1話②
その後、特訓は厳しさを増していた。
何故か精鋭であるテーリア王国・近衛騎士団員と同じ訓練を1歳児がするのだ。
さすがのアルとエマもくたくただった。
いくら身体強化の魔法を使っても、乳飲み子の肉体にかかる負荷は凄まじい。
毎日、全身の筋肉が悲鳴を上げ、泥のように眠り、また翌朝には訓練場へ向かう。
そんな日常の繰り返し。
「ねぇ、アルあと訓練場何周?」
息を切らしながら言うエマだった。
大量の魔力を消費し、顔は多少青白く、足取りは覚束ない。
「今3周目だからあと2周。」
息すら切れず余裕そうな笑みで返されてしまった。
アルは、武神の加護をより効率的に引き出していた。
エマよりも魔力消費が少なく、かつ高いパフォーマンスを維持できている。
「ええ、まだ半分くらいなの?」
そう弱音を吐くえまだった。
「がんばれ〜!エマもたいしたことないな!」
余裕そうに笑い飛ばされてしまった。
「ひどい!」
こんな会話を聞いた近衛騎士団員たちは、微笑ましそうに見ていたが、内心はとても焦っていた。
《まずい。僕らでさえ話す余裕ないのに。1歳児に負けるなんて!あり得ない!》
彼らは王国の選ばれしエリートだ。
その彼らが、まだオムツも取れていないような乳飲み子に、体力でも技術でも圧倒されている。
その事実は、彼らのプライドを徹底的に打ち砕いた。
この頃から近衛騎士団は急成長してとても強くなった。
《 乳飲み子に負けるわけにはいかない!》
その一心で、彼らもまた、死に物狂いで訓練に励んだのだ。
これはテーリア王国にとって思わぬ副産物となった。
「よーし!五周終わり!剣の打ち合いだ!」
そう叫ぶのは騎士団長のガリウスだった。
「ねえ、アル今日は負けないよ。」
「絶対今回も僕が勝つ。エマには負けない。」
実は剣術においてエマはアルに1度も勝ったことがないのだ。
知識や魔法では互角でも、純粋な武のセンス、身体操作においては、アルが僅かにエマを上回っていた。
「打ち合い開始!」
カーンカーンと打ち合う音が響く中で、猛スピードかつハイレベルな打ち合いをしている組が2組いた。
1組はもちろん団長と副団長。
テーリア王国の最高峰だ。
そしてもう一組はそのまさかである。
アルとエマだったのだ。
木剣がぶつかり合うたび、衝撃波が周囲の砂を巻き上げる。
1歳児とは思えない膂力と速さ。
互いの動きを先読みし、コンマ数秒の攻防が繰り広げられる。
もはや二人のレベルは普通の騎士が混ざることのできない域まで10日ほどで達してしまったのだ。
もはや天才を通り越して神童とすら呼ばれていた。
でも、天才いや神童はシリルも同じだった。
この兄弟はみんな突出した才能を持っていた。
シリルは、武力こそ私達に劣るが、その魔力操作の精密さと、何より「人を惹きつけるカリスマ」においては、誰よりも輝いていた。
カーンッ!!!
大きな音がしたと思うと エマの放った渾身の一撃を、アルが最低限の動きで受け流し、その隙を突いて木剣をエマの首筋に突きつけた。
どさっ!!!!
大きな音がした。
エマが膝をつき、木剣を取り落とす。
「ふ、まだまだ甘いな。 エマ」
エマがアルに負けてしまったのだ。
「なんで、なんでなのよ〜!」
エマはそう言いながら泣き出してしまった。
双子は 神童とはいえども、精神は普通の一歳児だ。
悔しさ、情けなさ、そしてアルへの対抗心。
様々な感情が溢れ出し、一度止まらなくなった涙は、エマの顔をぐしゃぐしゃにした。
「アァ〜ル?なんでエマを泣かせたの!」
どうやらオフィーリアは2階のバルコニーから二人の様子を見ていたようだ。
オフィーリアの、怒りを含んだ、しかしどこか呆れたような声が響く。
「だってぇ、エマに負けたくなかっただけだ!」
母に叱られたショックと、エマを泣かせてしまった罪悪感、そしてアル自身も限界だった体力が相まって、とうとうアルまで泣き出してしまった。
「すみません。今日はここまでね。」
申し訳なさそうにするお母様だった。
オフィーリアのバルコニーからドレスのまま飛び降り泣きじゃくる二人のもとへ駆け寄った。
そして、ひょいと軽々2人を同時に抱っこした。
オフィーリアの腕の中は力強くそして温かかった。
「よしよし。いい子ね。お願いだから泣き止んでちょうだい。」
オフィーリアの腕の中で、その匂いと温もりに包まれると、不思議と心が落ち着いていく。
泣き止んだかと思うと、二人は母の腕の中でスヤスヤと眠ってしまっていた。
「あら、もうお昼寝の時間だったのね。おやすみ。私の可愛いエマ、アル」
二人の寝顔を見つめるお母様の表情は、女王の仮面を脱いだ、ただの母親のそれだった。
「う〜ん!おはよ、お母様。」
寝ぼけた様子のアル。
目を覚ますと、そこはいつもの自分のベッドだった。
「おはようアル。あら?ちょっと待って!」
すると、二人のベッドの横にある椅子で執務をしていたオフィーリアがいきなり立ち上がった。
オフィーリアはベッドに駆け寄り、アルの額に手を当てる。
「熱っっっ!アルがってことはまさかエマも!あらぁ、エマもね。」
最近は1歳児にしてはハードすぎる特訓をしていたせいでふたりとも疲労が出てしまったのだ。
全属性の加護があろうとも、肉体の成長速度だ変えられないけは変えられない。
魔力を消費しすぎた身体は、抵抗力を失い、高熱に侵されていた。
「僕はらいじょうぶ⋯心配しないでくだしゃいお母しゃま。」
アルにはありえないような話し方で答えた。
頭がぼーっとして、舌が上手く回らない。
「アル!呂律回っていないじゃないの!大丈夫じゃないでしょう」
オフィーリアは私達の余命のこともあり、少しの体調不良でも、両親はパニックに近い状態になるのだ。
そこからはアルとエマにすらもよくわからなかった。
意識が混濁する中、現れたのはヘレナだった。
彼女は、悲しげな表情で、アルとエマの腕に細い針を刺す。
いつものこととはいえども針を刺して魔力を減らすのは痛い。
高熱で過敏になった皮膚に、針が通る感覚は、耐え難い苦痛だった。
私達は、神童でもなんでもない、ただの1歳の赤子として、痛みと恐怖に泣き叫んだ。
アルもエマも泣いてしまった。
僕達のこの膨大な魔力がこのただでさえ悪い体調を更に悪化させる原因なのだ。
熱によって魔力の制御が利かなくなり、体内で魔力が暴れ狂う。
その暴走する魔力が、さらに体温を上昇させ、肉体を蝕んでいく。
だから一時的でも減らす必要があった。
外に逃がす体力すらない私達にとって、針で魔力を「抜き取る」しか、暴走を止める方法はなかったのだ。
「泣かないで。僕の可愛いアルっ、エマ!」
安心感のある笑みで微笑むのが僕達の4歳上の兄シリルだった。
私達の泣き声を聞きつけて、駆けつけてくれたのだ。
シリルの、金髪紫眼の、少し困ったような、でも全てを包み込むような笑顔を見るだけで、不思議と痛みが和らぐ気がした。
「ねね、お母様、お父様。アレをエマとアルに使ってい?」
一体アレとは何なのだろうか?流石にこれはアルとエマでもわからない。
あらゆる知識を持つ双子だが、シリルが最近独自に習得しようとしている「何か」については、情報がなかった。
「アレを使うの?まあ、兄弟だから大丈夫だとは思うけれども、大丈夫?習得したばかりでしょう?」
何かよくわからないが心配そうに言うおオフィーリアだった。
「大丈夫です。こんな時だからこそ僕の大切な弟妹に使ってあげたいんです。」
5歳とは思えないほどの強い意志だった。
シリルの瞳には、私達を救いたいという、揺るぎない決意が宿っていた。
「わかった。頼むよ。シリル」
そういったのは父⋯ヴァルドだった。
「わかったわ。リアムがそういうのなら。あなた達は出ていってちょうだい!」
そう言いながら人払いをするオフィーリア。
医師や侍女たちが部屋から出ていき、静寂が戻る。
部屋には、ヴァルド・オフィーリア・シリル・アル・エマの一家だけが残った。
「アル、エマちょっとびっくりしたらごめんね?」
優しくオットリした口調で言うシリル。
シリルが、私達の手の上に、自分の両手をそっと重ねる。
シリルが何かを呟いたかと思うと、双子は急に体が楽になった。
体内で暴れていた魔力が、霧散するように消え去り、高熱が嘘のように引いていく。
それどころか、訓練でボロボロだった肉体までもが、急速に癒やされていく感覚があった。
『お兄様?何をしたの?』
双子の声がぴたりと重なる。
それは、私達の持つどの属性魔法とも、どの神の加護とも異なる、温かく、そして圧倒的に純粋な、「癒やし」の力だった。
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