第五話 次の日起きた時の、そう快感が違うのうよね~
布問屋を出た後、当初の目的だったデートに戻った二人は、リベルタが大好きなカフェへ行くことにした。
この店は、ある貴族が自領の果物を売り出すべく王都に出した店で、たっぷりフルーツを売りにしている。
今日は新作のケーキをお目当てに来てみたのだが、リベルタの視線をくぎ付けにしたのは赤いイチゴでも、エメラルド色のマスカットでもなかった。
それは、糸飴。材料は砂糖と水を煮て溶かし、フォークなどの先に付けて振ると糸のような細い飴細工が出来る。
それが折り重なってキラキラと輝き、美しい飾りとなっていた。
ただ、リベルタが糸飴に興味を抱いたのは、別の理由がある。
――確か、こんな構造のマットレスだった気がする。
前世で使っていた物は、なかなかなお値段だった為、ネットでポチッと購入ボタンを押すまでに何度も調べたのだ。
ウレタン素材ではなく、糸のようなファイバー素材を複雑に絡み合わせて作ることで、洗う事も出来る優れモノ。
前世、推しの為に働き続け、短い睡眠時間で体力を回復せざるを得なかった彼女を守った特級アイテム。
よく考えてみれば、推しグッズ以外に金を使ったのは、この寝具だけかもしれない。
――次の日起きた時の、そう快感が違うのうよね~。
リベルタは、あのマットをトワレにあげたが喜ぶだろうなと思った。
そう考えだすと、絶対に作り上げなければならないと結論付けられることになる。
今ある自然素材の糸を加工して、同じような構造で組み上げれば、似た物が出来るのではないか?
科学技術は前世には劣るが、この世界には魔法がある。
――私に出来るかしら?いえ、出来るように頑張らないといけないのよね。
リベルタが、ツンツンツンと糸飴を突くと、フォークの先が当たった瞬間パラパラと崩れ落ちた。
細くて硬くて脆いからだ。
――ある程度の柔らかさと、体を支えられるだけの硬さが必要ね。そうなると……。
考え出すと、アイディアが形になるまでリベルタは無口になる。
折角目の前に大好きなシャイネンがいるというのに、リベルタは、ずっとフォークで糸飴を突いている。
普通の男なら、放って置かないでくれと文句の一つも出るだろう。
しかし、シャイネンは、リベルタが自由に発想を飛ばしている時に見せるキラキラと輝く瞳が好きなのだ。
自分に向かって一心に愛を注いでくれるリベルタも、研究に邁進するリベルタも、どちらも良い女で甲乙つけがたい。
周りの音が消えてしまうほど何かに没頭できるというのは、才能の一種だろう。
シャイネンは、紅茶の入ったカップを手に取ると、スーッと鼻から息を吸って香りを楽しんだ。
彼の選んだ柑橘系のケーキに合わせ、店員が勧めてくれたのは同じ柑橘系の精油で香り付けした紅茶だった。
ベースとなる茶葉は三種類あると言われたが、その中ですっきりとした味わいの物を選んだ。
大人な彼の口には、甘すぎるケーキのお供に丁度良い。
一方リベルタが選んだのは、フルーツが盛沢山な店一番の人気ケーキ。
イチゴにマスカットに桃が載っている。
季節が全く合わない果物を新鮮な状態で用意できるという事は、きっと何かしら秘密があるのだろう。
ただ、門外不出とされた秘儀故に、誰も知ることは無い。
もしここで、シャイネンがリベルタに聞いていたら、簡単に答えたことだろう。
『それは、ハウス栽培ですね』と。
前世では当たり前のように行われていたビニールハウスだが、こちらでは、最高機密。
もし店員に聞かれていれば、その場で取り押さえられて、秘密裏に領地へ連れていかれ尋問されていたことだろう。
なにせ、この店は、その領のアンテナショップ兼情報収集拠点でもあるのだから。
シャイネンの思慮深さのお陰で起こらなかった騒動は、今回だけではない。
彼は分かっているのだ。
下手にリベルタに質問すると、想像以上、いや、桁違いの情報が特売セールの値切り品以下の軽さで大盤振る舞いされることを。
こうして、自爆系喪女の扱いを知り尽くす男は、優しい微笑みを浮かべながら愛しい婚約者を眺めて紅茶を飲むという最高の時間を過ごしていた。
そして、その光景を眺める女性客達からは、感嘆の溜息が漏れている。
中身がいかに残念だろうとも、リベルタは特大級美乳を持った垂れ目美少女なのだ。
それを眺める赤髪の大人美形マッチョなど、拝んでもお釣りがくる組み合わせだ。
「はぁ……素敵」
「こら、声を出さないの」
その場にいる客全員が変な仲間意識で繋がり、リベルタとシャイネンの静かな時間を守ってくれている。
別の言い方をすれば、聞き耳を立てていたと言って良い。
そんな彼女達の耳に、
「ん~、難しいけど出来ないこともなさそう……」
と言うリベルタの声が聞こえてきた。
声まで可愛いとは、反則である。
そんな周りの思いなど関係なく、自分の中である程度の構想が出来上がったリベルタは、少し温くなりはじめた紅茶を一口飲んだ。
「あぁ……いつ来ても、本当に美味しい」
彼女が好んで飲むのは、高地産の希少な紅茶。華やかな香りと程よい渋みが特徴で、甘いケーキによく合う。
「トワレにも、お土産に持って帰らないと」
「それは、既に注文してありますよ。フローラお義母様やカバロお義父様の分も忘れずにね」
「流石シャイネン先生!」
プルンプルンの胸元の前で、小さく拍手したリベルタは、心置きなくケーキを食べ始めた。
二人して、完全にクルーガーの事を忘れていることに気付いていなかった。




