これで大団円、たぶんね
完結しました。よろしくお願いします。
翼竜を退けた後テオドルはエレナを片腕で抱き上げ布を被せると、黙れと一言だけ命じた。そのまま鱗馬に乗って控えていたアデニウム兵達と共にニュンパエア王城に連れていかれる。あらかじめ決まっていたかのように女王とテオドルは言葉を交わしエレナのアデニウム行きが決定した。
「エレナの結婚式には私は親族として参加しますからね、席順には気をつけて頂きたいわ」
「配慮しよう」
「手塩にかけた娘が他国に嫁ぐなど誰が思ったでしょう…エレナ、気に入らなければ帰ってきても良いですからね」
「要らぬ心配だ」
テオドルに重ねて黙れと言われたエレナは女王に何の言葉も返せなかったが、女王もそれに関しては何も言わなかった。大袈裟にため息を吐く女王を残してテオドルはエレナを担いだままさっさとニュンパエアを後にした。
ーーー
「殿下」
「もう少しで終わる、暫し待て」
「いえ、あの、殿下」
「私とて無粋な事をしている自覚はある、しかし立場上…」
「お願いですから執務はご自身の執務室で行って下さい」
「断る」
「断らないで下さい」
エレナはアデニウムに連れ戻されてからほぼ毎日このやり取りをしている。テオドルは片時もエレナを離さずトイレや浴室まで着いてこようとしたのをシモンとフェルナンが殴って止めた程だった。今日も今日とてテオドルはエレナの部屋に居座るので仕方がなくシモンがこの部屋に仕事を運んでくる。
「仕事するようになっただけましかな、妃殿下がいなくなった時の荒れようと言ったら…」
「むし返さないで下さいシモン様」
城の最上階にある部屋はエレナが居なかった数日で見事に改装されていた。エレナの部下が吹っ飛ばした窓や壁が綺麗に修繕されているのは勿論のこと、その材料には魔封じの石やらまじないやらが追加されている。唯一の出入口である黒い石造りの重たい扉にはダイアルの幾つもついた錠前がかけられている。これも魔法が効かないよう何らかの仕掛けがされているようで、エレナにとってはひどく居心地の悪い部屋になってしまった。常に力が抑えつけられているような感覚でじわじわと嫌な感じがする。
「終わった」
「お疲れさん、今日はもう終わりだから後はお若いお二人で」
「……」
「そんなに嫌そうな顔しないであげてよ」
シモンが書類をひらひらとさせながら出ていく。エレナはあからさまに微妙な顔をしていたがテオドルは気にする様子もなくカウチに座る彼女の隣に腰かけた。当然のように肩を抱かれて引き寄せられるのにも慣れてしまった。
「あなたが私に慣れてきたのは良いことだ」
肩に置かれた剣だこのある大きな手がそのまま滑って腰に落ち着くのも、髪に顔を埋められて匂いを嗅がれるのも少しは慣れた。エレナにとってあまり嬉しいことではなかったけれど。
「もうすぐ黒曜石が届く」
「はあ」
「予想外に結婚式が延びてしまったが、丁度良かったのかもしれん良い物が手に入った」
「ああ、アンクレットの」
「そうだ、エレナの様に美しく黒々としている」
テオドルはさっと跪くとエレナの踵を持ち足首に嵌められているアンクレットに口付けた。初めてアンクレットを付けられた時のように下から見上げられて彼女の心臓はひどく騒いだ。
「これは交換した後、私の物になる」
「はい」
「あなた自身も私の物となる、もう二度とどこにも、例えあなたが拒絶したとしても」
「なぜ、私だったのですか」
「…わからない」
深い藍色の瞳が暗く鈍く光ったがエレナの問いにテオドルは顔を背けた。とっさに出てしまった問いだったが、エレナがずっと聞きたかったそれでもあった。
「あの日、あなたが私の腕の中に飛び込んだ瞬間に捕らわれたのは私の方だ、あなたを側に置いておかねば私もこの国も破滅する」
「すごい脅し文句ですね」
「脅したくもなる、従順なふりをしてまさか逃げられるとは思わなかった」
「あれは、その、不可抗力ではないですか」
じとりと睨み付けられエレナはそれ以上何も言えなかった。
「暫くは不自由な暮らしをしてもらう、今まではニュンパエアとの同盟が順調だったがこの機に対魔法術も強化させている」
「私が何を言おうと無駄なのでしょう」
「ああ無駄だ、フェルナンもあの襲撃以来やる気を出している」
「…対魔法術に関しては私も一家言ございます、お役に立てるかと」
「あなたが?」
もう一度じとりと睨まれるがこの国の魔法に関する防衛術には以前から思うところがあったので特に疚しいことはない。エレナはかの魔法大国ニュンパエアで最上位の魔術師だったのだ。魔法に明るくないアデニウムの者がよってたかってかかっても彼女の足下にも及ばないだろう。
「私はあなたを側に置きたい、できれば愛して欲しいし愛していたい、だが…」
「信用できませんか」
「…無理だ、すまない」
「私の女王はあなたに嫁げといいました」
「……」
「ですから私はあなたに嫁ぎますし国防にもご協力申し上げます」
「女王に命令されたからか」
「その通りです」
テオドルはよろよろとカウチに座り直した。分かっていた事でも実際に口に出されるとかなり堪える。膝の上で握られたテオドルの左手をエレナが両手で優しく包んだ。はっとして彼女を見ると眉間に皺を寄せた小難しい顔でテオドルを見ていた。
「だって私は殿下のことを知りません、何ひとつとして、あなただって私のことを知りません、私達はお互いを知らなさすぎるのです」
「エレナ…」
「あんなことがありましたし私の言っていることが非常識なのも理解しております、ですが殿下が私を信用して下さらないなら私だって信愛の情など持てません」
テオドルが言葉に詰まるのをエレナは見逃さず更に言い募った。
「殿下は以前文化も風習も違うがそれを強いると仰いました、ならば信用くらいして下さってもよろしいのではないですか」
「それは、そうなのだろうが…」
「…私は先ほど殿下のことを何も知らないと言いましたがひとつだけ知っているのです、あなたは私をとても、その、好ましく思って下さっています」
「ああ、愛している」
「ですがあなたがこのままでは私は国に帰ることを真剣に考えねばいけなくなります」
「それを許すと、本当に思っているのか」
「許す許さないではなく、事実を申し上げているのです」
「あなたの脅しの方が余程酷い」
エレナの掴んでいる手はそのままにテオドルはもう一つの手で目を覆った。
「殿下」
「あなたは私の名前すら知らないのか」
「…テオドル様」
のろのろと顔を上げたテオドルの頬にエレナは口付けた。顔から火がでるとはこの事だと実感した。ゆっくり離れると信じられないと言わんばかりのテオドルが口を半開きにしながらこちらを見ている。
「わ、私だって、夢物語のように求愛されたり助けられたりするのは初めてなんです」
「…私もだ」
「どうしたら良いかなんて分からないんです、でもあなたの事は嫌いではありません、悪い気もしません」
「エレナ」
「側にと仰るのなら居ります、あの時の不手際には謝罪致します、私にも…あなたを愛させて下さい」
「毒のような殺し文句だ…」
テオドルはうっとりと目を溶かした。エレナを引き寄せ膝の上に乗せると魔術師らしい日に当たった事が無いかのような白い頬が赤く色づく。
「私があなたを信じればあなたは私を愛してくれると言うのか」
「ええ、きっと」
「ニュンパエアの地をもう二度と踏めなくても良いと?」
「覚悟の上です、テオドル様が私を望む限りは」
「また髪を梳きたい」
「た、たまになら」
「伺いの品をもっと沢山受け取って欲しい」
「ええと、善処します」
「キスがしたい、エレナと」
「……はい」
ぐっと目も口も力いっぱい閉じたエレナの唇にテオドルは自身のそれで優しく触れた。さっきエレナが彼の頬にそうしたように、食むでも舐めるのでもなくそっと触れて静かに離れた。夢のようだとただ思った。
「あなたを信じよう、私の側に居てくれるのなら」
「…あ、りがとうございます」
「ただし次はない、もしあればあなたは地下牢で鎖に繋ぐし、ニュンパエアも滅ぼそう」
「起こりませんので、大丈夫です」
「正式な婚姻まではこの部屋に居て欲しい、のだが、エレナが本当に嫌なら…」
「多少のペナルティは仕方がありません」
「辛い思いをさせてすまない」
「構いません…その分、愛して下さるのでしょう…?」
「誰よりも深く」
言いながらテオドルはもう一度エレナに口付けた。エレナは恥ずかしさでどうにかなりそうだったが抵抗せず受け入れた。
読んで頂きありがとうございました。
頭のなかで完結していたのでこんなに時間がかかるとは思ってもみませんでした。書きたいことが書ききれたかと言うとそうでもなく、読み返すと変な感じがします。
しかし初のオリジナルを完結できたこと自己満足ですが、とても嬉しく思います。本当にありがとうございました!




