思わず呟く。ゴラル山脈の最高峰、つまりはネアロペ大陸で最も高い山である“ナローノベル山”の上空に、探し求めていた敵拠点それは存在した。


 全長三キロ以上に及ぶ、その巨大かつ異様な物体は一目見て疑うべくもなく、どう考えても魔王軍の現本拠地である空中要塞なのは明らかだ。


 レフィリアたちは不用意に近づき過ぎないよう、一旦空中要塞が確認できるギリギリの距離を保ってその付近の山岳へ降り立ち、その頂から魔王軍最大拠点――デモンニグルの観察を行った。


「おいおい、何だあのデケエのは。城っつーか、領土ごと飛んでるって感じじゃねえか。まるで浮島だな!」


「驚いた……本当に空中を飛んでいる要塞と言うしかない。あんな、とてつもない巨大物体がアーガイアから遥々このロスタリシアの辺境まで移動してきたとは……!」


 唖然として視界に映る敵拠点を眺めているハンターとルヴィスに、サフィアも同意する。


「私たちの常識ではとても考えられない、途方もない代物ですね。……おそらくアレを建造したのは、魔法技術に長けた邪導のゲドウィンなのでしょう」


「あの巨大浮遊建造物、上から見ると氷の結晶みたいな見た目の外壁が六方向へ突き出た形状をしています。それに……ちょうど中央に如何にも魔王の居城らしき建物がありますよ」


 黒曜石オブシディアンから錬成した烏の使い魔を飛ばして、遠隔視による長距離偵察を試みていた賢者妹がそのように告げ、続けて視覚共有の魔法によりその視認した映像を他の仲間達へも見せる。


「あら、確かにそうですわね。アレがいわゆる、現時点での魔王城という事になるのですか?」


「それにしても悪趣味な意匠というか、分かりやすいくらい魔族の住処って感じの物々しいデザインだなあ。まあ、軍事拠点なんだから当たり前っちゃ当たり前だろうけど」


(要するに、あの城こそがこの世界での冒険における最終攻略地点ラストダンジョン……! 流石に直接、目にすると緊張してきちゃうなあ……)


 表情に出さないようにしつつも、つい息を呑んでしまったレフィリアは心の中でより自身の気を引き締める。あの城の中に諸悪の根源である魔王がいるのだ。また、それに付き従う他の異世界転移者たち、残りの六魔将らも何人か――いや、もしかしたら全員揃っている可能性も大いにあり得る。


 今回こそ偵察が目的だが、最終的にはあの場所を完膚なきまでに攻め落としては生きて戻って来なければならない。勝つことと、仲間も含めて生き残ること。その二つこそが、この世界に招かれたレフィリアにとって絶対に成さねばならない目的である。


「ところでさ、あの浮いてる要塞にばかり目が行きがちだけど、その真下にあるアレって何なんだろうね? 僕はむしろ、そっちの方は気になってしょうがないんだけどさ」


 するとジェドが、空中要塞デモンニグルの浮遊している位置から地上にあたる、豪快に切り開かれたナローノベル山の断面から覗く、謎の巨大構造物を指した。


 そこには明らかに自然物ではない、不思議な銀色に輝く鏡面上の金属質な外観をした――正体が判別できない物体が、大規模な土砂崩れでも起こしたかのように抉られた山肌にその姿を晒して異様な存在感を放っている。


 加えてその構造体には、まるで解体工事途中の建物を彷彿とさせる、壁面をきちんとした手順で分解でもされたかのような大穴が空いていた。もしくは外側が一部砕けて内部構造が露出しかけた蜂の巣とでもいうべきか。


「ええ、まずは魔王軍の拠点の調査が先でしたので、言及はあえて後回しにしていましたが……何やらとてつもなく巨大なものが山の内部に埋まっているみたいですね。アレが何なのかは、現時点だと見当がつきませんけど……」


(何だろう、アレ……形だけ見たらちょっと平たいピラミッドっぽくも見えるけど……なんか如何にも普通じゃない素材と技術で造られてるって感じ。アレも超古代の遺跡とかなのかな……?)


 サフィアの意見にレフィリアも謎の構造物をマジマジと眺めながらそう考えていると、ルヴィスが口を挟む。


「見たところ十中八九、超古代の産物みたいだが……各地にある地下遺跡とはまた異なるもののように思えるな。しかも魔王軍の連中、何やらあの構造物の外壁を解体して内部への穴を広げているみたいだぞ?」


「どう見たって怪しいよねぇ……ねえ、コメット。コメットはあの山の中に埋まってるものについて何か知らない訳?」


 そう聞きながらジェドがコメットの方を向くと、当の本人はやや困惑したように目を眇めながら件の建造物を見つめていた。


「まさかアレは……舟箱庭園アスティリア……!?」


「え、アスティリア?」


 コメットが漏らした単語を聞きつけ、レフィリアはついそれを復唱して尋ねる。


「はい、もしかしたら違うかもしれませんけど……あの外見的におそらくは……」


「その、アスティリアとは一体何なのですか?」


 コメット以外の仲間全員が疑問符を浮かべている中、賢者妹が彼へと進んで質問する。


「ああ、すみません。アスティリアというのは……全領域型恒星間航行艦――《遥かなる船箱庭園アスティリア》の事ですわ。つまりは貴方たちにとって遺物アーティファクトの一つという扱いになるのですが、その用途は最後の人類が生き延びる為に造られた大きな箱舟なのですわ」


「は、箱舟ぇ!?」


 コメットの述べた答えに一同は驚きから目を見開く。


「あの山に埋まってるよく分かんないのって船なの!? 全っ然そんな風には見えないけど!」


「箱舟ということは、もしかしてアレも“天翔ける船箱アーク”と同じような代物で、空を飛んだりできるのでしょうか?」


「確かに飛行は出来ますが、名前の意味合いは異なりますわ。皆さんが過去に乗っていたという船箱アークは箱状に縮小できる事がその名の由来ですが、舟箱庭園アスティリアは文字通り人々を大いなる災いから逃れさせる為の“箱舟”ですので」


(箱舟……といえば聖書の話に出てくる、神による全人類規模の粛清から一部の人間や動物が助かる為の巨大船の事だっけ……そんな言葉があるって事は、この世界にも似たような神話や伝説とかが存在するのかも……)


 レフィリアが聞きながらそのように考えている中、コメットは仲間達へ話を続ける。


「とはいっても今視えているアレが絶対にそれだと断言は出来ませんが……しかし私も何度か建造中の実物を目にしたことがありますので、ひょっとしたらと思ってですね……」


「いえ、私たちなんかより貴方の方が超古代の遺産について圧倒的に詳しいのですから、そうやって情報を頂けるのはとても助かります」


 サフィアの言葉に同意して頷きつつ、ルヴィスもまた口を開く。


「では、あの山の中に見える物体がアスティリアというものだと仮定して質問したい。――一つ。アレは空を飛べる船だというが、何故山の中に埋まっているんだ?」


「そもそも船って見た目に見えないんだけど、そのアスティリアってどのくらいの大きさなの? もしかしてスカイ・ヴラズニル号よりも大きい?」


「おいおいジェド、質問は一つずつ順番に訊いていかねえとコメットが困るだろうがよ」


 ハンターが呆れたようにジェドを窘めるが、それを見てコメットがやんわりと首を横へ振る。


「いいえ、いいのですわ。では、まず先に大きさについて答えますが、船箱庭園アスティリアはスカイ・ヴラズニル号どころか、山の上に浮かんでいる、あの魔王軍の空中要塞よりも大きいのですよ」


「ええっ、マジで!? そんなにデッカイの!?」


 あからさまなオーバーリアクションで驚いてみせるジェドであったが、他の仲間達も表情的に誰もが同じ感情となったことは明らかだった。


「おいおい、船っつーか魔王軍のアレと同じで、もはや移動要塞の類じゃねえか……」


「そんな巨体が山の中にすっぽり隠れているだなんて、俄かには信じられませんね……」


「まあ、気持ちは判ります。そして、そんなものがどうして地中に埋まっているかの理由ですけれど……」


 そこでコメットが人差し指を立てた。


「まず前提の話として、貴方がたが旧文明人と呼ぶ私たちは、女神メレシュタリカの悪ふざけで文明が崩壊しかかった時……何とか生存した人々は生き延びる為の手段として、大きく二つの派閥に分かれたのです」


「女神の悪ふざけといいますと、前に湿原で襲って来た銀色の怪物……えっと、メタビーストでしたっけ。それが人類を殺戮して回ったという話ですか?」


「そうです。そこで一つの派閥はそら――星の海へと旅立って、安全に生きてゆける新天地を探しに行く案を考えました」


 更にコメットは中指も上げて二本の指を立ててみせる。


「そしてもう一つの派閥は、地底にシェルターとなる人工居住地コロニーを構築し、外の脅威が消え去るまで隠れ凌ぐ計画を立てました。その双方のプロジェクトを船箱庭園アスティリアは実行する事が可能なのですわ」


「な、なんか急にスゲエ話が始まったな。流石は得体の知れない超技術で栄えた旧文明人って感じだぜ……」


「だとしたら、あの山の中に埋まっているのは後者の計画を実行した方になるのですか?」


 賢者妹の問いにコメットが頷く。


「ええ、おそらくは。舟箱庭園アスティリア内部では完全にそれ単独で成立できる生活環境が存在し、数千人もの人間を収容して外に出ないまま暮らしていくことが出来ますから」


「まさしく箱庭のような箱舟といったところか。もはや一つの都市ごと隔離して移動できるといった感じなんだな……」


「では、あの建造物の中にはコメットさんと同じ旧文明の方がいらっしゃるかもしれないのですか?」


 レフィリアからの質問に、コメットは難しそうな顔をして腕を組む。


「さあ、それはどうでしょうか。私と同じように冷凍睡眠している者が残っている可能性もありますけど……何にせよ、私たちの時代からもう何万年も経った今もなお、あの中で生活が続いているという事は無いと思います。でなければ、メレシュタリカは舟箱庭園アスティリアをあのまま放置なんてしないでしょうから」


「そうですか……まあ、仮にいたとしても魔王軍があのように手を出している時点で無事じゃ済まないですよね……」


 感慨に耽るレフィリアを一瞥したルヴィスは、表情を切り替えて話を元に戻すようにまたコメットの方を向く。


「ならばもう一つの質問だ。レフィリアが今言ったように、魔王軍の連中があのアスティリアと思しきものに穴を開けて何かをしているようだが……君に、奴らの行動についての心当たりはないか?」


「多分、中から何か持ち出そうとしてるんじゃないの? 使い魔の目を通して見た感じじゃ、外側だけでなく奥までずっと穴を開けてるみたいだし。もしかして超ウルトラすっごい遺物アーティファクトなんてあったりするんじゃない?」


「……ええ、きっとジェドさんの言う通りだと思いますわ」


 コメットの返答に、マジかよと言わんばかりのぎょっとした顔でジェドは彼の方を振り向く。


「だって確かにありますもの、とびきりの物凄い代物が……ああやって船体を丁寧に解体しているという事は、魔王軍かれらもその存在を把握し、それを手に入れようと作業を進めているのでしょう」


 半ば確信を持ったように告げたコメットの様子に、レフィリアたちはそんなに凄まじいものなのかと思わず息を呑んだ。

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