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19話

王都の喧騒を背に、漆黒の馬車がゆっくりと動き出した。

いよいよ、王立学園に向けて出発する日が来たのだ。


二日後に控えた入学試験。

開催地である王立学園は、王都の最果てに位置している。


地図上で見れば同じ「王都内」ではあるが、中心部からその端までは、馬車を走らせて優に十五時間はかかる距離だ。



ちなみになぜ端に位置しているかと言うと、昔は王都の中心にあり王城から見えるほどの近さだったそうだが、ハンスという双子の先祖に当たる人物が実験と言う名目で研究室を半壊させ、周囲に被害を及ぼしたために、父王であった18代国王ルアーム陛下が進言をし王都の端の森を開拓して丸ごと移転したそうだ。


現在跡地は貴族の屋敷や各ギルドのテーリア王国本部などになっている。


大人が急ぎ馬を飛ばせば五時間もかからない道程だが、双子にとってその選択肢は最初から存在しなかった。


「お馬さんで行きたいですわ! 五時間ならすぐではありませんか!」


「そうだ、馬車に揺られるよりよほど効率的だ。」


出発前、二人は声を揃えてせがんだが、両親の答えは非情なまでの「否」であった。

無理もない。

というか双子も答えはわかりきっていただろうに。


彼らはどれほど知能が超越していようと、中身はまだ五歳の子供なのだ。

五時間の連続騎乗は体力を著しく消耗させ、落馬の危険も伴う。


何より、二人の身体に流れる「病弱」という事を考慮すれば、余裕を持って二日前に出発し、馬車で静養しながら向かうのが最適解であった。


「行ってきます!」


エマは馬車の窓から身を乗り出し、小さくなる両親の姿に向けて、ちぎれんばかりに手を振った。


その隣で、アルは感情の読めない顔をして、ただ流れていく景色を眺めている。


「ちょっとアル! なんでお母様たちに手を振らないのよ?」


エマが少し怒ったような口調で、アルの袖を引いた。


「……手を振るなんて、非効率な行為に意味はないよ。馬車に乗る前に挨拶は済ませた。それに……そんな風に別れを惜しんで手を振ったりしたら、お母様が泣いてしまうだろう。あっ、ほら。だから言ったんだ。」


アルが指差す先。


遠ざかる王宮の門前で、毅然とした女王の顔をしていたオフィーリアが、ついに堪えきれなくなったように顔を覆っていた。

その肩が微かに震えているのが、遠目からでも分かった。


「ほらな。だから言っただろう? 視覚的な刺激は感情を増幅させるんだ」


アルはフッと鼻で笑い、どこか突き放したような態度で視線を逸らした。

だが、その車内に、クスクスという柔らかな笑い声が響く。


「アル様、もっと正直になってくださいよ。エマ様が誤解されているではありませんか!」


声をかけたのは、双子と同じ馬車に揺られる女性、シェーリーンだった。

彼女は双子の乳母ではないが、彼らが産着に包まれていた頃から母オフィーリアと共に面倒を見てきた、最も信頼の厚い侍女だ。

そして双子の主治医のヘレナの娘だ。


双子の専属侍女として今回の旅にも同行している彼女は、誰よりもアルの「心」を読み解くのが上手かった。


「……何の話だい、シェーリーン?」


「『お母様が泣くのを見てしまったら、僕まで泣いちゃうから見ない』……でしょう? さっき、馬車に乗る前に小声で呟いていらしたのを、私は聞き逃しませんでしたわよ」


「なっ……! そんなわけないだろう!」


シェーリーンの言葉が図星だったのか、アルの白い頬が一瞬にして朱に染まった。

彼は耳まで真っ赤になったのを隠すかのように、乱暴に窓の外を向き直る。


「え、アル。嘘でしょ。まさか本当に図星だったの……?」


エマは唖然として、隣の双子の片割れを見つめた。

あの冷静沈着で、何事も論理で片付けるアルが、母親との別れに涙を堪えていたという事実。


「うるさいな! ああそうだよ、図星で悪かったなぁ、エマ!」


顔を真っ赤にしながら、アルはセンター分けにされた金髪をかき分けた。

陽光を反射してキラキラと光るその髪が、彼の動揺に合わせて揺れる。


「ふふ、あはははは! 相変わらず正直じゃないわね、アル。少しは素直になりなさいよ。もしかして貴方、巷で言うところの『ツンデレ』なんですの?」


「意味のわからない変な造語を作るな!」


エマの豪快な笑い声につられ、シェーリーンも肩を揺らして笑い出す。

車内には、王宮を出る際の重苦しい空気はもうなかった。


――それから数時間。 馬車は王都の市街地を抜け、緑豊かな街道へと差し掛かっていた。


「はっ! 私としたことが! すっかり忘れておりましたわ、お昼ご飯の時間を!」


突然、シェーリーンが声を上げた。


「あの! すみません、どこか広い場所に止めていただけますか?」


彼女は馬車の小窓から、左右を固める護衛の騎士たちに声をかけた。


「少々お待ちください! ……あそこが良さそうですね、止まってください!」


騎士の一人が見つけたのは、街道沿いの森が少しだけ切り開かれた、ちょうど馬車三台分ほどのスペースがある空き地だった。


現在の同行者は、護衛の騎士が四人、御者が一人、そして双子とシェーリーン。

八人の人間と、馬が六頭。昼食をとるには十分な広さだ。


馬車が止まると、シェーリーンは手際よく外へ降り、王宮から運び出していた木箱を開けた。


「お待たせしました! 皆さん、お昼ご飯ですよ!」


彼女が準備したのは、王宮の厨房で下ごしらえしてきた食材を使った、簡単な、けれど温かな食事だった。


「お腹すいたな! シェーリーン嬢、ありがとう!」


「助かるな。森の中での食事は格別だ。」


騎士たちが談笑しながら、配られた食事を口にする。


アルとエマは、外に出された小さなテーブルの上で、シェーリーンが取り分けたパンとスープを向き合って食べ始めた。


「さっすがシェーリーン! 美味しいわ、これ!」


エマはスープを口いっぱいに頬張り、満面の笑みを浮かべた。


「本当だね。移動中の食事なのに、味が少しも落ちていない。……ところで、シェーリーン。君、料理は苦手だったはずだよね?」


アルの鋭い指摘に、スープを配り終えたシェーリーンが誇らしげに胸を張った。


「ふふ! 実はですね、お二人の旅立ちが決まってから、休憩時間などをすべて活用して、王宮の料理長に弟子入りしていたのですわ!」


彼女は、調理器具を片付けながら自信満々に語り始めた。


「私、意外と筋が良いらしくて。最終的には『シェーリーン、お前は私の誇れる弟子だ!』と、あの食に厳しくて誇りを持っていらっしゃ有名な料理長に、直々に免状のようなものまでいただきましたの。ふふん! 練習した甲斐がありましたわ!その時の料理長泣いてらっしゃたから涙もろいのは本当なのね。」


「へぇー……そういえば数年前お兄様がおいしいって言ったときも泣いてたわね......」


「モグモグ……おいしい……」


しかし、二人はすでに料理の美味しさに夢中で、シェーリーンの苦労話は半分も耳に入っていないようだった。


「ちょっと! お二人とも、聞いていらっしゃいます!?」


頬を膨らませるシェーリーンを余所に、アルとエマは温かなスープで冷えた体を温める。


王宮と同じ、けれどどこか優しい隠し味がする料理。


それが、自分たちのために努力を重ねた彼女の「愛」であることを、双子は本能的に感じ取っていた。


双子はお腹が満たされると、微かな眠気が襲ってくる。

最後までお読みいただきありがとうございます。

明日は20:10更新となります!今後毎日この日程で更新します。(例外を除く)

本作を読み「本作が面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけましたらぜひ【ブックマーク】や【評価★★★★★】で応援してくださると幸いです。

今後とも本作をよろしくお願いいたします!

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