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北国で潜む異世界の昏き牙の話⑦

「ちい……ッ!」


 危機を察知したスレイアはまたもや機敏に回避行動へ転じたが、今度は長剣を握っていた右腕の肘から先を断たれる。それだけでなく続けて右脚の脛を切られ、左手首まで抉られるという、先ほどよりも更に手痛い損傷を受ける羽目になってしまった。


 致命傷を避けられたことだけは幸いであるものの、完全に躱せなかった結果として得物を落としてしまった彼は当然それを拾う事は叶わず、しかも片脚までやられてしまったことでバランスを崩しては派手に転倒する――ように見せかけて、影と化しては地面の中へと吸い込まれるように消えていった。


「やってくれましたね……!」


 それからスレイアはレフィリアたちとかなりの距離を取った場所へと再出現しては、器用な体幹により片脚立ちの状態で佇みつつ、彼女の方を歯噛みするように睨む。


「……ッ! ディバインデュアルソードッ!」


 そんな彼が姿を現した位置と方向をすぐに把握したレフィリアはそちらを向くと、この機を逃さないとばかりに畳みかけるつもりで、分身術技の使用により一旦解除したもう片方の光剣を再度手元に出現させた。


「セイクリッド――」


 また二刀流状態になった彼女は加えて、その背中から青白い輝きを放つ光の大翼を即時展開すると純白のマントをはためかせながら、四肢のうち三つを失ったスレイアへと容赦なく狙いを定める。


「バスターーーーーーッ!!!!!!」


 そして暴風のように荒れ狂う攻性防壁バリアを発生させると、自分自身がミサイルにでもなったかの如く一気に突撃していった。


(この一撃で、仕留める……ッ!!)


 ここに来て、レフィリアはあえて空間跳躍スペイシャルリーブからの背面取りによる奇襲は用いなかった。両手をやられて武器を持てなくなっただけでなく、片脚まで負傷したスレイアにはそちらの方が手早く確実にトドメをさせられると通常なら考える。


 しかしスレイア相手にあの技が上手く決まった試しがない上に、レフィリアにはそれを使うとまた痛恨のミスに繋がりかねないという、確証こそないが嫌な直感を感じていた。その為の、全身全霊を込めた大技による正面からの突進。これが直撃すれば、たとえあの得体の知れない魔剣士であろうとただでは済まない筈。


「ふっ、愚かですね……貴方みたいなのを猪武者というのです。ご自分が以前、どんな目にあったのかをもう忘れましたか!?」


 光の砲弾となって迫りくるレフィリアを見据え、スレイアは慌てるどころか細い目で不敵に微笑んではそう口にする。それとともに手首の深い切創から多量の血が流れ続けている左腕をレフィリアに差し向けると、禍々しい赤光の波動を突っ込んでくるレフィリアに向けて撃ち放った。


「カースプロジェクション!」


 それは前回のアーガイアにおける戦いでレフィリアを戦闘不能に追い込んだ、自身のダメージを他者に投影する厄介な呪法。。再びこれをくらってしまえばレフィリアは両手に握った光剣を手放すこととなり、丸腰のままスレイアへぶつかっていく事となる。


 しかもスレイアの技の発動が異様に早く、彼女は躱すことも叶わずその迸る波動に思いきり頭から晒されることとなった。


 ――が、レフィリアはその手から二振りの光剣を失うことは無かった。真っ赤な波動を全身に受けた筈の彼女は、纏っていたマントがただビリっと音を立てて裂けただけで、彼女自身は何の負荷をくらうこともなく勢いを維持したまま突撃してくる。


「なっ、馬鹿なッ……?!」


(すごい、これがマントの力……ッ!)


 突撃の最中、レフィリアは女神ミシュタリアから授かったマントの持つ呪い避けの効果を、その身を以て実感しては驚きを感じていた。


 途方もない量の魔力で編まれた恩賜品ギフトの聖外衣が身代わりとなって呪詛を受けることで、彼女は一切の浸食に冒されることなく済んでいる。


 逆に自身の呪法が通用するのが当たり前だと信じ切ってはほくそ笑んでいたスレイアは、それが無効化された事態に動揺し、思わずその細い目をはっきりと剥いた。


 当然、呪いにかからなかったレフィリアは失速するどころか勢いを維持したまま目標のスレイアへと到達し、緊急回避はおろか防御態勢すら取れていない無防備なスレイアへ正面から派手に激突する。


「がッ――!!!!」


 それはまるで人間が新幹線にでも撥ねられたかのような有様で、前回はレフィリアを徹底的に追い詰めていた筈の強敵魔剣士が、一瞬のうちにその肢体をバラバラに爆ぜさせては吹っ飛ばされていった。


 光の翼の奇跡を残しながら超高速で通過していったレフィリアの後に、攻性防壁に斬り刻まれてミンチ状になった血濡れの肉と骨、そして衣服の破片が宙を舞っては辺りに撒き散らされていく。


 そんな中、運良く綺麗に残ったスレイアの頭だけが、幽鬼の首のように空中へ浮かんで制止すると、レフィリアではなくルヴィスたちのいる方を向いては睨みつけてきた。


 それだけでなく、スレイアの首が浮遊している周囲の空間には無数の紅い光球が瞬時に出現しては展開される。どう見てもレフィリアの仲間達へ攻撃を敢行しようとしているのは明白であった。


「クリムゾン……スフィアレイ……ッ!」


 やられる前に、せめてレフィリアの大切な者達を皆殺しにして彼女の精神を傷物にでもしようとする算段だったのであろうか。


 だが、それは叶うことなくスレイアの頭は彼のすぐ後ろへスペイシャルリーブで空間跳躍してきたレフィリアにより、見事に一刀両断されて防がれた。


「おの……れ……」


 真っ二つになったスレイアの頭は空中で崩れるように消え去った途端、爆散しては血煙のようになってレフィリアの全身を包み込むように集まってくる。


 その時、またもやレフィリアの身に着けているマントが音を立てては独りでに裂けた。おそらくレフィリアに襲い掛かった何らかの呪い効果を防いでくれたのだろう。


 レフィリアは光剣を勢いよく一閃すると、刀身の光圧から生じる衝撃波と突風によって赤い霧を吹き散らす。


 そして数秒の沈黙が流れ、完全に攻撃が止んでスレイアの撃退が確認されたところで――レフィリアは疲れたように大きく息をついては、構えていた光の剣を降ろした。


(……倒した? 倒せたの……? あのとんでもなく強かった魔剣士を、本当に……?)


 一度渾身の一撃を跳ね除けられては吹っ飛ばされたとはいえ、以前の負け試合と違って一太刀もその身に食らわず強敵を討ち倒せてしまったことに、レフィリアはどうにも勝利の実感が湧いてこずに困惑してしまっていた。


 しかしスレイアのあの悍ましい殺気はもう少しも感じられず、再び彼が蘇っては仕掛けてくるような気配もない。


「レフィリア!」


 また新手が来ないか周囲を確認しつつもその場から動かずに突っ立ったままのレフィリアのところへ、仲間たちが駆け寄ってくる。


「助かったよ、レフィリア。ヤツが最期に放とうとしていたアレは……正直ヤバいと感じた。俺たち全員の命があるのは君のお陰だ、ありがとう」


「い、いえ。みんなが無事ならそれが私にとって一番の事ですので……」


「それに新しく加わったという六魔将の一人を仕留めることが出来ましたね。これは紛れもなく大手柄ですよ、レフィリアさん!」


「そ、そうですね。サフィアさん……やっつけられた、んですよね……」


 サフィアからの賛辞にレフィリアは何とも曖昧な返事をしてしまう。それに勘づいたハンターが首を傾げながら不思議そうな顔を向けた。


「どうしたよ、レフィリアの姉さん。なんか歯切れの悪い感じだが、何か気になることでもあんのかい?」


「えっと、何ていうか……確かにあの黒い剣士を倒せたことは喜ばしいことなんですけど、どうにも呆気なさすぎるような気がしてですね……」


「そうかい? まあ、言われてみりゃ前回ほどは苦戦しなかったというか、早いうちに勝負が決まっちまったが、結果としてこっちに損害が出なかったのならむしろ最高の結果じゃねえか」


「そうそう、考えすぎだってレフィリア。前は初見だったから遅れを取ったってだけで、対策を取って臨めば意外とこんなものだと思うよ?」


「そんなものでしょうか……」


「今回のレフィリアさんは対呪い用装備を所持していて、相手側はそれを知らなかった。加えてレフィリアさんは以前の戦闘の経験から覚悟を決めており、逆に相手側は慢心してここぞという時の対応に遅れを取ってしまった。だからこそレフィリアさんは、勝利を掴み取れたのだと思いますよ」


 サフィアから励まされ、レフィリアはせっかく勝ったのにいつまでも憂いのある顔をしている訳にもいかないと、無理して明るい表情を作ってみせた。自分がずっと暗い顔をしていては、仲間達も次第に不安になってきてしまうであろう。


「そうですね……それに、サフィアさんたちがチャンスを作ってくれたのが一番の勝利要因ですから。私だけで勝ち取れたものではありません」


「何を言ってるんですか。もしまたあの黒い剣士と戦うことになった時の為に、対策として準備しておいたものが役に立っただけですし」


「僕のクリスタルメイカーのお陰だねー。ていうかー、前回もだけどアイツ、僕らのこと雑魚だと思って無視するからさー。事前に何か拵えておけばちょっとくらい隙を作れると思ったんだよねー」


「危ない賭けではありましたけどね……でもそのお陰で強敵に打ち勝つことが出来ました。こちらこそ、本当にありがとう……!」


 レフィリアの微笑みに、仲間達も揃って笑顔を返した。

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