8話
謁見の間を支配していたのは、息が詰まるほどの静寂だった。
「王命よ。シリル、言いなさい」
母オフィーリアの氷のような声が、シリルの心臓をわし掴みにする。
その背後では、父ヴァルドが元軍人としての鋭い威圧感を放ち、微動だにせず息子を見据えていた。
シリルに逃げ場はない。
両親の背後に控える三公の重鎮たちは、この幼き第一王子がどう釈明するか、その一挙手一投足を、冷徹なまでの観察眼で見つめている。
シリルは、震える膝に力を込め、深く、深く深呼吸をした。肺の奥まで冷たい空気を吸い込み、覚悟を決める。
(嘘は言わない。けれど、すべてをさらけ出すわけにもいかない……!どこまで言えば良いんだ!)
シリルは顔を上げ、両親の瞳を真っ直ぐに見返した。
「……怒らないでくださいね?お母様、お父様。簡潔に言います」
シリルの声は、5歳児とは思えないほど理知的で、沈着だった。
「僕達は三人で王城の端の地下に密かに魔法を使い、秘密の訓練場を作っていました。」
僅かにオフィーリアの顔色が変わった。
「そして、アルが最近知った魔法の実験を三人で『かくれんぼ』と偽り、練習していました。」
シリルは力を振り絞って言った。
「ほぅ?」
ヴァルドが言った。
シリルが震える。
「アルとエマは天才ですから、その威力は計り知れないのです。なので、既存の訓練場で行うには危険が伴いすぎました。僕が監督し、万が一に備えていましたが……アルが三度連続で極地魔法を放った際、想定を遥かに超える衝撃で訓練場が崩壊寸前の状態になりました。」
シリルは声を振り絞り話した。
「なんですって?」
オフィーリアの声が飛んできた。
シリルは一瞬顔を伏せた。
「僕が全魔力を投じた防御魔法で崩壊こそ免れましたが、エマはその破壊の余波に本能的な恐怖を感じ、魔力暴走の予兆を見せてしまったのです。……そしてそのまま帰ってきたら、この大騒ぎになっていました。以上です」
視線を泳がせながらも、シリルは論理的に、かつ「子供の冒険」の範疇に収まるよう情報を整理して説明した。
だが、その内容を聞いた「三公」たちは、内心で疑問を思わずにはいられなかった。
(……秘密の訓練場を、自力で? 王城の結界に気づかれずに?)
(……極地魔法を三連発? 一歳児が?)
(……崩落を一人で食い止めた第一王子の防御魔法だと? 規格外にも程がある……!)
あまりに浮世離れした子供たちのスペックに、三公の重鎮たちは驚愕し、互いに顔を見合わせて冷や汗を拭った。
「はぁ〜。そういうことか⋯⋯」
沈黙を破ったのは、父ヴァルドの溜息だった。
その声からは、先ほどまでの「王配」としての鋭さが消え、一人の「父親」としての困惑が漏れ出していた。
「……リカ、どうする?」
リアムは、隣で泣き止まないアルを抱っこしてあやしていたオフィーリアに、柔らかい口調で問いかけた。
その呼び名は、政務の場では決して使われない、夫婦の深い信頼の証だった。
「シリルが言っていることは、論理的に矛盾していませんね。正しいと思います」
オフィーリアは、呆れた顔でシリルを見つめた。
その瞳には、もはや怒りではなく、深い慈しみと安堵が宿っていた。
「三公の皆様、騒がせて申し訳ありません。これは我が家の問題ですわ。……下がってよろしくてよ。」
王妃のその一言で、重鎮たちは一斉に礼をして退室した。
重厚な扉が閉まり、謁見の間が「家族だけの空間」になった瞬間、オフィーリアの仮面が剥がれ落ちた。
「シリル。私は、あなたが秘密にしていたことを怒っているのではありません。」
彼女はアルを腕に抱いたまま、一歩、また一歩とシリルに歩み寄る。
「お願いだから、一言……誰でもいいのよ。侍女でもヘレナでも、騎士でもいい。誰かに『帰りが遅くなります』と、その一言を言ってくれていればよかったの。お願いよ。もうこれ以上、私たちを心配させないでちょうだい。」
オフィーリアの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「私は、あなた達を愛しているのよ……。失うのが、怖くてたまらないの……!」
その叫びは、王妃のものではなく、一人の母親の切実な祈りだった。
シリルの中で、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
「ごめんなさっい! ひっく⋯⋯うああああん!」
シリルは叫ぶように泣き出した。
王子として、兄として、完璧であらねばならないと自分を律してきた緊張が、母の愛に溶かされ、子供らしい嗚咽となって溢れ出す。
この状況で泣かないほうが無理だろう。
シリルは母のドレスに顔を埋め、泣きじゃくった。
「ふふ……ねぇリアム。あなたの若い頃にそっくりね」
涙を拭いながら、オフィーリアが夫に微笑みかけた。
「うるさいなぁ。子どもたちには黙っとくって約束だったのに」
リアムは真っ赤になって顔を背けた。
若かりし頃に「無茶な修行」で実家の一部を半壊させ、ヴァルドは父親にこっぴどく叱られた過去があったのだ。
「シリル、お前も『王家の血』には抗えなかったようだな。」
父の照れ隠しの言葉に、シリルは涙を拭いながら、少しだけ笑った。
その後、謁見の間の冷たい空気は完全に消え去り、家族はアルとエマの部屋へと移動した。
道中、訓練の時の様子を「あんなにすごい魔法だったんだよ!」と、シリルが身振り手振りで話し、リアムが「俺の若い頃はもっと派手だったぞ」と自慢話をしていた。
そんな他愛もない会話が、今は何よりも愛おしかった。
その夜、五人はアルとエマの部屋で一緒に寝ることになった。
この部屋は特別だった。
万が一、双子の体調が急変しても、あらゆる応急処置ができる最新の魔道具や設備が備え付けられてい
る。
広大な部屋に並ぶそれらの設備は、両親がどれほど「この子たちが死んでしまうのではないか」という恐怖と闘い、備えてきたかの証でもあった。
「今日はここで、みんなで寝よう。……もうどこへも行かせないからね」
オフィーリアが大きなベッドの真ん中にシリルを招き入れる。
片側には、眠りから覚め、お祖母様に連れられて戻ってきたエマ。
もう片側には、母の腕で再び寝息を立て始めたアル。
その両端を、リアムとオフィーリアが大きな体で包み込むように横たわった。
「お父様、お母様……温かいね」
エマが小さな声で呟く。
「ああ。世界で一番、安全な場所だ」
シリルは両親の温もりと、弟妹の柔らかな気配に包まれ、静かに目を閉じた。
今日体験した恐怖は、まだ心の片隅に残っている。
改めて両親の温かさは偉大だなと思う3兄妹であった。
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