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12話

今回はほんの少しだけシリアスなお話です。

「ねぇアル。本当に出来ちゃったね!」


湖畔に響いたのは、鈴を転がすような、けれどどこか現実離れした透明感を持つエメラインの声だった。


三歳になったばかりの少女は、今しがた自分たちが成し遂げた、おとぎ話を現実へと塗り替えるような魔導の奇跡を振り返り、満面の笑みをアルフレッドに向けていた。


太陽の光を浴びて黄金に輝く髪が、彼女が動くたびに光の粒子を振り撒いている。

その視線の先には、同じく黄金の髪をなびかせ、冷静に事後処理を終えた半身が立っていた。


「そうだね。エマ。でも僕達はできないことなんてない!」


アルフレッドは、自身の小さな掌を見つめながら、静かに、けれど絶対的な自信を持って言い切った。


三歳児の口から出るにはあまりに傲岸不遜なその言葉も、この少年が纏う圧倒的な魔力の余韻と、その知性を宿した紫の瞳の前では、抗いようのない真実として響く。


「アル。こんな言葉が昔の遠い遠い異国にあるのよ。『()()()()()()()()()』っていうのがね。意味わかるでしょう?」


エマが少しだけ口角を上げ、悪戯っぽく、けれど釘を刺すように言い返した。


彼女は知っている。

自分たちが持つ力が、この世界の理を容易く壊しかねないことを。


だからこそ、その「爪」を隠す重要性を説いたのだ。


しかし、アルフレッドの返答は彼女の予想を遥かに超えた傲慢さを孕んでいた。


「意味は言われなくともわかる。まぁ確かにそれもそうだが、僕達はそれをさらに凌駕した天才だ! それにエマと力を合わせれば倍どころか三倍位になるしね!」


確信に満ちた声だった。


自らの能力、そして双子としての共鳴。


そのすべてを完全に把握し、全肯定するその姿は、重度のナルシストと呼ぶにふさわしいものだったが、彼にはそれを裏付けるだけの「力」があった。


「うわぁ。自分を過信しすぎると痛い目を見るよ。後々にね」


さすがのエマも、あまりの自信満々な態度に少しだけ引き気味の表情を見せる。

だが、アルフレッドはどこ吹く風といった様子で、胸を張った。


「あぁ、痛い目みないようにすればいいだけの話さ!」


アルは向かうところ敵なしといった風情で言い切った、その直後だった。




「アル、エマ! 愛しのお兄様が来たよ〜!」


防音魔法を施したはずの研究室の扉が、凄まじい勢いとともに開け放たれた。


現れたのは、七歳になり、日ごとに次期国王としての風格を増しているはずのシリルだった。


しかし、その顔には威厳のかけらもなく、ただただ弟妹への愛を爆発させた「兄」の顔があった。



「お兄様。まさか今までのお話聞いていらっしゃいませんわよね?」


エマが細い眉をひそめ、疑いの色を隠さない瞳でシリルを射抜く。


その隣では、アルフレッドもまた、先ほどの自信満々な態度をどこへやら、気まずさを隠すように疑念の目で兄を睨みつけていた。


「あぁもちろん聞いていたさ! おかげでアルの可愛い一面を知ることができたよ。扉をいつ開けようかと迷っていたんだけどね、あまりに面白くって、開けるにも開けられなかったんだよ。ごめんごめん」


シリルは腹を抱えて笑い出した。


王太子候補としての仮面は完全に剥がれ落ち、彼はただ一人の「意地悪な兄」として、弟のナルシストな発言を堪能していたのだ。



『お兄様! 聞いていたんですね! ひどい!』


双子の声が、完璧なシンクロ率で重なる。


二人は同時に顔を背け、ぷいっとそっぽを向いた。


「ごめんごめん。でも嘘は言っていないよ? ふふ⋯」


笑い声を必死に抑えようとするが、漏れ出す吐息が余計に双子の神経を逆なでする。




「お兄様なんて()()()よ!」





ついにエマが、決別を告げるような鋭い一言を放った。

その瞬間、アルフレッドの脳裏に警報が鳴り響く。


「ちょっとエマ。流石にそれはお兄様がまずいかも⋯」

エマは一瞬、(一体何がまずいのかしら?)と怪訝そうな顔をしたが、その答えは一秒も経たないうちに、絶叫となって部屋を満たした。


「エマ⋯エマァ! あぁエマがそう思ってるってことは、アルもなんだね⋯。」


急にシリルはうつむいた。


「どうして? どうしてなの? ただ弟妹を可愛いと思って、接しているだけなのに、たくさん愛情を注いできたはずなのに! なんで、最愛の弟妹に嫌われなくてはいけないの?」


シリルは双子に向かって涙目で叫んだ。


「 僕あ、私には無理です! 僕は兄失格だ。弟妹になぜ嫌われるのかがわからないだなんて⋯うわああああん!」


シリルの情緒は一瞬にして崩壊した。


公の場での「私」という一人称と、家族の前での「僕」が混濁し、負の感情たっぷりの感情の濁流とともに、彼はその場に泣き崩れてしまった。


七歳の少年が放つにはあまりに重すぎる、執着に近い愛と悲嘆。


「それ見たことか......だから言ったのに?馬鹿だねぇエマ。わかってたでしょう? お兄様がこうなること。なんで言ったの? 悲しませたくないのに。これ以上負担をかけたくないのに」


アルは、床に突っ伏して泣きじゃくる兄を呆れた目で見つめながら、エマを諭した。

彼の言葉には、単なる呆れ以上の、深い「配慮」が混じっていた。



「ごめんね。お兄様。本当は違うの。お兄様のこと、だ、だいしゅきなのよ!」



エマは慌ててシリルの元へ駆け寄り、その背中にしがみついた。


焦りのあまり大切なところで噛んでしまったが、その必死な様子に、シリルの泣き声が止まる。



「本当なの? 本当に! わあ! 良かった! 嫌われたのかと焦ったよ。うん! 私はねアル、エマ君たちが大好きだよ!」



涙を袖で拭いながら立ち上がったシリルは、先ほどまでの絶望が嘘のように上機嫌な顔に戻っていた。

彼は満足げに頷き、鼻歌混じりに部屋を去っていった。


だが、扉が閉まり、再び二人きりになった瞬間、部屋の温度が数度下がったかのような静寂が訪れた。


「お兄様帰ったよね? エマ。少しお話しないかい? 僕と。」


アルフレッドの顔から、先ほどまでの子供らしい表情が消えていた。


あまりに真剣で、どこか悲痛な影を宿したその横顔に、エマは(何を考えているのかわからない)戸惑いながらも、努めて明るく答えた。


「帰ったわよ! いいよ! お話をしましょう!」



「エマ。あのね、僕はねお母様とお父様そして何よりもお兄様に愛されたくないんだよ。なんなら嫌いになってほしいくらいだ」



無理やり顔の筋肉を動かしたような、歪な笑顔。


その言葉のあまりの冷たさに、エマの心臓が跳ねた。


「どうして? どうしてそんな事を言うの? アル!」


エマの声は、怒りに震えていた。

アルはなぜ愛し合っている家族を、なぜ自ら拒絶しようとするのか。



「あのね、僕達はいつかお別れしないといけないんだよ。みんなと。その時の悲しみが最小限で良いように。僕達にとってもみんなにとってもね。もしそれで感情が揺れて暴走したら、もっと被害を大きくしてしまう」


それは紛れもない真実だった。


「アル......」


エマはアルに近いた。


「僕はそれを()()()()()()んだ! それこそ、大切な家族や国民、家臣を失うかもしれない。僕達のせいで⋯そして、何よりもみんなが僕達を愛せば愛すほど、その分悲しみが大きくなる」



アルフレッドの独白は、三歳児のそれとは思えないほど論理的で、そして絶望的だった。


彼は知っているのだ。

自分たちに宿る「()()()()」という名の力が、あまりに巨大で制御不能であることを。

それはいつか自分たちの器を壊し、周囲のすべてを焼き尽くすかもしれない。


「僕は余命宣告されたようなもの。そんな力を制御しきれず周囲に危害が及ぶ可能性がある危険な王よりも、しっかりとしており、健康なお兄様のほうが次期国王にふさわしいのに、なぜ?」



それはアルフレッドが心の奥底に隠し持っていた、最も暗い問いだった。



今、王宮内では「シリル」と「アルフレッド」のどちらを王太子にするべきかという派閥ができつつある。


王族や三公は中立を守っているが、一部の野心ある者たちが、アルフレッドの規格外の力を利用しようと蠢いている。

その泥沼の争いが、大好きな兄を、そして家族を苦しめていることに、彼は耐えられなかった。


一方のエマは、この王位争いの中心からは外れていた。

()()()()()()

この立場が彼女を守っていたからだ。


そして家族は、エマにこの残酷な現実を知らせないように腐心していた。


「みんなを悲しませたくないのは私も同じ。だけどね、さみしい最後よりも幸せな最後のほうが私はいいと思うのよ⋯」


エマの声が、静かに部屋に響く。


彼女もまた、自分たちの力の危うさを感じていなかったわけではない。


けれど、彼女の結論はアルフレッドとは正反対だった。


「そうだね⋯僕もエマと同じ考えだよ。でも、でもね、みんなを悲しませたくないんだよ。特にお兄様にはね⋯」


アルフレッドはうつむき、拳を握りしめた。


彼は誰よりもシリルを、この家族を愛していた。

愛しているからこそ、自分が消えたあとに彼らが背負う喪失が、耐え難いほど恐ろしかった。


「アルッ!」


エマが叫ぶように名前を呼び、アルフレッドの小さな身体を両手いっぱいに抱きしめた。


「大丈夫。怖くないよ。恐れなくても良い。死なないようにする方法を模索すればいいだけだよ。なんで決めつけるの? まだ、わからないでしょう? 」


エマのその言葉にアルは顔を上げた。


「それにね、アルはアル! 王子とかじゃなくって、私の双子のお兄ちゃん! それに、まだ国民のこと家臣のこと考えなくてもいいよ。だって帝王学や政務、そのうえ社交界デビューもしていない単なる子供なんだから! アル? 自分の歳を忘れた? まだ()()だよ? 私達が生まれたときのお兄様より小さい!」


エマの腕は、震えていた。


けれどその温もりは、アルフレッドの心の底に溜まった冷たい絶望を、一気に溶かしていく。


「王子」として、あるいは「欠陥ある王」としての責任を背負わされそうになっていた彼を、エマは「ただの三歳の男の子」へと引き戻したのだ。


その抱擁の中で、アルフレッドの目から、ようやく子供らしい涙が溢れ出した。

どれほど知能が高くとも、魔力が強大でも、彼はまだ三歳の子供に過ぎない。

エマの言葉は、彼が自分自身にかけていた呪いを解く魔法だった。


この三兄弟の愛は、あまりに強く、深い。


アルフレッドはエマの胸に顔を埋め、生きるための「希望」を、その小さな手の中に強く握りしめた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

明日は20:10更新となります!今後毎日この日程で更新します。(例外を除く)

本作を読み「本作が面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけましたらぜひ【ブックマーク】や【評価★★★★★】で応援してくださると幸いです。

今後とも本作をよろしくお願いいたします!

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