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5話

禁書庫の静寂は、先ほどまでの高揚感を飲み込み、重苦しい圧力となって二人の小さな肩にのしかかっていた。



ハンス王子の手記に記された「()()」の二文字。



それが、自分たちの未来に突きつけられた残酷な宣告であることを、二人の知能は正確に理解してしまった。


「ねえ、エマ」


沈黙を破ったのはアルだった。

その声は、先ほどまでの凛とした響きを失い、どこか震えている。


「なあに?アル」


「僕達はこの本を書き写さなくてはいけないね」


「そうだね」


動揺を押し隠すように、二人は黙々と書き続けていく。

アルが創造した万年筆を握り、羽が擦れるような音だけが地下室に響く。


だが、文字を綴れば綴るほど、自分たちの命が削られていくような錯覚に陥る。


「ねえ、私たち本当に死んじゃうの?……いやだよお」


ついに、エマの瞳から大粒の涙が溢れ出した。


知能がどれほど高くとも、魂はまだ一歳半の幼子なのだ。


死という概念の根源的な恐怖に、その小さな心は耐えきれなかった。


「僕だって泣きたい。誰も教えてくれないから。だから信じてなかった。聞き間違いだって思ってた。」


アルもまた、ペンを落とし、顔を歪めて泣き出してしまった。


「ハァ、ハァ、」


急激に、周囲の空気が熱を帯びる。


感情の激昂が、制御しきれない膨大な魔力を呼び覚まし、肉体を内側から焼き始めたのだ。


「エマ?ねえどうしたの。ってすごい熱!」


「アルもよ。」


「え?」


アルは自覚が芽生えた瞬間一気にその場にエマのように座り込んでしまった。


視界がぐにゃりと歪む。


立っていることさえままならず、二人は冷たい石畳の上に崩れ落ちた。


「しょういえばしゃあ、アリュ、いわれてたよね。わらちたち。感情が大きくかっれてしまったら、まじゅいって」


「そうらね、これはまじゅい」


熱に浮かされ、言葉が幼児のそれへと退行していく。


呂律が回らず、思考が霧に包まれていく中で、二人は本能的に互いの片手を探し、固く、固く握りしめた。


「たしゅけよばなくちゃ」


「たしゅけなんているか」


「ここどこらとおもってるのエマァ」


二人は危機的状況だった。


ここは禁書庫。

王族以外は入れない。

入れるのはお父様、お母様、お兄様、お祖母様と僕らぐらいだ。


助けは来ないかもしれない。


このまま誰にも気づかれず、暗い地下で果てるのか。


その時だった!胸元で何かが熱く拍動した。


「ネックレシュ!」


エマが叫ぶ。


父がくれた、サファイアの守護。

それが二人の異変を察知し、狂おしいほどの青い光を放って明滅していた。


「そうら!光ってる!よかった。」


アルは安堵していた。


二人はもう片方の手で、その宝石をぎゅっと握りしめる。


「しばらくしちゃら、助けてくれる」


「階段どうしゅるのかな?」


意識の端っこで、そんな他愛もない心配が浮かぶ。


けれど、もう限界だった。


ドサ!!!


ついに床に倒れてしまった。


かろうじて意識はあるが、視界は真っ白に染まり、遠くで重厚な扉が開く音が聞こえた気がした。



「アル〜!エマ〜!どこ?」


花の香りのような、優しくも凛とした声が闇を切り裂いた。


「あぁ、どうしてこんなことに⋯」


駆け寄ってきたのは、お祖母様だった。


お母様、オフィーリアの母であり、この国の先代を支えた慈愛に満ちた女性。


彼女は、高熱を出してその場に寄り添うように倒れる双子に寄り添った。


その瞳には深い悲しみと、孫たちを何としても守り抜くという強い意志が宿っていた。


そこからはあっという間だった。

彼女の声が、静まり返っていた禁書庫を震わせる。


「オフィーリア!リアム!シル!禁書庫よ。今すぐに入口に来て!あと、入口にヘレナと担架!侍女2と騎士4人!早くしなさい!」


その指示は的確で、一切の迷いがなかった。


けれど、私達を抱き上げるお祖母様の腕は、震えるほどに優しく、包み込むような温かさに満ちていた。

そのまま僕らはお祖母様に抱きかかえられた。 そこからの記憶がない。どうやら意識をふたりとも失ったようだ。




真っ白な光の中から、ゆっくりと意識が浮上する。


『ここどこ?』


起きたタイミングも一緒。

さすが双子。


自分たちの部屋の、いつもの柔らかな天蓋が見えた。


「エマァ?アルゥ!起きたのぉ!お母様!お父様!お祖母様!」


シリルが、顔を真っ赤にして叫んでいる。


その瞳からは大粒の涙が溢れ、鼻をぐずぐずさせていた。


双子は思った。なぜシリルは泣いているのかと。


「よかった。よかった。あぁ私の大切なアル、エマ……もう禁書庫に2人だけでいかないで!シルを連れていきなさい!」


オフィーリアが、双子を壊れ物を扱うように抱きしめる。


その身体は驚くほど細くなっていて、目の下には濃い隈があった。


『どういう状況??』


「魔力が暴走して、意識を失って今日で3日目!この3日間生きた心地がしなかったのよ。無事でよかった」


泣きじゃくる母をなだめる父、ヴァルドもまた、普段の冷静さはどこへやら、ヒゲを剃る暇もなかったのか顔は荒れ、疲れ果てていた。


それを後ろから微笑ましそうに見るお祖母様。


そして、母と全くおんなじようにワンワンと泣きじゃくる兄。



(ねえ、アル。私たちが寝ている間、大変だったみたいね)


エマはこっそりと念話を送る。


(うん、エマ。あとでヘレナに聞いたんだけど、お母様もお父様も、特にお兄様なんて、僕たちのベッドの横から一歩も動かずに、ずっと手を握って泣いてたんだって。)


(……相変わらず、重度ね)



呆れたような念話を送りつつも、二人の心は温かな涙で満たされていた。


「僕ね、あと一日目覚めなかったら、またアレを使うつもりでいたんだよ。よかった。」


シリルが、震える声でそう言った。


アレ、とはあの「治癒の血統魔法」のことだ。



(アル!絶対にダメよ、お兄様にそんなことさせちゃ。ハンス王子の手記に書いてあったじゃない、あんなの使ったらお兄様まで倒れちゃうわ!)


(わかってる、エマ。僕らがしっかりしなきゃ。お兄様にそんな魔法、一生使わせないくらいに)


今目覚めてよかったと心から思う双子であった。



「アル、エマ、何か食べたいものはあるか?」


ヴァルドが優しく問いかける。



『お兄様と同じものがいい!』



元気よく答える二人の声に、ようやく王城の中に明るい笑い声が戻ってきた。


ブックマーク及びPVありがとうございます。とっても嬉しいです。

明日は20:10更新となります!今後毎日この日程で更新します。(例外を除く)

本作を読み「本作が面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけましたらぜひ【ブックマーク】や【評価★★★★★】で応援してくださると幸いです。

今後とも本作をよろしくお願いいたします!

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