4話
禁書庫の最奥、魔法の灯火に照らされたその一角だけが、時間の止まった墓標のように静まり返っていた。
アルが手にした1冊の古書。
その革表紙は長年の歳月によってひび割れ、触れるだけで崩れてしまいそうなほど脆くなっていたが、そこに宿る魔力の残滓だけは、今なお脈動するように熱を帯びていた。
ページをめくると、そこにはかつての王族、ハンス・ヒューイ・フォン・テーリアによる、血を吐くような独白が綴られていた。
1つ目・・・『経験値を得ることができる速度が常人の100倍』
大昔に力強かったために王になった。
今もなおその効果が薄れる気配はない。
稀にその特色を色濃く受け継ぐものが現れる。
しかし、そのものたちは、力が大きすぎるがゆえに早世してしまう事が多い。
その多くが徐々に体が蝕まれ、魔力が暴走し亡くなる。
私の妹もそうだった。
今後もきっと妹のような子孫がいるだろう。
私は第二王子だった。
なので、この血統魔法に人生を捧げることができた。
その記述を読み進めるエマの指先が、微かに震えた。
常人の百倍という成長速度。
それは神の祝福などではなく、命の蝋燭を百倍の速さで燃やし尽くす呪いにも等しい。
自分たちの「神童」としての正体が、死へと加速する車輪であることを、数百年前の先祖が残酷なまでに証明していた。
2つ目・・・『治癒の力』
どんな外傷や疲労でも完治することができる。
ただし、その魔力消費の代償は大きい。
私はこれが使えた。
しかし、使うと体力が極端に落ち、3日程度起き上がることが難しくなる。
代償に直接的に使用者の生命は関係ないと思われる。
その代償は使った力に比例する。
しばらく昏睡状態に陥ってもおかしくはない。
私は妹が暴走をする前日に高熱を出し病床に伏せていた妹を助けようと使用した。
だが、途中で限界が来たのだろう。
吐血し意識を失ってしまった。
それから目が覚めたのは14日後だった。
その時に初めて妹が亡くなったことを兄から聞いた。
妹を助けることができなかった罪悪感から、私はこの研究に一生を捧げることにした。
両親も兄も憔悴し無気力になっていた私を見ていることができなかったのだろう。
私が研究したいと勇気を出して言った日には涙を流し喜んでくれた。
私は人に恵まれたのだと思う。
本当に感謝しかない。
「⋯⋯お兄様」
エマが、掠れた声で呟いた。
脳裏に浮かぶのは、自分たちの治療を終えた後、青白い顔で微笑んでいたシリルの姿だ。
あの時、お兄様は単に魔力を消費しただけではなかった。
この手記にある通り、意識を失うほどのリスクを背負い、自分の身を削って私達を救おうとしていたのだ。
「相変わらず、お兄様はシスコンでブラコンね⋯⋯。あんな無茶苦茶な魔法、二度と使わせないようにしなきゃ!」
エマはわざと呆れたように鼻を鳴らした。
瞳に浮かんだ熱いものを悟られまいと、強がって唇を噛む。
隣のアルも、同じように複雑な表情で頷いた。
「そうだね。僕らのために、お兄様がボロボロになるなんて、そんなの、僕は許さない。絶対に。」
二人は無言で手を握り合った。
小さな、けれど最強の魔力を秘めたその掌から、互いを励まし合うような温かな拍動が伝わってくる。
3つ目・・・『想像魔法』
なんでも思い浮かんだものを作ることができるらしい。
使い手が一番少ないと聞いている。
私はこれの使い手にあったことがない。
本当にあってみたいものだな⋯
私のはるか昔の先祖が書き記した書記に複数の記載があった。
本当に実在するのかどうなのか私にはわからない。
私が記せる情報はそれだけだ。
その記述に触れた瞬間、禁書庫の空気が震えた。
二人の魔力が、無意識のうちに共鳴し、空間の密度を変えていく。
かつて伝説の王が、無から有を生み出し、枯れた大地を一瞬にして森に変えたという御伽噺のような力。
その力は実在する。
双子には使えるから。
「⋯⋯私達なら、これさえも自分のものにできるわ」
エマの瞳に、不屈の光が宿る。
最後に、私の子孫いや兄の子孫かもしれないな。
よもしこの書物を見ているのならば、この内容の要約だけでも良いから書き写してはくれないだろうか。
本も古くなれば、読めなくなってしまう。
私はそれで解読に苦労したものだ。
頼む。
このことを後世に伝えたい。
今読んでいるであろう君たちの子孫に⋯⋯
私の妹のような人が君たちの後世にも生まれるかもしれないから。
もしこの書記を手にした子孫が、私や妹と同じような人であれば気に病むことはない。
自分の好きなように楽しい人生を歩んでおくれ。
私の妹も最後は笑顔でなくなったと聞いている。
君は君の好きなことをすればいい。
私だって最初は非難されたものだ。
第二王子が何をしているんだと。
当時兄よりも私のほうが次代の王にふさわしいというもののほうが多かった。
散々兄と二人で王位争いをしたくもないのに周囲のせいでひどい目に会った。
でも私は自分の正義を貫き通した。
君は自分の正義を貫き通しなさい。
そうすれば周りは自然と協力してくれる。
あとは、部下や民を大切にしなさい。
それが一番大切だ。
まだ存在しているのならばだが、「王立学園」にはいかないことをおすすめするよ。
あそこの内容は私達のような人であれば簡単すぎる。
居眠りしていても満点が取れると思う。
何よりも魔力が暴走してしまったときに逃げ場がない。
王城の私室ならばどうにでもなるが、周囲に生徒がいる中では生徒に危害を加えてしまうかもしれない。
現に私と妹は暴走してしまい、危害を加えている。
生徒にも教員にも建物にも。
そして何よりも止めようとした大好きだった兄に怪我を追わせてしまっている⋯
この本のこと頼んだよ。
私の愛しい子孫へ
ハンス・ヒューイ・フォン・テーリア
数百年の時を超えて、ハンスの温かな声が耳元で響いたような気がした。
自分たちの異常さを「気にするな」と全肯定し、愛を持って導こうとする先祖の意志。
それは、重い運命にさらされていた双子にとって、何よりも強い盾となった。
「自分の正義、ね」
アルが静かに呟く。
「学園に行かないっていうのも同感だね。僕らがいたら、あそこは学校じゃなくてただの騒乱の地になっちゃう」
「なんかとんでもないもの見たね。それにこのハンスって人教わったよね。神童だって。お兄様のはこの2番目だ。そしておそらく僕らは3ことも使える」
「やっぱり、私達って凄いのね。アル」
しばらく沈黙の時が流れた。
その沈黙は、絶望によるものではない。
自分たちの背負った業を、そしてこれから歩むべき険しい道を、静かに受け入れ、決意するための沈黙だった。
ハンスの願い通り、この知識を書き写し、後世に繋げること。
そして自分たちの運命のこと⋯
禁書庫の闇の中で、一歳半の双子は、大人たちが知る由もない巨大な野心をその小さな胸に抱いた。
「さて、アル。書き写すのはいいけれど、紙とペンはどうするの?」
「エマ。忘れたの?僕らは今、伝説の『想像魔法』のヒントを掴んだばかりだよ」
アルが不敵に笑うと、彼の手のひらの上で、魔力が収束し、一本の真新しい万年筆が実体化し始めた。
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