第六話 私の分を分けてあげるから、だまらっしゃい!
そろそろ日が傾き始め、暗くなる前にシャイネンはリベルタをベリッシモ伯爵家へと送り届けた。
無論手土産のケーキ付で。
しかし、一人の男が、このことに対して不満をぶちまけた。
「あり得なくないですか?リベルタは分かりますけど、シャイネン先生まで俺の事を忘れるだなんて」
自分の分だけケーキを買ってもらえなかったクルーガーは、本気で怒っていた。
仕事が忙し過ぎて、なかなかトワレと会話もできない彼は、かなりお疲れモードだった。
そこに甘味が届いたとなれば、喜ばないわけがない。
それなのに、美しいケーキのどれを食べようかと悩んでいたら、お前の分は無いと言われたのだ。
「いや、すまない。君を最近見かけないものだから、出張に行っているのかと思っていたよ」
捻りだした言い訳も、シャイネンの気まずげな表情を見れば嘘だと分かる。
「本気で、忘れてましたね?」
その問いに答えられないのは、YESと言っているのも同然だ。
いつもなら、ここでトワレが出てきて、まぁまぁと馬を宥めるようにクルーガーを大人しくさせてくれるはずだった。
しかし、丁度トワレが検診の為にフローラに付き添ってもらい病院へ行っている最中。
残念ながら、ストッパーは居ない。
そんな中、リベルタの父カバロは、自分の分がちゃんと買われていたことで、シャイネンに対する好感度を爆上げしていた。
クルーガーがごねればごねるだけ、ニコニコが増していくのは気のせいではないだろう。
「紅茶でも淹れてもらおうかねぇ」
などと、更にクルーガーの怒りに油を注ぐようなことまでしてくる。
普段無口なくせに、こんな時だけ多弁になるのは止めて欲しい。
仕方なく、リベルタは立ち上がることにした。
大好きなシャイネンが叱られるなどという状況は、さっさと切り上げなければならない。
「もぉ、男の癖に小さいんだから!私の分を分けてあげるから、だまらっしゃい!」
リベルタは、マジックバッグに手を突っ込むと、ケーキの箱を取り出した。
しかも、何箱も。開けてみると、店で売っていたケーキが全種類入っている。
しかも、全て五個ずつ。
「お前、コレ、全部自分で食べるつもりだったのかよ」
「失礼ね。一日じゃ食べきれないわよ」
「いや、毎日食べても一か月分くらいあるだろ」
部屋中に立ち込める甘い匂いに、クルーガーは、落ち着きを取り戻した。
良く考えてみれば、そんなにケーキが好きなわけでもない。
「ほら、選んで」
「いや、いい」
「なに?まだ拗ねてるの?」
「見ただけで胸焼けしてきた」
クルーガーは、胸のあたりを押さえると、近くにあった椅子に座った。
「悪い、ちょっとイライラしてた」
どうやら、仕事で問題が起きているらしく、一人で解決するには荷が重いようだ。
こんな時、長く生きた者の言葉は千金に値することがある。
「クルーガー君、少し私に話をしてみるかい?」
メイドに紅茶を淹れてもらい、大好きなイチゴショートケーキを食べるカバロが、クルーガーに声を掛けた。
見た目はリベルタの父とは思えない程物静かで、どちらかと言うと学者のように見える。
「すみません、ベリッシモ伯爵。その……実は……」
クルーガーが言うには、マジックバッグの特許を巡り、再び軍が動き出したようだ。
国益に通じる画期的な技術は、国が管理すべきだという訳の分からない理論を持ち出し、議題として提出してしまっている。
これを議会が承認するかは分からないが、あまり良い話ではない。
現在、マジックバッグに関しては、トワレの親族を雇用することで秘密を守りつつ量産する体制を整えている。
トワレとクルーガーが立ちあげた新しい商会の一番のドル箱商品と言って良い。
それを取り上げられることも痛いが、軍用に利用されることも業腹だ。
「俺達は、そんなことの為に、あれを作ったんじゃありません」
唇を噛んで下を向くクルーガーに、唇に生クリームを付けたカバロが深く頷いた。
「そうだね。本当に、その通りだ」
娘が大好きなカバロは、彼女の自由を遮る者を絶対に許さないという確固たる信念がある。
もしマジックバッグを軍用利用などされれば、リベルタが嘆き悲しむことは目に見えている。
「クルーガー君。マジックバッグの件は、議題が議会へ提出されただけなんだよね?」
「はい、俺も普段から情報を流してもらっている人物から教えてもらったばかりなので、採決までは時間があると思います」
クルーガーは、腹黒だけに情報収集も腹黒だ。学生時代から弱みを握っては、色々な人間に情報を流させている。
一応見返りも渡しているようだからギブアンドテイクなのかもしれないが、クルーガーに目を付けられれば逃げられないと言った方が正しかったりする。
「その人も可哀想ね」
リベルタのこぼした一言は、あながち間違ってはいなかった。




