14話
「エマ。確認ミスはない? 全ての予定をキャンセルしたよね? 各所への連絡も、滞りなく済んだかな?」
机の上に雪崩のごとく散らばった無数の書類と羊皮紙の山。
その隙間から、アルフレッドは疲労の色を見せずにエメラインへ問いかけた。
二人は昨日、シリルから「明日、フランメイル家が来る」という爆弾発言を聞かされた直後から、不眠不休に近い状態で動いていた。
本来なら今日こなすべきだった膨大な公務というなの研究、そして極秘の城下町視察。
それら全てを「取りやめ」あるいは「延期」にするための根回しと事務処理を、夜通しで終わらせたのだ。
本来3歳児は徹夜もどきをするべきではないのだろうが、双子はそれを可能にしてしまうほどの力が存在している。
「ミスはないと思うよ。……でも、まだ約束の時間まで僅かに余裕があるわ。もう一度、見落としがないか最終確認をしましょう。……あら、言ったそばから何か出てきたわよ。これは何かしら?」
エメラインが書類の山から一枚の青い羊皮紙を抜き出した。
「あぁ……この論文の評価をまとめてほしい、だってさ。依頼主は魔法師団。提出期限は今日……。困ったわね。でも確か、現在の魔法師団長って、今日いらっしゃるフランメイル家当主のベアトリクス様だったわよね? なら、今から猛スピードで終わらせて、直接手渡すのはどうかしら?」
エメラインが首を傾げてアルフレッドを見る。
その瞳には、三歳児とは思えない「効率化」への執念が宿っていた。
「いいと思うよ。僕が後半の論評を、エマが前半の精査を担当しよう。ちょうど百四十八枚あるから、七十四枚ずつ分ければいい。……エマ、わかってるよね? このあとに僕が何を言いたいか」
「もちろん。最短ルートで終わらせましょう」
二人は無言でアイコンタクトを交わした。その瞬間、室内の魔力がパチリと弾ける。
「『超速読魔法』『固有速度三倍』!」
エメラインが二つの補助魔法を同時に起動した。
『超速読魔法』は視覚情報の処理速度を極限まで引き上げ、『固有速度三倍』は術者自身の肉体的な動作速度を三倍に加速させる。
二人の手元で、羊皮紙がまるでトランプのシャッフルのような音を立ててめくられていく。
双子の作戦はこうだ。
まず、膨大な資料を二等分することで一人当たりの分量を半減させる。
次に、加速魔法で物理的な読解時間を三分の一に短縮。
そして最後に、二人の脳を『共有魔法』で繋ぐことで、一瞬にして全百四十八枚の内容を「二人ともが熟知している状態」を作り出す。
理論上、通常の六倍以上の速度で処理が完了する計算だ。
「終わった! アルは?」
エメラインが万年筆を置き、自信満々に顔を上げた。
「僕も。……エマ、早速繋ごうか!」
「ええ。」
「『超速読魔法・解除』……『共有魔法』!」
二人の意識が混ざり合い、膨大な魔法理論のデータが同期される。
「さてと。もう意見はまとまったよね? アル」
「もちろん。そう聞くあたり、エマも同意見だね。……意見交換といこうか」
二人は机を離れ、執務用のソファへと移動した。
その所作は優雅だが、交わされる会話は極めて辛辣で知的だ。
「なら私からね。この『一番強力な属性は土属性である』という趣旨の論文。作者には申し訳ないのだけれど、論理が飛躍しすぎているわ。」
エマはその論文の内容をバッサリ切った。
「確かに、ドーム状に展開すれば火も水も防げるし、防御としては最強クラスよ。攻撃のバリエーションも豊富で形状変化も容易。生活や建築にもたくさん使えるし、町の城壁を作ったりも出来るものね。確かに利点はたくさんあるわ。」
一応土魔法は便利な魔法だ。
「……でもね、本質的にはどれも同じだと思うの。だって、私達が使う魔法なら、全属性で威力の差なんて出ないでしょう? これは土属性をメインに研究した人が、自分の得意分野を正当化するために導き出した、極めて偏った結果に過ぎないわ。」
「僕も全く同じことを思ったよ。全属性が等しく絶対的な力を持っているというのは、この世界では僕たちだけの常識らしいしね」
「そうね。問題は、この評価をどう書くかじゃない? 私はありのままを突きつけるのは少し申し訳ないと思うのだけれど……」
「僕はありのままを書くべきだと思う。正直に伝えた方が、魔法師団の発展のためにもなる。回りくどい表現は、真実を濁らせるだけだよ」
アルフレッドの断言に、エメラインは少し考え込み、やがて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ、こんなのはどうかしら? 『とてもよく研究されていますね。非常にわかりやすかったです。特に、根拠や理由説明の部分の緻密な調査には感服いたしました。さすが魔法師団の方ですね! ……私達は全属性で全く同じ出力を出すことができます。もしよろしければ、一度私達とお会いして議論を深めてみませんか? 嬉しいお返事を心待ちにしております。』……って感じで。」
「それは素晴らしいね。僕たちに会って『一般論』を木端微塵に覆された学者は計り知れないからね。……よし、ばっちり今のを清書したよ!」
「アルが書いたのなら、文句なしね!」
「では、早馬で魔法師団本部へ届けさせよう!」
アルフレッドが傍らに控えていた侍女に書類を託した。
ようやく一息ついた双子。
「……ねぇ、アル。もう今日の仕事はないよね? 何だか、大切なことを忘れているような気がするのは、私だけ?」
エメラインが天井を見上げ、記憶の断片を探るように呟く。
「僕も何だか嫌な予感が……あっ! あああああ〜!!!」
「うわっ! びっくりしたぁ。……で、思い出したの?」
「エマ! ほら、これだよ! お母様とお父様からの……」
アルフレッドはなにか言いかけたところで、エメラインが絶叫した。
「ああああ!!! 思い出しましたわ! 陛下の御前への呼び出し時間! アル! 急いで行きますわよ!!!」
エメラインがアルフレッドの手をひっつかみ、猛烈な勢いで走り出した。
「エマ! もう時間がないよ!なにしてるの! 人前で転移魔法を使うのは控えるように言われているから、自室からこっそり使うつもりだ
ったのに……!」
「ごめんってば、アル! あ! この先を右に曲がれば、人通りの少ない裏道がありますわ! そこで転移しましょう!」
「ああ、あの道か。名案だね」
二人の住まいは、王城そのものだ。
広大すぎる敷地、数多の回廊。
急ぐ子供にとっては迷宮も同然である。
曲がり角を全速力で曲がった、その時。
「きゃ!!」
「わ!!」
双子は、正面から歩いてきた誰かと激突してしまった。
尻餅をついた双子の前に立っていたのは、一人の少年だった。
燃えるような赤髪に、鋭くも知的な金色の瞳。
年齢はシリルと同じか、あるいは一つ上、七歳か八歳ほどに見える。
その顔立ちは、幼いながらも完成された美を宿していた。
「申し訳ない! 大丈夫かな?」
少年は爽やかな笑みを浮かべ、二人に同時に両手を差し出した。
「おや……? 君たち、もしかしてアルフレッド様とエメライン様かな? シリル様のところの双子殿下じゃないの?」
少年は不思議そうに首を傾げた。
『……誰なの?』
双子の存在は国中に知れ渡っているが、その姿を間近で見たことがあるのは、高位貴族か特定の茶会に招かれた者だけだ。
双子の超常的な記憶の中に、この少年の記憶は存在しない。
見知らぬ者が自分たちの正体を一目で見抜いた。
その事実は、双子にとって純粋な恐怖と警戒の対象となった。
二人は反射的に互いの手を握りしめ、脳内で攻撃魔法の術式を無詠唱で構築し始める。
「あぁ! 待って、攻撃はしないで。僕は怪しい人じゃないよ。……それに、そんなに怖がられて警戒されると、流石に傷つくなぁ」
少年は困ったように眉を下げた。
双子は戦慄した。
自分たちが放った、あるいは放とうとした微細な魔力の揺らぎを、この少年は察知したのだ。
無詠唱魔法の予兆を感じ取るには、少なくとも魔力値五百前後を有していなければ不可能。
双子の警戒度はマックスに達した。
「名乗るのが遅れてしまい、失礼いたしました。アルフレッド殿下、エメライン殿下。私はルーカス・フォン・フランメイルと申します。三公が一角、フランメイル家の嫡男で、殿下方のお兄様であらせられるシリル殿下とは御学友です。本日、王城に招待され、母と妹と三人で参りました。」
少年―ルーカスは、その場で優雅に膝を突き、深々と頭を下げた。
その礼儀正しい姿は、一幅の絵画のような完成度だった。
「……あなたが、ルーカス様なの? 本当に?」
エメラインが疑念を込めて尋ねる。
アルフレッドは彼女を守るように半歩前に出た。
「疑うようでしたら、どうぞ僕を『鑑定』なさってください」
『……鑑定』
二人は同時に、最高位の鑑定魔法を走らせた。
結果は―白。
彼は紛れもなくルーカス・フォン・フランメイル本人であり、その言葉に一切の欺瞞も偽装も含まれていなかった。
『……本当に、ごめんなさい!』
二人は一気に顔を青ざめさせ、深々と謝罪した。
「アルフレッド様、エメライン様。面識のない私を疑うのは当然の義務です。ですから、王族たるもの、このようなことで謝ってはいけません。品格が損なわれますよ。……それに、お立場上、常に命の危険に晒されていると伺っております。疑うことは正しい。ただ、もし自分が本当に非があったと思えば、その時だけ謝ればいいのです。今回は、最初から名乗らなかった私に落ち度がありました。どうかお気になさらず。」
ルーカスは礼儀正しく高位貴族としての自覚をしっかりと持っているようだった。
「……それから、先ほどまでのタメ口についても、お詫び申し上げます。確信が持てなかったので、つい失礼を」
ルーカスは屈託のない笑みを見せた。
「ルーカス様、お気遣い痛み入ります。ですが私達、今とても急いでいるのです! お母様とお父様の元へ行かなければ! ……行こう、アル!」
「あの、殿下。……おそらく目的地は同じです。もしよろしければ、一緒に行きませんか? 実は私もこのあたりは不慣れで、少し迷っていたのです」
「そうなのですか? では、一緒に行きましょう! いいよね、エマ!」
アルフレッドが、家族以外に対してこれほどまで柔らかな笑みを向けるのは極めて稀なことだった。
(義理の姉になるかもしれない子の、お兄さんだからかな……?)
エメラインは不思議に思った。
自分以上に警戒心が強いはずのアルフレッドが、まだ出会って数分の、底の知れない実力を持つルーカスに対して、これほど早く「毒気」を抜かれるなんて。
三人の子供たちは、夕暮れの回廊を共に歩き出す。
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