16話
王宮の廊下に双子の幼い足音が微かに響く。
双子は、いつものようにどこか頼りなげな「病弱な双子」を完璧に演じながら、ルーカスの後を追っていた。
差し込む陽光に透けるほど白い肌と、細い肩。
しかしその内側では、大人顔負けの冷徹な計算と膨大な力が宿っている。
双子がルーカスを案内した先には、重厚な彫刻が施された巨大な扉が立ちはだかっていた。
「ここは、謁見の間ね……」
エマが呟く。
二年前、第一王子である兄シリルが、両親からこっぴどく叱責を受けた因縁の場所だ。
あの時と同じく、本日の会談も完全な非公開プライベート。
扉の向こうには、国の根幹を揺るがすかもしれない「家族」の対面が待っている。
「第二王子アルフレッド様、第一王女エメライン様、ならびにフランメイル家嫡男ルーカス様、ご入場!」
衛兵の朗々とした声と共に、重い扉がゆっくりと左右に分かれた。
室内に一歩踏み出すと、そこには厳格な面持ちの両親と、誇らしげな笑みを浮かべる兄シリルの姿があった。
そしてその隣には、かつて一度だけ面識のあるフランメイル家当主、ベアトリクス。
彼女の傍らには、一人の少女が静かに佇んでいた。
(あの子が……スカーレット様)
アルは内心で息を呑んだ。
ルーカスと同じ燃えるような赤髪。
しかしその瞳は、深い森の奥に隠された宝石のようなエメラルドグリーンを湛えている。
瞳の色こそ違えど、その整った顔立ちはルーカスと瓜二つ。
彼女こそが、この国の未来を担うシリルの婚約者であった。
双子は自然な動作でテーリア家側に、ルーカスは静かにフランメイル家側へと分かれて着席した。
「では、改めて紹介しましょう」
女王オフィーリアが、威厳に満ちた、それでいて母としての温かさを孕んだ声で切り出した。
「右から第一王子シリル。第二王子アルフレッド。第一王女エメライン。そして私。隣にいるのが夫のヴァルドです。ここにはいませんが、離宮で隠居している前王妃......王太后のエリザベートも、あなたたちに会える日を楽しみにしていますよ。」
王家側の紹介が、流れるように終わる。
続いて、フランメイル家側が口を開いた。
ベアトリクスの声は、どこか凛としていて涼やかだ。
「私からもご紹介を。まず、本日の主役でありシリル様の婚約者となる娘、スカーレットです。隣にいるのは嫡男で、シリルの良き友人でもあるルーカス。私は当主のベアトリクス。夫のエドワルドは、領地で貿易の仕事に没頭しておりまして……まあ、平たく言えば引きこもりですね。」
クスリと笑いが漏れる。
公式な場でありながら、どこか親密な空気が漂うのは、両家の深い絆ゆえだろう。
「アルちゃんとエマちゃんは、スカーレットたちとは初対面よね?」
オフィーリアがふと、女王の仮面を外して悪戯っぽく笑った。
「あ、それからア・リ・ス・! どうしたのよ、そんなによそよそしくして。いつもみたいに『リカ』って呼んでくれていいのよ?公式的じゃないんだから!」
「あの、お母様……『アリス』とはどなたのことですの?」
我慢できずにエマが問いかけた。あまりに聞き慣れない名前に、双子の好奇心が疼いたのだ。
「アリスはね、ベアトリクスのあだ名よ。ほら、『ベ・ア・・ト・リ・・ク・ス・』の二、四、六文字目を繋げてごらんなさい。……アリスってなるでしょ?私と彼女、それに従兄のガリウスは、の3人は学友だったのよ。」
女王は豪快に笑い飛ばす。
その言葉に、アルが失礼を承知で質問を重ねた。
「あれ?宰相のロウェル様がいませんよ?」
アルは三公でただ一人だけその名前の中に宰相がいないことに気が付いた。
「あぁそれはね?3人の中で年上で12つ上だからよ。小さい頃は兄のように思っていて、よく遊んでもらったわ......懐かしいわね!」
オフィーリアはどこか遠くを見るような目をしながら言った。
「本当だな。」
横でベアトリクスが言った。
「ところで……お母様、今おいくつなのですか?」
エマがオフィーリアに聞いた。
「女性に年齢を聞くものではありませんけれど、まぁ娘が母の年齢を知らないのはさすがにまずいわね!私は二十五才よ。」
オフィーリアは教えてくれた。
ーその直後だった。
アルがエマのほうを勢いよく見た。
【ちょっとまてエマ!ってことはお母様は僕たちを22で。お兄様を18で産んでるってことだよな!?】
アルがエマに念話を飛ばした。
【そういうことね!】
エマはうなずいた。
【いくらなんでも若すぎないか?】
アルがエマに言った。
【確かに......お母様はいったい何があったのかしら?】
エマは首を傾げた。
【でも今は聞けないね。今後教えてくれるだろう......】
【そうね!だといいわね......】
「ちなみに、セルヴァン家の宰相は三十七だったかしら?確か嫡男キースはまだ十二歳。今は王立学園に通っているはずだわ。あの子は魔術の天才だから、特例での在籍でしょうけれど。」
双子は念話からオフィーリアの言葉で引き戻された。
「私もそうだと思うぞ。リカ......」
横でベアトリクスが笑っていた。
テーリア王国には王立学園という教育機関がある。
八歳から十六歳までが通う学園だ。
倍率二十倍という狭き門を突破した者だけが得られる「将来安泰」の切符。
アルとエマは、脳内で瞬時に計算を始めた。
8歳で入学すると仮定して兄とルーカスは来年。
スカーレットは三年後。
双子は五年後。
オフィーリアの言った「特例」という言葉が、双子の思考を加速させた。
学園には、成績優秀者に与えられる「研究の自由」や「飛び級制度」が存在する。
そしてかつて、六歳で入学し、八歳で卒業した伝・説・の・人・物・がいた。
その名は、ハンス・ヒューイ・フォン・テーリア。双子が手にした『血統魔法』の魔導書の著者。
【エマねぇ、僕、一つ思うことがあるんだ】
アルが念話で語りかけた。
魔力を完全に同調させた、二人だけの秘密の会話。
【何? 学園のこと?】
【そう。早期入学と飛び級を利用して、さっさと卒業しない? 僕たちは『病弱』設定だ。学校に行けない日は王城の地下で実験ができるし、学園卒という肩書きは将来の自由を保証してくれる。何より……魔力が増えすぎて制御不能になる前に、公的な地位が欲しい。身分ではない実力のね。まぁ力がばれたり王位争いになるのは嫌だけど、それでお兄様が悲しむのはもっと嫌。】
【矛盾してるわ!どういうことなの?】
【つまり、力がばれるのも嫌だけど、実力も証明しない僕たちが、何もできないせいでお兄様が悪く言われるのはもっと嫌ってこと。全力ではないほどほどの実力を見せようってことだよ。】
【確かに……。でも、実技でほどほどでも目立ってしまうリスクはないかしら??】
【ゲームをしよう。常に二人で首席を争い、二位と数点差で勝つんだ。使うのは基本四属性だけ。オリジナル魔法陣を封印し、教科書通りの回答を続ければ、正解すぎて怪しまれることはない。魔力の底は見せず、適度に『神童』を演じるのさ。来年入学すれば、お兄様と同級生になってしまう。それは避けたい。お兄様はカリスマ性の塊だし努力の天才だ。僕たちがその努力を追い越すような真似は、弟妹としてしたくないだろう?】
【……わかったわ。五歳で入学しt六歳で卒業。最短記録を塗り替える『ゲーム』ね。大会があるって聞いたから、アルが剣術大会、私が魔術大会を制覇する。これで決まりね!だけれども、ハンス様によると学園に入らないほうがいいって......】
【エマ?それは授業をまともに受けた時の話だろう?僕たちの表面は何度も言うが『病弱』だろう?そんな子が毎日元気に通っていることで余計に違和感を持たれる。それなら体調が悪いからってほとんど授業に出なければいいんだよ。そうすればそもそも人に危害を加える確率だって減るだろう?】
アルがエマを見ながら言った。
【確かに!納得したわ!】
二人の視線が交差する。
その瞳には、三歳児とは思えぬ野心と、兄への深い愛着が混在していた。
「アル! エマ! どうしたの? さっきからぼーっとしてるよ?」
シリルの声に引き戻される。
どうやら念話に集中しすぎていたようだ。
「ここからは大人の話だから。僕たち五人は、東屋でお茶会をしておいでってさ!」
シリルが優しく二人の手を引く。
シリル、ルーカス、スカーレット、双子の5人は静かに玉座の間を後にした。
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