17話
赤い屋根が新緑に映える東屋には、既に色とりどりの菓子と芳醇な香りを漂わせる紅茶が用意されていた。
「さあ、みんな座って!」
シリルの促しに従い、五人は席に着く。
……そこで予期せぬ問題が発生した。
「ぷ……ふふ、あはははは!」
シリルがいきなり吹き出した。向かいのスカーレットとルーカスも、必死に笑いを堪えている。
それもそのはず、この東屋の椅子は一般的なものより低く作られているにもかかわらず、双子は座ると机から頭が半分出るか出ないか、という絶望的なサイズ感だったのだ。
「むぅ……」
「……不本意ですわ」
双子が頬を膨らませて拗ねる中、侍女のシェーリーンが慌てて駆け寄ってきた。
彼女はヘレナの娘であり、双子の専属侍女。
二人の「真実」を薄々と察しながらも、献身的に仕える理解者だ。
「申し訳ありません! すぐにクッションをお持ちします!」
重ねられたクッションの上に鎮座し、ようやく双子はスカーレットと同じ目線を手に入れた。
「あの、少しよろしいですか、シル様」
ルーカスが遠慮がちに切り出した。
「何だい、ルカ?」
「僕たち兄妹も、アルフレッド様とエメライン様を『アル様』『エマ様』とお呼びしても? その……これからの親睦のためにも......」
「いいよね、アル、エマ?」
シリルの問いに、二人は口いっぱいに頬張ったスコーンを飲み込み、力強く頷いた。
「いいってさ。じゃあ、僕もスカーレットを『スト』って呼んでいいかな? 婚約者なんだしさ!」
シリルの提案に、スカーレットの頬がポッと赤らむ。
それを見たアルが、計算高く、かつ愛らしく微笑んだ。
「じゃあ僕は、スカーレット様をお姉様、ルーカス様をルカ兄様もしくはルーカス様、お兄様のことはいつも通りかシリル兄様って呼びます!」
「私も同じく、ですわ!」
この愛らしい「弟妹」の攻撃により、フランメイル兄妹は陥落した。
「よろしいのですか! ぜひ、そのようにお呼びください。なあ、スカーレット」
「はい……! とっても嬉しいですわ……っ」
スカーレットは感激のあまり目を潤ませている。
「あとさ、僕のこと『様』つけなくていいんだよ?」
不意にそんな質問をルーカスは双子に投げかけた。
「あ~私は将来お嫁に行きますし、ルカ兄様のほうが呼びやすいのですわ。まぁどこかの段階でなくなると思いますのでお気になさらずに。」
エマは言った。将来的に自分のほうが爵位が下になる可能性が高いので、慣れておきたいと。
「多分僕は臣籍降下すると思うし、その後はエマと同じ。」
アルは言った。
双子は顔を横に向けているし、顔が赤くなっていた。
「わかりました。ではいつかの段階で『様』がなくなると嬉しいと思ってますね。」
その後微笑ましい空気が流れた。
しかし、その雰囲気のなかシリルの「ブラコン・シスコン」が暴走する。
「ルカ、君に自慢しただろう? 僕の弟妹は最高だって。見てごらんよ、この愛らしさ! 普段は大人びているけど、疲れた時や寝顔のギャップが堪らないんだ。大人の前では猫をかぶっているけど、僕の前で見せる本当の姿は、それはもう甘えん坊で……」
「お兄様! 恥ずかしいのでおやめください!」
エマが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ええー、まだ話し足りないのに。」
不満げな兄を横目に、アルが話題を変えるべく自己紹介を提案した。
「改めて、自己紹介をしましょう。……僕はアルフレッド・オーウェン・ブライアン・テーリア。三歳。剣術と読書が大好きです。妹のエマとは双子です」
「私はエメライン・ローズ・キャロライン・テーリア。同じく三歳。魔術と魔導書が大好きですわ」
続いてルーカスと、緊張でガチガチになったスカーレットも自己紹介を終えた。
彼女は刺繍が得意で、シリルに会える今日を心待ちにしていたという。
そんな和やかな空気を、シリルの冷ややかな、しかし親愛の情を込めた一言が切り裂いた。
「ところでさ、ルカ。もうその『お芝居』は辞めにしないかい? 妹にいいところを見せたいのはわかるけど、僕相手にその猫かぶりは必要ないだろう?」
「……ハハッ、さすがシリルだな。そろそろ飽きてきたところだ。降参だよ、元の姿に戻るとするよ。」
ルーカスの声のトーンが、一瞬で変わった。
先ほどまでの丁寧で慎み深い口調はどこへやら、第一王子に対して完全にタメ口である。
背筋を伸ばしていた姿勢も、どこか気怠げな、しかし隙のないものへと変貌した。
「そうだろうと思ったよ。いつまで続けるつもりかと思って見ていたんだ」
シリルは呆れたように肩をすくめる。
置いてきぼりにされたのは、スカーレットと双子だ。アルとエマは心中で顔を見合わせた。
(……何の話? 僕たちでも把握していない裏の顔があるの?)
「大正解。ねえ、アル、エマ。たまには僕もシルみたいに呼び捨てでいいかな? 『様』をつけるのは肩が凝るんだ。」
ルーカスは飄々と言い放つ。
アルとエマは、これに拒否権がないことを察した。
未来の国王であるシリルを「シル」と呼ぶ男だ。
ここで形式的な礼儀を求めれば、逆にフランメイル家との心理的な距離を生んでしまう。
「いいよ、ルカ兄様!」
双子は声を揃えて快諾した。
「よかった。……ところでさ、アル、エマ。一つ気になることがあるんだ」
ルーカスの瞳が、鋭い観察者のそれへと変わる。
「どうして君たちの魔力の波長は、こんなにそっくりなんだ? それに……僕の勘では、君たちの魔力量が全く測れない。シルもそうだけど、君たち三人の波長は、僕たち兄妹以上に似すぎている。誰が誰か、区別がつかないくらいにね。僕の鑑定能力は母上のお墨付きなんだけど、おかしいな?」
双子の背中に冷や汗が流れる。
魔法師団長ベアトリクスの息子、その「勘」は恐ろしいほどに本質を突いていた。
「それは……シル兄様が言っていた通り、僕たちが双子だからじゃないかな?」
アルが平静を装って答える。
「それにルーカス様?お兄様が以前言っていたけれど、私たちは『一卵性双生児』という、極めて稀な結びつきらしいんだよ。だから、魔力も魂に近い部分で共鳴しているのかもしれないの。」
エマが横から助け舟を出す。
「そうだよ、ルカ。考えすぎだ。僕たちが特別似ているのは、ただの血の濃さの問題さ!」
嘘はついていない。
しかし、核心——自分たちがこの世界の常識を凌駕する魔力と知識を持っていることだけは巧妙に隠した。
「ふうん……双子か。まあ、そういうこともあるのかもね」
ルーカスはひとまず納得したようだが、その鋭い視線が完全に疑念を捨てたわけではないことを、双子は見逃さなかった。
この男、油断ならない。
油断禁物とはまさにこのことだ。
「あ……あの、シリル様」
重苦しくなりかけた空気を変えたのは、スカーレットの震える声だった。
彼女は手元の小さな包みを、宝物のように差し出した。
「本日、私が大好きな刺繍でお花を縫ってみたのです。……もしよろしければ、お受け取りいただけますか?」
シリルの表情が、一瞬で優しい兄の顔に戻る。
「本当かい? わあ、なんて繊細で綺麗な刺繍なんだ。ありがとう、スカーレット。大切な婚約者の手作りを普段使いにはできないから、君と一緒に出席するパーティーの時に、必ず身につけていくよ。約束だ」
「えっ……! よろしいのですか! とっても、とっても嬉しいですわ!」
スカーレットはその場でピョンと跳ねて喜んだ。
その無邪気な姿に、東屋の空気は再び温かなものに包まれる。
「よかったね、スト。頑張って縫った甲斐があったじゃないか」
ルーカスが妹の頭を優しく撫でる。
(……ルカ兄様は、食えない人だけど妹想いなんだね)
(ええ。でも、私たちの『ゲーム』に彼がどう関わってくるか、注意が必要よ)
双子は微笑み合いながら、心の中で次なる—王立学園という戦場への準備を静かに進めるのであった。
これにて2章完結となります!
2章を読んでいただきありがとうございます。
まだまだお話は続きますので応援よろしくお願いいたします。
次章は明日の20:10更新とさせていただきます。




