18話
あれから、ちょうど二年の月日が流れた。
双子にとってのこの二年間は、平穏とは程遠い、文字通り命を懸けた研鑽の日々だった。
筆頭魔導師ベアトリクスから教わった魔力制御の極意。
それを血が滲むような修練の末に体得した。
アルとエマは、かつては成すすべもなかった魔力暴走の予兆を、微細な魔力の揺れとして捉えられるまでになっていた。
だが、それでも暴走そのものを止めることは叶わない。
例えるなら、魔力暴走とは地震という名の自然災害だ。
地下深くで蓄積される膨大なエネルギー。
断層の軋みを感じ取り、発生の瞬間を秒単位で予測できるようになったとしても、人の手でねじ伏せることなどできはしない。
それでも、予兆が判るというだけで生存確率は跳ね上がる。
双子を苦しめる魔力暴走を、計測できるようになったこと。
それは、絶望の淵にいた双子にとって、何よりも大きな、そしてあまりにも孤独な進歩だった。
そしてこの二年間で、もう一つ、彼らの世界を大きく変えた出来事がある。
シリルとルーカスが、王立学園へと旅立ってしまったことだ。
うるさいほどに降り注いでいたシリルの溺愛―その熱量が消えた宮殿は、どこか空虚で、少しだけ寂しい。
だが一方で、兄という監視の目が減ったことで、双子が動きやすくなったのも事実だ。
兄は第一王子という立場を利用して様々なことをけしかけてくる。
例えば近衛騎士団の精鋭を護衛という名の監視につけてきたり⋯
そんな、割り切れない複雑な感情を抱いている。
今日という日は、双子の人生における決定的な分岐点となる日だ。
二人は今、絢爛豪華な装飾が施され、歴史の重みを感じさせる応接室の前に立っていた。
「……お母様とお父様に取り次ぎ願えますか?」
アルの声は、五歳児のそれにしてはあまりに落ち着き払い、冷徹な響きを帯びていた。
近衛兵は、双子の瞳の奥に宿る、底知れない知性と覚悟に当てられ、思わず一瞬だけ背筋を正した。
「かしこまりました。少々お待ちください」
兵士の一人が奥へと消え、数分の静寂が流れる。
やがて重厚な扉が静かに開かれた。
「お待たせいたしました。どうぞ、中でお待ちです」
招き入れられた室内には、女王オフィーリアと、その夫が並んで座っていた。
オフィーリアは、少し怒っているような、あるいは何かを察して堪えているような、なんとも形容しがたい複雑な表情で見つめていた。
「待っていたわ。……それで、大切なお話ってなあに? また何か、王宮の庭を魔術の練習とか言ってめちゃくちゃにしたようなことではないでしょうね?こっちは大切なお話って聞いてから肝を冷やしているわよ。」
母の言葉に、エマが優雅に、かつ不敵な笑みを浮かべて一歩前に出る。
その所作には、二年前以上の気品と狡猾さが同居していた。
「いいえ、お母様。違うのです。今日はお願いに参りました。……私たち、一ヶ月後に行われる『王立学園入試』を受けたいのです。『早期入学制度』を利用すれば、五歳での入学も可能でしょう?」
その宣言が放たれた瞬間、室内の空気が一変した。
物理的な重圧さえ感じさせるほどの緊張が走る。
「私達はベアトリクス様やガリウス様の弟子だ。それに、座学もある程度はロウェル様から教わってる。実技も座学も、心配には及びません」
エマの言葉を補強するように、後ろで控えるアルもまた、堂々とした態度で母の視線を真っ向から射抜く。
オフィーリアは深く溜息をつき、肘をついて我が子を見つめた。
「確かに、貴方たちの実力は……そうね、私でも信じられないわ。将軍や団長と互角に渡り合う五歳児なんて、大陸の歴史を探しても貴方たちくらいでしょう?でも、まだ五歳なのよ? 普通の子なら、ようやく魔法を習い始める頃だわ。三年の飛び級は、流石に早すぎるのではないかしら?」
「いいや、リカ。それもありかもしれないぞ?」
沈黙を守っていたヴァルドが、静かに、しかし確かな重みを持って口を開いた。
「よく考えてみてくれ。今ですら現役の騎士相手と魔術師に手加減を覚える始末だ。あと半年もしてみろ、この王宮にはこの子たちが本気を出せる相手がいなくなってしまう。座学だってそうだ。王宮の書庫は素晴らしいが、学園には世界中から集まった変人――失礼、高名な研究者が集まっている。今の二人には、それくらいの刺激が必要だろう?」
ヴァルドの言葉は、単なる放任ではない。
本気で我が子の成長と、その先にある行き詰まりを心配しての、親としての助言だった。
「それに、今なら学園にはシリルもルーカスもいる。確かキースは十四だったか、あと二年で卒業だが……あの三人がいれば、何かあっても守ってくれるはずだ。」
ヴァルドは双子の入学に賛成のようだ。
「そうねぇ~」
ヴァルドの言葉を聞きオフィーリアは悩む。
「特にシリルは、この子たちが泣き言一つ漏らしただけで、授業を放り出して飛んでくるだろうしね大丈夫だろう。」
ヴァルドの冗談めかした言葉に、オフィーリアの表情がわずかに緩んだ。
「……確かに、あの三人なら任せられるわね。シリルとキースにルーカスがいるのは、唯一の安心材料かしらね?」
彼女は一度ゆっくりと目を閉じ、覚悟を決めたように瞳を見開いた。
「わかったわ、いいでしょう!……ただし、条件は一つ。入学試験は、二人とも首席で通過しなさい。でなければ、入学は認めません!」
オフィーリアが突きつけたのは、教育の常識を完全に無視した無理難題だった。
だが、双子にとって「首席」を取ること自体は、すでに決定事項に過ぎない。
問題は、「二人同時」という点にある。
(……アル、どうする? 首席と次席ってお願いするか? それが一番確でしょ?)
アルの脳内に、エマの念話が直接流れ込む。
(それも考えたけど、僕はエマに負けるのは嫌だな。保険として次席を独占する提案はアリだけど……)
(あ、悔しいから嫌だって? 相変わらずの負けず嫌いなんだから。でも、実技で点数を『完全に一致』させるのは至難の業よ? 目立ちすぎないように点数を低めに調整しながら、かつ同点にするなんて)
(大丈夫さ。絶対に勝つ。……いいや、二人で同時に首席になればいい。それだけのことだ。僕の計算に狂いはないよ。理論上、満点を叩き出し続ければ並ぶことは可能だ)
(本当に? 約束よ? 私は次席で甘んじるなんて、絶対に嫌なんだからね!)
(わかってるって。僕は『約束は守る男』だ。エマをがっかりさせるような真似はしないさ。……さあ、交渉を仕上げよう)
二人の視線が空中で激しく火花を散らす。
その「無言の睨み合い」
両親には測り知れない対話を、オフィーリアが鋭い声で断ち切った。
「アル、エマ! 何をぼーっと見つめ合っているの? 戻ってきなさい!」
「……あ、ごめんなさい! ちょっと考え事をしていましたわ!」
エマが愛らしく首を傾げ、三歳児の頃と変わらぬ「可愛い娘」を演じてみせる。
アルも、エマとの通信を切り、口角をわずかに上げて不敵な笑みを浮かべた。
「お母様。首席はもちろん取りますが、いっそのこと、首席と次席の二つを僕たちで独占する、ということでいかがでしょうか?」
「ええ……。ええ、わかったわ。貴方たちがそう言うのなら」
その瞬間、オフィーリアのまとう空気が母親から女王へと豹変した。
彼女は静かに立ち上がり、我が子たちを見下ろすようにして、王者の重厚な声を響かせる。
「テーリア王国・第24代女王オフィーリア・アン・フレデリカ・テーリアが命じます。我が名において、王立学園入学試験への出願を許可するわ。……ただし。条件は六つ」
「……え?」
エマが思わず目を丸くする。
一つだったはずの条件が、呼吸をする間にも増えていく。
「一、入学試験を首席および次席で突破すること。 二、入学後の定期試験において、全科目五位以内を維持すること。 三、体調管理をおろそかにし、研究に没頭しすぎないこと。 四、体調に異変がある場合は、特別に一時帰宅を認める。 五、王命による帰宅命令には、必ず即座に従うこと。」
オフィーリアの声は、一切の反論を許さない絶対的な重圧を持っていた。
そして、トドメのように最後の一つを告げる。
「六、住まいは学生寮ではなく、近隣に位置する離宮にて、シリルと一緒に生活すること。……以上の項目を一つでも破った場合は『王命違反』とし、即刻、謹慎または退学とします。……これでいいわね? 第二王子アルフレッドおよび第一王女エメライン」
さすがは一国を統べる女王。
その圧倒的な威圧感におもわず深々と頭を垂れて声を揃えた。
「「――はい。わかりました」」
許可は得られた。
目的は達成されたはずだ。
だが、応接室を退出する双子の頭の中には、いくつもの疑問符が渦巻いていた。
(……なあ、エマ。条件、いつの間に六つに増えた?記憶にないんだけど。)
(知らないわよ。お母様、さっきまで一つって言ってたじゃない。しかも帰宅命令だの体調管理だの……過保護にも程があるわ)
双子はまだ、その真意に気づけていない。
女王オフィーリアが、なぜこれほどまでに細かく「帰宅」と「シリルの監視」を条件に組み込んだのか。
双子がその本当の理由―自分たちがどれほど深く愛されているかという事実に気づくのは、もう少し先の話になる。
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