003-下士官-
言われた通りに指導室へと行き、ノックをして指導室に入ると、担任の遥が1枚の紙を見ながら待っていた。
「来たか、とりあえず座ってくれ」
遥に言われて、宗哉は対面する位置に座った。
「さて、お前は特に成績も問題無いと言う事で、午後の授業を完全にPA実習にしてみた」
「えーっと?・・・」
そう言って、遥は先程まで見ていた紙を宗哉に手渡した。宗哉は遥の言葉の意味を一瞬理解できなかった。
「PAパイロットはある程度の学力と一般常識があれば何処に行っても優遇されるものだ。何せ絶対数が少ないからな。
2年と少し見てきたが、お前は成績も上位の方だし、常識もあると思っている。うちのクラスが良い雰囲気なのもお前達が笑いを運んでくれているおかげだしな。
適性者となった者の時間割は、担任の判断で変更される事になっていてな、そうしたと言う事だ」
宗哉は明と共に、良いクラスになるように良い意味でいろいろとふざけてきた。明とは中学からの親友で、勝手が分かっていたと言う事も大きいが、1年の内からクラスに馴染めない者がいれば巻き込んで輪に溶け込ませたり、適性検査の度に決め台詞を言って笑いを取ったりもした。
先の適性検査でクラスの男子が適性が無くても笑っていられたのはそう言った背景があったのだ。「焦るな、次はきっとな。今は笑って頑張ろうぜ」そう言って、相談に乗った事もあった。
「まぁ、3年間一緒に過ごす仲間ですからね。楽しい方が良いでしょう?」
宗哉の言葉に、遥は「ふふっ」と笑いながら答える。
「まぁ、そう言う事にしておくさ。
それはさて置き、授業の時間割は午後が完全に変わるだけだ。まずは動かしてみてそれからだな」
「うまく動いてくれると良いですけどねぇ・・・」
少々自信の無い宗哉の返事に、遥は言葉を返す。
「まぁ、乗ってみれば分かるが、適性があればある程度は簡単だ。どう動くか思い描けばその思い通りに動くのだからな。
最初の内に苦労するのは力加減やら、間合いなどの把握だな。これはまぁ、慣れろ。としか言えんが」
「そう言うものですか?」
「そう言うものだ」
実際にPA関連の授業で動かせなくても、搭乗した事はある。授業で「思い描いた通りに動く」と説明を受けても、実際に動かしてみない事には何とも言えないものがある。
(動かしてみない事には何ともなぁ・・・とりあえず、なるようにしかならないよなぁ・・・)
宗哉はそう考えて、
「とりあえず、実際に動かしてみてからですねぇ」
「まぁ、そうだな。今日は学園長との話しやら、政府の役人との話しやらで午後は潰れてしまうだろうから、明日だな。適性があれば動かせるし、実際に乗って動かしてみれば理解は出来るだろうから安心しておけ」
遥は宗哉の言葉の意味と不安を多少は理解してくれた様で、そんな事を言ってきた。
「さてと、もうそろそろ良い時間だな」
遥は腕時計を見てそう言うと席を立ち、
「学園長室へ向かうとしよう」
そう言って指導室のドアを開けた。
宗哉は立ち上がり、遥に先導されて学園長室へと向かった。
遥がノックをして、中から「どうぞ」と言う声が掛かり、ドアを開けて学園長室に入った。
室内には学園長の新稲寿子と見知らぬ女性がいた。
学園長は始業式などの学園行事で見知っていたので、とりあえず挨拶をして礼をした。続けて見知らぬ女性にも挨拶をしようとした所で、女性は自己紹介をしてくれた。
「はじめまして、私はホンニ国PA部隊所属の白澤雪と申します。階級は中尉です。
本日付で藤森宗哉特務少佐付きの下士官として着任するよう辞令が下りました。よろしくお願い致します」
「あっ、こちらこそよろしくお願いします」
一般的な軍での下士官は上級曹長辺りまでなのだが、PAの適性者は絶対数が少ないために階級が高い。低くても上級曹長の階級が最初から与えられる。もちろん一般の上級曹長よりも特権が付与されているなど、待遇は格段に良い。この為、PA部隊内においては尉官が下士官となる事は珍しい事ではなかった。
挨拶をされたので、思わず挨拶を返した宗哉であったが、いまいち理解できないでいた。
そんな様子に気が付いた遥が助け舟を出す。
「要するに、護衛兼部下と言うことだ。
しかしまぁ、ほぼ仕官と言っても良い雪が来たと言う事は、政府はお前の事を本気で軍に欲しいと思っているようだな」
「そうみたいね。「軍に取り込むように」と結構いろいろと言われたわよ。
それにしても、遥の教え子の部下になるとは思ってもいなかったわ」
「ふふっ、教え子の部下なのだ。お前も私に従ってもらおうかな」
「べーだ。あなたには従いませんのであしからずー」
宗哉は2人のそんなやり取りを見ていて幾分かは落ち着きを取り戻した。
「お2人は知り合いなのですか?」
宗哉の質問に遥と雪は「あっ」っと自分達が何処にいるのかを思い出したように苦笑いをする。
「お見苦しい所をお見せして失礼致しました。
吹雪教官とは学生時代のクラスメイトでした」
雪は上官の前にいる事を思い出して、口調が変わった。
「なるほど。あっ、話し方は普通にしてもらって良いですよ。あまり堅苦しく話されても肩が凝るだけですから」
「よろしいのですか?」
宗哉が「構いませんよ」と言うと、雪は少し考えて、
「では、お言葉に甘えて普段は普通に話させてもらいますね」
「はい。それでお願いします」
そこで話しが一段落着いたと判断したのか、静かに座っていた学園長が口を開いた。
「そろそろよろしいですか?私もお話をしたいのですけれど・・・」
学園長室にいるのに学園長の存在を忘れていた3人は、苦笑いをしながら学園長の方を向いた。
「では、こちらでお話しをしましょう」
学園長は3人が自分の方を向いた事で同意と受け取り、ソファーを指して着席を促した。
全員が腰掛けた所で学園長が話し始める。
「まずは、藤森君。改めておめでとうございます。
これからはいろいろとあなたの周囲は騒がしくなるかもしれませんが、どんな決断をしてどんな行動するにしても、それは流されずにあなた自身で決めるようにしてくださいね。特に、男性は色仕掛けに注意をしてください」
Aランク以上のPA適性を持つ者はいろいろな所からオファーが来る。まだ学生である宗哉も例外ではない。学園長は最後は自分の意思で動くようにと忠告をしてきたのであった。
宗哉は中学3年の時に両親を交通事故で亡くした。その時から妹の鈴と2人で暮している。
幸いにも両親の遺産で、2人が社会人になるくらいまでは生活費に困るような状況にはなっていないのだが、兄として鈴を守らなくてはならないと思い、しっかりと考えて行動するようになっていたのだ。その為、ただ状況や周りの意見に流されるだけと言うような考え方はしなくなった。
「ご忠告ありがとうございます。自身の行動にはそれなりに気を使って考えてきたつもりですが、これからはもう少し慎重にするよう心に留めておきます」
宗哉はそう言って、学園長の忠告を受け止めた。
学園長の方も宗哉の返答には満足出来たようで、微笑みながら頷いていた。
「割としっかりとした考え方をしているのね」
雪が宗哉を見ながら話し掛けてきた。
「そうですか?
まぁ、理由になるかは分かりませんけど、うちは両親を亡くしてからは妹と2人暮しですからね。自分がしっかりするしかなかったんですよね・・・」
「ごめんなさい。嫌な事を思い出させちゃったみたいね・・・」
宗哉の言葉に雪が謝罪をしてきたが、宗哉としては今はもうあまり気にしていなかった。
「気にしないでください。俺も妹も、今は思い出として気持ちの整理はついていますから」
宗哉はそう言うと、当時の事を少しだけ思い出した。
2人暮しが始まった当初は、落ち込む妹の鈴を元気付けようといろいろと気遣ったがうまくいかない事もあった。鈴の落ち込む姿を見て、宗哉自身も気持ちが沈む事もあったが、半年ほどで鈴は笑顔を見せてくれる様になった。
それからも宗哉が鈴を気遣い続けた事で、今では鈴も両親の事を思い出として整理出来ているのであった。
「ごめんなさいね。その件は今後は気を付けるわ・・・あっ!!」
雪はそう言いながら、何かを思いついたようで、言葉を続ける。
「ねぇねぇ、私はあなたの家の近所に家を借りて住む予定だったんだけど、良かったらお邪魔しても良いかしら?その方が護衛も楽だし、家事はそれなりに得意だから役に立つわよ?あとは寂しかったら添い寝からならOKよ?」
「・・・」
雪の突然の申し入れに宗哉は言葉を失って固まった。
家事云々(かじうんぬん)の辺りまでは、護衛だし近い方がいいのかと思いながら普通に聞いていたのだが、添い寝と言いながら、頬に手を当てて照れる振りをする雪に何と答えて良いのか分からなかったのだ。
「おいっ、藤森が固まってしまったぞ。からかうのもほどほどにしろよ・・・」
固まる宗哉を見て、遥が助け舟を出してくれた。
「あら、別に冗談って訳じゃないわよ?護衛が楽になるのは事実だし、それに、女性を見る目も他の高位の適性持ちの様にいやらしい感じはしないから好感をもてるわ」
「・・・」
「まぁ、確かに藤森は周りを気遣う優しさなどは持ち合わせているが、女性関係はあまり強くは無い様だな。そっちの訓練も必要か・・・」
味方だと思っていた遥の言葉に、宗哉は驚いて遥に視線を向けた。
「あはは、冗談だ!!
だが、多少の耐性は付けておいた方が良いと思うぞ?」
「それは・・・そうかもしれませんけど・・・」
宗哉は仲の良い女性が少ないわけではない。今のクラスでクラス委員などに就いている訳ではないが、1年の時から何かと世話を焼き、クラスメイトの仲を取り持って来たため、クラスの中心的な存在になっていた。その為、男女を問わず仲が良いのだ。
しかしこれが、宗哉と男女として仲の良い女性がいるかと言うとそうではない。入学当初は妹の鈴の事もあり、そのあともクラスメイト達に気遣いはしても、恋人を作ろうとは思わなかったので、今まで恋人がいた経験が無かったのだ。
「ふふっ、下士官としてご協力いたします」
雪はそう言いながらピシッと敬礼をする。
(お茶目に舌を出しながら言われてもなぁ・・・でも何となくこの人の事が少し分かった気がする。とりあえずは良い人っぽいし、うまくやっていけそうかな)
「とりあえず、同居は妹に相談しないと何とも言えませんし、女性への耐性については保留で・・・」
宗哉は溜息を零しながらからかってくる2人に答えたのであった。




