9話
2章開幕です!
あの日、家族五人で川の字になって眠った夜から、二年の月日が流れた。
双子は今、三歳。そして兄シリルは七歳になった。
この二年間で、世界は、そして僕たちの身体は劇的な変化を遂げていた。
一番の、そして最も厄介な変化。
それは、かつて「測定不能」として止まっていた双子のステータス上限が、何の前触れもなく消え去ったことだ。
神の寵愛という名の重力は、底なしの深淵となって双子の魔力を吸い上げ、肥大化させ続けている。
この二年間で、魔力量はかつての1.5倍近くまで跳ね上がった。
「……っ、アル。また、来たわ……」
「……ああ。分かってる、エマ」
共同研究室の奥、山積みの資料に囲まれた場所で、僕たちは互いの手を握りしめる。
双子は生まれた時から、一つの魂を分かち合っているようなものだ。
膨れ上がった魔力が血管を焼き、神経を逆なでするような鋭い痛みが、二人同時に襲いかかる。
普通なら「神の祝福だ、名誉だ」と喜ぶべきことなのだろうが、当人たちにとっては、これほど迷惑なギフトもない。
小さな三歳児の器には、この力はあまりに巨大で、あまりに重すぎるのだ。
最近は、この魔力酔いによる体調不良が日常茶飯事になっていた。
そしてもう一つ。
双子たちテーリア王家の生活を揺るがしているのは、兄シリルの「立太子の儀式」が近づいていることだ。
本来、王族や三公の意志は「第一王子シリルを次期国王に」という形で盤石に固まっていた。
だというのに、双子が「神童」として頭角を現しすぎたせいで、一部の勢力から「双子のどちらかを次期王に!」という声が上がり始めている。
(勘弁してほしいよ、本当に……)
双子は思う。
政治的なセンスや、人を動かすカリスマ、王としての器。
どれをとっても、シリルのほうが数段上だ。
そして何よりも双子は純粋な強さだが、シリルはそれに自分を守る力や臨機応変に対応できるといった力がある。
これは双子にはない。
二人は政治や社交といった、泥臭い人付き合いよりも、魔法陣の美しさに浸り、剣を振るっているほうがよほど性分に合っている。
さらに追い打ちをかけるように、兄シリルの「婚約」の話が持ち上がっていた。
双子には、近いうちに「義理の姉」ができるらしい。
「アル、エマ。いるかな?」
不意に、部屋の扉の向こうから、聞き慣れた、けれど少しだけ疲れの混じった声が響く。
シリルだ。
女王オフィーリアと王配ヴァルドの配慮により、僕たち三兄弟にはそれぞれ専用の研究室が与えられていた。
場所は、王城の中。
正確には魔術師団と騎士団の詰め所の中間地点という、城内で最も警備が厳重で、かつ魔力の干渉を受け
にくい要所にある。
アルとエマは一緒がいいと希望したため、ここ共同研究室は、今や迷宮のようになっていた。
『お兄様!』
双子は満面の笑みで振り返った。
「相変わらず、すごいことになってるね。どうやってそこまで行こうかなぁ?」
シリルがドアの隙間から苦笑いを浮かべている。
今、この部屋は禁書庫から持ち出された古書、そして僕たちが描き殴った複雑怪奇な「魔法陣」が記された羊皮紙の山に占拠されていた。
一歩踏み出そうにも、足の踏み場すら見えない。
「ちょっとお待ちください!『浮遊魔法』……」
エマは浮遊魔法で羊皮紙や古書を浮かせ左右に積み重ねたり空中に浮かせたりして道を作った。
「今、何をしてるの? アル、エマ」
お兄様は不思議そうに首を傾げ、道の先まで歩いてきた。
「僕は体術に関する身体強化魔法の研究だよ。魔力をどの回路で流せば、最も筋肉に負担をかけず効率よく動けるか、その魔法陣の最適化をしてるんだ。」
「私は全属性の基礎魔法ですわ。少ない魔力で威力を最大化させる魔法陣を研究しているのですが……威力調節が難しくて、すぐに暴発しそうになるのです」
三歳児が語る内容ではない。
だが、シリルはそれを当然のように受け入れる。
「忙しそうだね。僕はね……最近は人脈作りを頑張ってるよ。特別な魔法の研究もしたいけれど、立太子の儀式の準備やら、帝王学の教育やらで、全然時間が足りないんだ。」
最近シリルは双子のもとへ足を運ぶ時間がないらしい。
「……だからこそ、君たちの癒やしが必要なんだ! あぁ、今日も二人のほっぺたはぷにぷにで可愛いね!」
そう言うなり、シリルは双子の間に座り込み、両手で僕たちの頬を揉み始めた。
外では冷徹なまでに完璧な王太子候補。
けれど、ここだけでは、彼はただの「弟妹大好きなお兄ちゃん」に戻る。
『お兄様、研究の邪魔です』
双子は同時に、無表情で告げた。
「そんなこと言わないでよ。お兄様は悲しいんだから。頼むから、もっと子供っぽくしてよ……」
それは切実な、兄としての願いだった。
シリルもそうだが、この三兄弟は、精神も知識も、魔力すらも周囲の大人を凌駕している。
同年代の子供と話が合うはずもなく、孤独は深まるばかり。
まさしく、「天才は孤独」その言葉は三兄弟のためだと言ってるかのよう。
だからこそ、三兄弟の「ブラコン・シスコン」は悪化の一途を辿り、両親の「親バカ」もまた、歯止めが効かなくなっていた。
「シリル様〜! どこですか? 陛下が探しておられますよ〜!」
遠くから、侍女の声が響く。
「げっ。もう呼ばれたのか。ハァ……この幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。」
後半は、シリルの本音だった。
彼が背負わされている重圧の片鱗が見え、アルとエマはアイコンタクトを取った。
(……たまには、お兄様を甘やかしてあげようか)
「お兄様。今日、私たちの部屋に来て一緒に寝ない? ……なんだか、寂しいのよ。」
エマが小首を傾げ、あざとくおねだりをする。
「寂しいは言い過ぎだ、エマ⋯」
アルは呆れて呟いたが、シリルの反応は劇的だった。
「いいのかい!? やったぁ! 急ピッチで仕事を片付けてくるよ!」
シリルは一度退室しようとしてから、猛スピードで戻ってきて、双子に満面の笑みを向けて駆け出していった。
バタン!!
扉が閉まる。
「やっと帰ったね。」
「そうだね、アル。続きをしましょうか」
双子は再び魔法陣の記述に戻った。
それから四、五時間が経過した頃。
「アルフレッド様、エメライン様。シリル様が恐ろしいスピードで全公務を片付けられ、現在は自室でお待ちです。『早く晩ご飯に行こう、研究はほどほどにして』とのことですわ。」
声をかけてきたのは、侍女長ベアトリス・エルザ・ベルモントだ。
お祖母様の侍女を務め、女王の乳母でもあった彼女は、王宮内でも別格の存在。
そんな彼女にだけは、僕たちも少しだけ顔を引きつらせながら、無理やり笑顔を作った。
「わかったよ、エルザ。今、行くよ」
「だってよ、エマ。もう終わりだ」
「ええ。まさか、本当にお兄様が全部終わらせてしまうなんて……」
自室へ戻ると、そこには今か今かと待ち構えるシリルの姿があった。
「待ってたよ! 僕の可愛いアル、エマ! 君たちを待つ時間が、世界で一番退屈だよ。さあ、お母様とお父様が待っている。行こう!」
お兄様は僕たちの両手をしっかりと握り、食堂へと歩き出した。
その背中は、二年前よりも少しだけ大きく、頼もしく見えた。
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