特訓開始!
来人たちが今いるのは、四方を白で囲まれた四角い部屋。
戦闘フィールドよりもさらに広く、先ほどまで来人たちが居た部屋からこの部屋を覗けるガラス張りの窓がある。
「へぇ。研究所の中にこんな部屋があったとはな。外観では気付かねぇや」
「これだけ広けりゃ、思う存分特訓出来るだろ?だからここまで来たってわけ」
なるほど、わざわざこの場所に来たのも頷ける。
学園内では特訓出来る場所が限られてる。来週は序列入れ替え戦を控えているから尚更だ。かと言って学園の外で能力を使用すればしょっ引かれる。
だからこそこの場所だ。ここならいくら能力を使ってもバレはしないし、学園よりも広々と使える。
「特訓を始める前に、一つだけ言っておく。アタシがアンタに教えんのは、アンタが倒したいあの男の攻略法じゃない。あくまで今より”やれること”を増やすのが目的だ」
「ああ。アイツをどうぶっ倒すかは俺がこれから考えることだ。だから今の俺のやるべきことは、昨日までの俺より強くなる。それだけだぜ」
「ヘッ。分かってんじゃねーか。そんじゃ特別に、情報だけは与えてやるよ」
「情報?」
情報。それはつまり、あの男――――君島義輝に関する情報だろうか?
「遠慮はすんなよ。情報を教えられたからって、卑怯なんて呼ばれることはない。情報は公平なもんだ」
「たりめーよ。むしろ卑怯と言われても聞いてやるつもりだったぜ」
「ははは!よく言った!それでこそアンタだよ!」
勝つためには何でもやる。実際、火恋との戦闘時に、勝つために反則ギリギリの戦法まで披露した男だ。
「で?何を教えてくれんだ?」
「もちろんアンタが一番知りたい情報さ。アンタがこの間戦った、あの男についての情報だ」
大方の予想通りだった。
君島義輝についての情報。あの時掴めなかった、やつの能力がようやく分かる。
「2年B組。君島義輝。序列27位の男だ」
「27位?意外と高いんだな。B組だけど」
「ま、能力のおかげだろうね。奴の能力はそれなりにめんどくさいから」
「そうそう!その能力が知りたいんだよ!で、どんな能力なんだ?」
「マッド・ディスタンス。それが奴の能力名だ」
「まっど……でぃすたんす……?」
と、言われただけでもパッとせず、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
「距離狂いは、一言で言えば距離感を狂わせる能力だ。相手の視界に干渉し、距離感を狂わせる超常系の能力。例えで言うなら……目の前にリンゴがあったとするだろ?」
「うんうん」
「そのリンゴまで実際の距離は5歩でたどり着けるくらいだとする。本来なら自分の目にも5歩でたどり着ける距離にリンゴは見える。けど、距離狂いの影響下だと、目で見える距離は10歩ぶんだったり、3歩ぶんだったりしちまう。実際の距離と目で見える距離が変わっちまうように錯覚させる能力。それが距離狂いだ」
「あー!!だからあの時、当たってんのに当たってないってなったのか!!」
「そういうこと。アンタの見ている中ではESPブレードが当たる距離にいたみたいだけど、実際には全然当たる距離にアンタはいなかった。事実、第三者であるアタシから見た時のアンタは、全然届かない場所で、ぶんぶんESPブレードを振り回している痛い子に見えてたってわけ」
ようやく謎が解けた。当たっていた筈なのに当たっていなかったという感覚も、回避したはずなのに回避できなかったという感覚も、すべては自分の視界が距離狂いによって狂わされていた距離感の中にあったからだ。
つまり来人は、完全にしてやられたというわけになる。
「ちっきしょー!そういうことだったのか!なんか今になって恥ずかしくなってきたぞ!」
「弱点はそもそも距離なんて関係ないような範囲攻撃だ。アタシの炎や四位の電撃は勿論のこと、八位の突風の範囲攻撃であっさり倒せちまう。いくら距離狂いという能力が強くても、本体は大したこと無いからね。さ、情報は教えた。ここからが本題だ」
本題と聞いて、改めて来人は真剣な眼差しを火恋に向ける。
「アタシがアンタに教えるのは二つ。まず一つは、アンタのその素人以下の剣術を徹底的に叩きなおす」
「素人以下だぁ?言い過ぎじゃねーの。俺っち傷ついちゃ」
「素人以下なんてまだマシなくらいだよ。はっきり言って『アンタ剣のセンスないから剣を捨てなよ』と言っていいレベルだし。もっと言うと中等部のESPブレードを握ったばかりの奴でもまだアンタよりしっかりした剣術を使える子がいるってレベルだ」
「あ、あの……そんなにボロクソに言われると本気で傷つくから……」
冗談で俺っちなんて言ったらボロクソに言われた。
本気で凹んだ来人は肩を落として項垂れた。ちょっぴり泣きそうだった。
「はぁ。それくらいで凹むなよ。剣術はどうにかして素人脱却レベルまで引き上げてやるからさ。それよりも問題は二つ目。一つ目の剣術はむしろおまけだね。二つ目こそ本命だ」
「おまけって……そんなに重要なことをやんのか」
「ああ。二つ目は――――アンタの能力の強化だ」
「俺の能力の……?」
能力の強化。それはつまり、道具使いを強化するということ。
しかしどう強化するというんだ?この能力は自分の手元に道具を持ってこれるというだけの能力。それ以上はないはずだ。
「アンタの能力は会長から聞いたよ。道具使い。24時間以内に手で触れたものを自分のすぐ傍に転移させる能力」
「ああ。その通りだ。けど、それだけだぜ?それをどう強化するってんだ?」
「アンタ、ホントにそれだけだと思ってるのかい?」
「え?」
それだけではないというのか。いや、それだけの筈だ。少なくとも、自分の中ではそう思っている。
けど、もしかしたら。そんな期待を向けながら火恋の話に耳を傾ける。
「四位の使う《雷人剣》――――雷の如くスピードで繰り出される斬撃。アレはアンタも知っているよな?」
「ああ。つーか体験済みだ」
思い出す、あの凄まじいスピード。まるで雷を相手にしているような威圧感。忘れるはずがない。
今思えば、よくあれを回避できたなと思う。あの時程運が味方をしてくれたことはないだろう。
「あれは諸説あるが、単純な能力の応用を超えてるってことだけは言える。速くなりたい。その願いが完成させたとか言われてるが……まあ、アレは素直に四位を褒めるしかねぇ」
「へぇ。お前がクリスを褒めるとはねぇ」
「コラ。減らず口はしまいな。……でだ。アンタも同じことが出来るはずなんだよ。能力の応用を超えた、”進化”ってやつが」
「進化?俺の道具使いが?クリスのライなんたらってやつみたいにか?」
応用を超えた進化と言われてもピンと来ない。なんせ道具使いだから。
クリスのあの技のように、物凄いスピードを得れるわけでもないだろうし。
「《雷人剣》な。出来るはずって言ったけど、むしろアンタは一度だけ能力の進化を見せてる。アタシとの戦闘で、どうやってアタシを倒したか覚えているか?」
「どうやってって……」
火恋との戦いの終盤。
覚えているのは、勝ちたいという激情のみ。
「悪い。あん時は意識が朦朧としてて……」
「だろうね。流石にあの時はやりすぎた。熱くなりすぎた」
「炎を使うだけに熱くなるってか?」
上手いことを言ったつもりだったが、火恋はそれを無視して続けていく。
「決着がつこうとしていたあの時、アタシとアンタは間違いなく離れた場所に立っていた。とても走ってすぐ縮められるような距離じゃなかった筈だ」
火恋の言葉によって、そのときの状況がぼんやりと思い出される。
朦朧とする意識の中、気合と根性で何とか立っていた。そんな状態だった。
「アタシはアンタにとどめを刺すため、火球を放った。もうアンタは戦える状態じゃない。避けられるはずがない。そう思ってた。だけどアンタはすでにそこ立っていなかった。気付いた時には、アンタはアタシの懐に潜り込んでいた。アタシの足元に落ちてた、その木刀を手にして」
「!!」
そうだ。そうだった。あの時、気付いた時には木刀を握っていた。目の前に火恋が立っていた。
無我夢中だったから、あの時はどうしてこうなったのかと困惑している暇すらなかった。
「それこそアンタの能力の進化形の筈だ。これはあくまでアタシの推測だが――――アンタはおそらく、”道具を自分の方へ持ってくる”の反対、つまり”自分を道具の方へ持っていく”ことをしたんだ」
「自分を道具の方へ……って、そんなことが出来んのか?」
「出来んのかじゃねぇ。出来たんだよ。そしてこれから、いつでも出来るようにするんだ」
「なるほどな。でもさ、自分を道具の方へ持っていくってさ、強いか?」
「強いかどうかはアンタが決めることだ」
「……へへ。そういやそうだったな」
そうだ。その能力が強いかどうかは、自分で決めるんだ。自分の手で、強い能力にしてみせる。
昨日、迷走していたところを火恋に叱咤され、今日もこうして火恋に言われっぱなしだ。
こんなに言われっぱなしじゃ、男として情けない。そろそろいいところを見せてやらなくては。
「っしゃあ!やることは決まった!剣術と能力の進化!やってやろうじゃねーか!!」
「おっと、一つ言い忘れたけど――――」
「あん?」
突如、火恋が炎を身に纏う。
まさにその姿は、通名である《炎皇》のよう。
「ここ、アタシが全力出しても全然平気なんだよね。ここを選んだ理由の一つさ」
「は、ははは……お、お手柔らかに頼むぜ?」
「ああ。死ぬ気で頑張んな」
冗談で言ってない。本気で死ぬ気でかからなきゃ大惨事になりそうだ。
「さ、始めるよ!」
死なないように、強くなるように全力を尽くすのみ。
文字通り”地獄の特訓”が幕を開けた。




