プロローグ③
「リカ、リカ、」
ヴァルドは必死に呼びかけるが返事はない。
「大丈夫ですよ、ヴァルド様。オフィーリア様は疲れがでたのでしょう。眠っていらっしゃるだけです。」
そういうこの女の人はヘレナ・フォン・カトレイア、筆頭王宮医師だった。
「しばらくそっとしておきましょう。ここではオフィーリア様を起こしてしまうかもしれないので、別室に移動しませんか?」
そう提案され少し移動したところにある会議室に、オフィーリアと赤子2人そして複数人の侍女だけ残して、その場にいた人で移動した。
重苦しい空気の中、四歳の兄シリルは、状況が掴めぬまま侍女に手を引かれ、眠る弟妹を不思議そうに眺めていた。
これから語られる残酷な未来を、彼はまだ知らない。
「皆様二人の殿下についてのお話なのですが⋯」
そう言うと、ヴァルドは人払いをする。
その場にいたのは王太后様と宰相家を含めた3つの公爵家当主、そしてヴァルドだった。
テーリア王国には公爵家が3つある。
その3つの公爵家は王家との血が濃い。
1つ目が現宰相であるロウェル・フォン・セルヴァンが当主のセルヴァン家だ。この家は《知力》に長けており、3代前に王女が降嫁しており、王家との血が最も濃い。文官や法官を多く輩出し、国の政治と経済を支えている。三大公爵家の筆頭だ。
2つ目が現将軍であるガリウス・フォン・グランヴェールが当主のグランヴェール家だ。この家は《武力》に長けており、自称王国の盾と剣だ。代々騎士団の要職についている。現王太后は現当主ガリウスの叔母である。
3つ目が魔法師団団長である ベアトリクス・フォン・フランメイルが当主のフランメイル家だ。この家は《魔法》に長けていて、3家の中で唯一の女公爵でもある。オフィーリアの親友だ。
ヘレナ・フォン・カトレイアはフランメイル家の分家出身だ。なので魔法にも詳しい。
この3家は建国から何百年もテーリア王国を支えてきた忠臣だ。
どの家も、もとを辿れば王族にたどり着く。
故に代々の王からの信頼も厚い。
彼らの顔には、かつてないほどの緊張が走っていた。
「ここで見聞きしたことはここに居るもの以外誰に言ってはなりません。」
そうヘレナに言われ、皆の表情に緊張が走る。
そしてヘレナは双子の肉体が加護や魔力に耐えられないことを説明した。
「非常に言いにくいのですが、お二人が長く生きられるかどうか⋯いままでここまで魔力が強い赤子を見たことがないのでおそらくはもっと短くなる可能性もあります。正直に言って私もよくわからないのです。」
そう言われて皆の目に映るのは絶望。
無事に生まれてくれて、感謝と喜びの感情で満ち溢れていたつい先程とは正反対の感情だった。
城下町では未だに祝杯の音が響いているというのに、この会議室だけは静寂が支配していた。
「しかし、魔力が高い子供は知力が優れていると聞きます。」
ヘレナは顔を上に上げて言った。
その場にいたヘレナ以外の人は知らなかったのだ。そのことを…
「これをリカとシリルに伝えるべきだろうか⋯」
ヴァルドは愛妻であるオフィーリアに伝えるべきか悩んでいた。
オフィーリアにこれ以上心配をかけたくないし、双子の兄であり最近生死を理解し始めたばかりのまだ四歳のシリルにも心配をかけたくなかった。
その後彼は別室でただ静かにどう伝えるべきかと悩んでいた。
そうこうしていると、いきなり部屋の扉が開いた。
「ヴァルド様!今オフィーリア様の目が覚めたとの連絡が!」
そう言って慌ただしく部屋に入ってくる家臣。
「よかった。リカに会いに行くと伝えてくれ。」
ヴァルドはオフィーリアに伝える決意をした。
「はぁ〜⋯なんて伝えれば良いんだ⋯」
一人でオフィーリアの部屋へと向かう。
ヴァルドの前にオフィーリアの部屋の大きな扉が立ちはだかった。
「ヴァルド様!扉を開けますね。」
部屋の前に待機していた近衛兵が姿を見つけるなり開けてくれた。
「あっ⋯まだ心の準備が⋯」
ヴァルドはとても緊張していた。
「リカ。大切な話がある。人払いを頼む」
部屋に入り、念の為人払いを頼むと、オフィーリアはすぐに人払いをした。
いま部屋にいるのはヴァルドとリカと3人の子供だけだ。
窓の外の夜は深く、部屋の灯火が不安げに揺れている。
「なんですの?そんなに大切なお話って?」
疑問に思っているようだった。
「⋯アルとエマのことなんだが⋯ヘレナに長く生きられないかもしれないと言われた。」
ヴァルドは恐る恐る伝えた。
その言葉は、幸福の絶頂にいた母親への、あまりにも残酷な言葉だった。
「え?リカ?」
オフィーリアを見てみると、泣いていた。
「お母さま〜?どうしたの?」
シリルもよくわからない様子で居るようだ。
「大丈夫よ⋯シリル。薄々予感はしていましたが、そうなのですね。」
そっとシリルの頭を撫でながら答えた。
「でも、あの子達にはこのことを伝えず、大切に愛情をたくさん注ぎましょう。別れが来てしまうかもしれないその時まで⋯。」
オフィーリアはヴァルドの目を見て言った。
「あぁそうだな。」
二人は固く手を取り合い、決意を固めた。
たとえその命が短くとも、この子たちがテーリアの希望だということを。
「お父様、お母様どうしたのですか?」
シリルが二人の間に割って入り、不思議そうに顔を覗き込む。
まだ四歳の彼には少しむずかしかったかもしれない。
「あら、ごめんなさいねシリル。大丈夫よ。」
そう優しく言うオフィーリア。
その瞳には、悲しみを超えた、母としての、そして一国を統べる女王としての強い光が宿っていた。
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