いざ、特訓の地へ
「会長!!」
放課後。
生徒会室に響く来人の声。その腕には腕章が着けっぱなしだった。
「ん?どうした新城?」
「俺、頭を冷やして来やした」
「ほう。それで、これからどうするつもりだ?」
これから何が言われるのか。
それが神奈には分かっていた。何故なら、昨日までのあのふくれっ面の来人の面影はどこかに消え去っていたから。
紛れもなくここにいるのは、調子に乗って敗北した負け犬ではなく、四位と三位を下した新城来人だった。
「倒したい奴がいるんス。でも、今の俺じゃ多分負けちまう。だから、今より強くならなくちゃいけねぇ」
「ふむ。つまり君は、特訓がしたいと」
「そう!その通りっす!」
瞳の奥で炎をギラギラと燃やす来人とは対照的に、神奈はいたって冷静に来人のことを見ていた。
いつまで経ってもリアクションがない。あれ?もしかして失敗したかなと思い始めてきた。
「新城。君は昨日、戦闘に敗北したらしいな。それも手痛く」
「そうっす!だから今度は負けないように――――」
「この愚か者ッ!!」
「!?」
突然の豹変。
それまで冷静な表情を崩さなかった神奈が、まるで別人のように怒気を纏う。
「腕章をつけておいて無様に敗北するとはなんという体たらくだ!このままでは我が生徒会のメンツが丸潰れだ!!」
(え、えええ~!?なんでキレちゃってんの!?)
あの神奈がここまで怒るのもそうだが、それ以上に怒られている理由に納得できない。メンツって。
「新城!特務係の貴様には私から直々に任務を受け渡す!」
「あ、あの、特訓……」
「拒否権はないッ!」
「はいッ!!」
あまりの剣幕に圧され、主張すら出来ない。
「貴様に受け渡す任務は――――”勝て!”だ」
「はい!承知――――え?」
予想外の任務内容に、目が点になる。
勝てということは、つまり――――
「どうにか私が根回しして、来週の序列入れ替え戦の対戦相手を君が先日負けた相手にしよう。そこで必ず勝て!!」
「か、会長……!」
「だが今の君では実力不足だ。分かったらさっさと行けッ!!」
「押忍!俺、絶対に強くなって、あいつに勝ちますから!!」
威勢よく生徒会から飛び出していく。この調子なら問題ないだろう。神奈は安堵の笑みをこぼした。
「神奈、最初からこうなることが分かってて」
「さあ?なんのことやらサッパリだな」
「くー。相変わらず食えない奴だよ!」
すべて神奈の思惑通り。それをなんとなく理解できていたのは優真だけであった。
「そんなことより仕事だ仕事!優真、お前には特殊訓練場の清掃に当たってもらう!」
「へ?見回りは?」
「そんなもの雅にやってもらった方がいいだろう。最近どうも特殊訓練場内の治安が悪い。だから雅に行かせた方がいいだろう。奴に逆らえる奴はそうそういないだろうしな。さ、早く行った行った!」
「神奈の鬼~!やっぱ分かっててやったんだ~!!」
優真の叫びが空しく響き渡る。
今日も生徒会は平常運転だった。
◆
「霧生先生!聞いてくださいよ!!」
クリスが目を輝かせて言う。
クリスは特に怪我をしたわけではないが、ある報告のために保健室に立ち寄っていた。
「んー?なんだー?」
いつもの如く煙草をふかしながら、婚活雑誌――――と見せかけて週刊少年誌を読みながらクリスの話に興味がなさそうに答えた。
「実は!あの来人が!とうとうやる気を出したんですよ!」
「え?あの新城が?」
来人がやる気を出す。
適当に流そうと思っていたが、衝撃を受けた晴夏は一旦漫画を読むのを中断した。
「昨日、ランニングから帰ってきた来人が言ったんです。『俺決めた!明日からマジで本気出す!』って!あの来人がですよ!?」
「あー……そう……」
再び漫画の続きを読み始める。
明日から本気出すって、結局何もしないっていうアレだろうなと思っていた。
「まあやる気を出してくれて何よりだ。それより、せっかくやる気を出したなら特訓に付き合ってやったらどうだ?きっと喜ぶぞ~?」
「もちろんそのつもりです!では!」
そそくさ保健室のドアまで駆けていき、失礼しましたと言って保健室を後にする。
さてこれで漫画の続きがゆっくり読める。と思って次のページをめくったら次号へ続くって。こんないいところで切るとは。
「あ!来人!丁度いいところに!」
保健室を出たところで、時を同じくして生徒会室を飛び出してきた来人と遭遇する。
「来人!今から私と特訓――――」
「わりぃ!先約あるんだ!じゃーな!」
華麗にスルー。クリスの呼び止めに応じず走り抜けていく。
「ちょ、ちょっと!?先約!?」
あっという間に遠くなっていく来人の背中。
取り残されてしまったクリスを馬鹿にするように、ぴゅーっと風が吹いた。
◆
火恋と落ち合い、いざ特訓!と息巻いていた来人。
しかしすぐには特訓は始まらず、火恋が場所を変えると言ったのでそれに従っていた。
「なあ、どこに向かってんだよ?すっかり学園から離れてんだけど!」
学校から離れ、人気のない裏通りをずんずん進んでいく。
もしかしてやばい場所に連れていかれるんじゃないかと不安が募っていく。
「なーに。心配しなくても、そんなに危ない場所じゃないよ。アタシらの遊び場みたいなとこさ」
「あーはいはい。要するに不良の溜まり場ってところッスね」
どんどん進んでいった先で、ようやく広い場所に出る。
目の前に広がったのは、KEEP OUTと書かれた黄色いテープでぐるぐるにされ、立ち入ることの出来なくなっている門。その奥で、人気もなくひっそりとたたずむ白い要塞。
「な、なんだここ?こんな場所に、こんなもんがあったのか」
「ほら。ぼさっとしてないで、早くいくよ!」
「え!?お、おい!」
門を軽々飛び越ていく火恋。いくら何でも怖いもの知らずすぎだろう。
「なるほど、確かに不良らし……いや、ねーよ」
愚痴をこぼしながらも、火恋の後に続いていく。
しばらく進むと、すぐに入口が現れる。
ここにもカードをスキャンする装置のようなものがあるが、そもそも扉がなくなっているので意味がない。
火恋は躊躇うことなく空きっぱなしの入口へと侵入していく。少し体をこわばらせつつも、火恋の後を追う。
「……なんだこりゃ」
進んだ先で見た光景。
どこから持ってきたのか分からないボールやらラケットやらの遊び道具が散らばっている。中には不良の趣味とは思えない可愛らしいぬいぐるみが――――というかぬいぐるみが多すぎだろう。ここはぬいぐるみ倉庫か。
と、まあそれは置いておく。問題はそこじゃない。今でこそ火恋手によって魔改造されてしまっているが、面影はきちんと残っている。
この場所はおそらく――――何かの研究をしていた場所。そもそもここ、研究所だ。間違いなく。今はもう使われていないようだが。
「お、おいおい。いいのかよこんな場所勝手に上がり込んで。バレたらやばいんじゃねーの?」
「ここに入り浸って一年くらい経つけど、バレてないから大丈夫だろ」
「いや、そういう問題か?」
なんとも不良らしい解答。
怖いもの知らずにも限度ってものがあるだろうに。
「バレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」
「まあ。そりゃごもっとですけども。でもさ、ちっとは抵抗とかなかったのか?こんな場所に勝手に上がり込むの」
「別に――――って、アンタもしかしてビビってんの?」
ギクリ。図星を突かれた。
そうだ。内心ビビッていた。勝手に入ることに云々ではなく、この施設の異質な雰囲気そのものに。
「は、はぁ?び、びびびってなんかねーよ」
「ふーん……」
ニヤニヤと、まるで格好の玩具を見つけてしまったような悪い笑み。
「ねぇ、こんな都市伝説知ってる?」
「へ?」
「”サイボーグの反乱”。聞いたこと無い?」
ぶんぶんぶんと首を横に振る。まったく聞いたこともない話だ。
「とある研究機関がね。改造人間の研究を行っていたらしいんだ。で、その研究内容ってのがそりゃもう残虐非道で」
「ざ、残虐非道……?」
「サイボーグを作っては、耐久テストやら、危険な薬物を投薬やら。とにかく非人道的なことを行った。サイボーグであることをいいことにね。で、壊れたサイボーグは破棄され、また新しいサイボーグが作られて、同じ実験の繰り返し」
「ひ、ひでぇ話だな。ま、まさかここがその研究所とか言うんじゃないだろうな……?」
鏡を見なくても、顔が真っ青になっていることが分かる。
万が一ここがそうだったとしたら全力で逃げ出してやろう。
「まあ待ちな。話には続きがあってな。……残虐非道な実験に耐えられなくなったサイボーグたちは、ある決断をした」
「け、決断?どんな?」
「その研究所から脱出しよう。それがサイボーグたちの決断だ。サイボーグたちはそれを早速決行した。度重なる実験を経て生まれたそのサイボーグたちは、そりゃもう研究者たちの手に負えないくらい強くなってて。サイボーグたちはそれまでの憎しみを晴らすように――――研究者たちを皆殺しにした」
ごくり。生唾を吞む。
汗が止まらない。手が震えている。聞かなきゃよかった。
「で、サイボーグたちはそのまま行方をくらまして。当たり前だけど研究所は閉鎖。それからというものの――――その研究所では夜な夜な出るらしいぜ」
「へぁ?ナ、ナナナニガダヨ?」
分かっている。何が出るかなんて聞かずとも。でも、分かっているからこそ知らない風を装う。
「幽霊だよ。壊れちまったサイボーグと、殺されてった研究者たちのな……」
「で、ででででも。しょ、所詮はととと都市伝説だろ?あ、あるわけねーじゃん。だ、だいたいサイボーグなんて――――」
カツ、カツ、カツ。何かがこちらに近づいてくる音。
ドッと滝のように汗が噴き出す。動悸が激しくなる。やばいやばいやばい。無理だ。いくら火恋にクリスに勝てても今回ばかりは無理だ。逃げよう。全力で。
そう決意しても、震えて足が動かない。足音はどんどん近づいてくる。やばいやばいやばい!ごめんなさい!勝手に入り込んでごめんなさい!火恋に無理矢理連れて来られただけなんです!悪気なんてなかったんです!心の中で全力で謝罪する。だが足音は近づいてくるばかり。そして、とうとう――――
「姉貴!差し入れ持ってきやした!!」
「お前かいッ!!ややこしいわッッッ!!」
「へ?」
――――現れたのは火恋の舎弟だった。
緊張の糸が切れ、反動で自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
「あはははははは!!び、びびりすぎ……あっははははは!ダメだ腹痛いあはははは!!」
腹を抱えて笑いこける火恋。その横で来人は真っ赤になってプルプルと震えていた。
「う、うるせえええ!!んなことよりさっさと始めんぞ!特訓だ特訓!!」
「はぁはぁ……笑いすぎた……そうだね、さっさと始めようか」
笑いすぎて出た涙を拭きとりながら言う。
「言っとくけど、多分ここは違うから安心していいよ?」
「へーへー分かりましたよ!」
軽口を叩きながら、二人は特訓を行う部屋へと進んでいった。




