2話
シリルの手から伝わってきたのは、春の陽だまりのような温かさだった。
双子の体内で暴れていた凶悪な魔力の奔流が、シリルの魔力に触れた瞬間に凪いでいく。
高熱に浮かされていた意識が、急速に透明な静寂へと引き戻された。
「ふふ、秘密だよ?アルとエマがもっと大きくなったらね。教えてあげるから、もう少し待ってね。」
そう優しく言うシリルだったが、明らかに顔色が悪かった。
シリルは、自分自身の魔力のほとんどを双子の治療と安定のために注ぎ込んでしまったのだ。
まだ五歳という、魔力の器も成長途中のシリルにとって、双子の「最強の魔力」を鎮めるという行為がシリルにとってどれほどの負担か、双子には痛いほど分かった。
シリルは、双子にとって強くて優しい、完璧な兄でありたいと願う頑張り屋さんなのだ。
その正義感と愛情が、彼に無理を強いてしまっている。
『お兄様、大丈夫?』
双子の声が重なった。
その声は心配でいっぱいだ。
小さな手でシリルの服の裾をぎゅっと握りしめる。
自分たちが「神童」などと呼ばれ、大人顔負けの知能を持っていたとしても、目の前で大切な兄が消耗している姿を見るのは、胸が締め付けられるほどに辛い。
「ん?あぁ、少し疲れただけさ。」
シリルは双子にその顔色の悪さからは正反対の明るい声で言った。
「そうだ!せっかくなら、アルとエマと一緒にお昼寝しようかな!お父様、お母様、いいでしょう?」
キラキラした目でオフィーリアとヴァルドは見つめられてしまった。
やはり両親というのは、子供に甘いようだ。
それは3兄妹の両親も例外ではなかった。
特に、私達双子の予命が短いことを知っている彼らにとって、子供たちがこうして仲睦まじく寄り添う姿は、何物にも代えがたい救いだった。
残された時間が砂時計のように零れ落ちていく中で、彼らは普通以上に愛そうと、親バカの皮を被って絶望を押し隠してるのだろう。
「いいわよ。」
優しく微笑むオフィーリアだった。
その瞳には、子供たちの健やかな成長を願う慈しみと、一瞬の安らぎが宿っていた。
「じゃあさっそく!」
その刹那
ーぼふんっっっ!
大きな音と衝撃が双子を襲った。
シリルがベットに飛び込んだのだった。
五歳児らしい、無邪気で勢いのある行動。
それは、先ほどまでの完璧な兄の顔から、少しだけ肩の荷を下ろした年相応の一人の男の子に戻った瞬間でもあった。
しかし、一歳半の弟妹にとって、その衝撃は予想外の事件だった。
『うえええええんんん!!!!』
二人は驚き、たちまち泣き出してしまった。
「シ〜ル!飛び込んだらだめでしょう!!」
オフィーリアにシリルは怒られてしまった。
「ごめんねぇ、アル、エマァ!」
シリルに双子は泣き目でそう言われてしまった。
その申し訳なさそうな顔を見て、双子の涙はすぐに引っ込んだ。
驚きはしたが、シリルの温もりを近くに感じられるのは、何よりも心地よかったのだ。
「大丈夫だよ。驚いただけだわ。」
そう返したのはエマだった。
「お兄様僕達と一緒にお昼寝しよう!」
目はまだ潤んでいたが、精一杯の笑みで返事をするアルだった。
「うん!」
シリルを挟むようにして、双子はその両脇に小さな身体を寄せ合う。
シリルの体温と、心地よい疲労感が混ざり合い、部屋に満ちるラベンダーの香りが意識を遠のかせていく。
そのまま3兄妹の記憶は途切れた。
心地よい微睡みの中で、誰かが髪を撫でてくれる感触があった。
大地の恵みを感じさせるような、懐かしく深い愛の気配。
「シル、アル、エマ起きて晩御飯の時間よ~?」
オフィーリアに起こされるまで3人で爆睡していた。
オフィーリア曰く 三人の寝息が重なり合う穏やかな時間は、王城の喧騒から切り離された聖域のようだったらしい。
そのまま、双子は抱っこされて食事をする部屋に向かった。
夕食の席には、テーリア王国の特産品である新鮮な野菜や果物がふんだんに並んでいる。
大地を意味する国名の通り、豊かな実りが食卓を彩っていた。
シリルの前には、香ばしく焼き上げられた肉料理や、彩り豊かなサラダが並ぶ。
『お兄様とおんなじメニューがいい!』
双子はだだをこねてしまった。
しかし、それは仕方のないことなのないことなのだ。
双子はまだ離乳食を終えたばかりなのだから。
知能が高い双子は、自分たちの身体が未発達であることを理解していても、心はシリルと同じ土俵に立ちたがっていた。
シリルが食べているものが、とても美味しそうで、そして大人の象徴に見えたのだ。
「ふふ、もう少し大きくなったら僕とおんなじの食べよう?アル、エマ。ほらデザートはおんなじのだよ。どれも美味しいから同じだよ。」
そう双子をなだめるのは兄シリルだった。
この発言に感激を受けている人が3人いた。
そのうち2人は僕らの両親だ。
「シル、大きくなったわね。」
お母様は目尻を下げ、お父様は鼻をすすりながら、長男の成長を噛み締めていた。
もう一人は誰も予想できなかった。
「シリル殿下!大変嬉しいです!私が作った料理を美味しいなどと言っていただけて!」
そう喜んでいるのは王宮の料理長だった。
テーリア王国の豊かな農作物をいかにして最高のひと皿にするか、人生を捧げてきた彼は、五歳の殿下からの純粋な賛辞に、職人としての魂を震わせていた。
「そうだ。アルとエマにこれを上げる。」
そういうのはヴァルドだ。
手のひらには、二つの小さな輝きがあった。
『なあに?これ』
双子は声口にご飯がついてしまいながら答えた。
おそろいのネックレスだった。
それは、深い青色をした小ぶりなサファイアを主石とし、その周囲を透明なガラス細工が繊細に囲む、美しい物だった。
一歳児の活発な動きを妨げないよう、あえて小ぶりに、かつ丈夫に作られている。
裏面には、豊穣なる大地、テーリア王国の紋章が誇らしげに刻まれていた。
「君たちの危険を知らせてくれるんだ。」
ヴァルドは心配していたみたい。
双子の魔力が暴走しそうになったり、身体に異常が起きたりしたとき、このサファイアが輝き、離れた場所にいるヴァルドとオフィーリアに知らせる仕組みになっているのだという。
「それはいつもつけていなくてはだめよ?」
オフィーリアは不安そうに言った。
その言葉の裏には、いつか来る「別れ」の瞬間を、せめて一秒でも早く察知し、側にいたいという、親としての痛切な願いが込められていた。
『うん!わかったよ!』
双子の声が重なった。 冷たいサファイアの感触が胸元に触れる。
それは、双子を守ろうとする両親の「愛」の重みだった。
そんな平穏な時間が過ぎていた。
城下町では民たちが大地の恵みに感謝し、王家の幸福を祈っている。
王城の中では、ただの家族としての温かな笑い声が絶えない。
「あら、アルとエマはもう眠たいかしら。」
そう言われて我に返ったが、周りから見た双子は、ご飯に顔を突っ込んでしまうほど、うとうとしていた。
頭では、もっと起きていたい皆と話したいと思っていても、肉体は睡眠を求めていた。
特に今日は、知能と魔力の酷使、そして高熱による消耗が激しかったのだ。
『ん〜』
そのまま晩餐会はお開きとなった。
ヴァルドの大きな腕と、オフィーリアの優しい腕にそれぞれ抱かれ、双子は運ばれていく。
双子はベットにたどり着く前に夢の橋を渡ってしまったようだ。
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