第三十一話 前編
「本当に楽しい時間だったわ。二人の結婚式には必ず行きますから、招待状を忘れないでね」
ステラとジェンナイオ、そして八人の子供達が総出でお見送りに来てくれて、リベルタは少し涙目になっていた。
「はい、必ず。ステラお義姉様、ジェンナイオお義兄様、そして皆、また会える日を楽しみにしています」
ソーレ王国の国王夫妻だけでなく、その子供達一人一人にハグをして回ったリベルタは、シャイネンの元へ戻ってくると何故かシャイネンにまでハグをした。
「まぁまぁ、私の義妹は甘えん坊ね」
婚約者に抱きつかれ顔を真っ赤にするシャイネンを見て、ステラは温かな気持ちになる。
初めてステラがシャイネンを抱き上げた時、小さな赤子は母から離された事に気付いているのか、グズグズと泣き続けて何かを探すように両手を前に突き出していた。その切ない行動に、家族全員が涙したことは言うまでもない。
そして、時間が経つほどにナーハフォルガー公爵家に慣れてきたシャイネンは、それでも年相応の我儘を言う事も出来ない悟った子供になっていた。
その事を感じていた家族は、シャイネンが求めるよりも先に溺れそうな程の愛情を注ぐことで彼の心を守ろうとしたのだが、もう、そんな心配は必要なさそうだった。
オイオイと泣くリベルタの流れ落ちる涙を、甲斐甲斐しくハンカチで拭きとってやるシャイネンの表情が、今まで見たことがない程優しくて柔らかいからだ。その一つをとっても、彼がリベルタを心底愛しているのが見て取れた。
「リベルタさん、シャイネンを宜しくね」
「はい、嫌だと言われても手放しません」
シャイネンの腰にしがみ付いて、リベルタは特大の笑顔を見せた。それは、周りまでも明るく照らすような爽やかさで、それを見た面々は自然と口角が上がっていく。
それは、クオーレも同じことで、ここ最近沈みがちだった気持ちが全て晴れ渡ったような微笑みを浮かべていた。
今日リベルタ達は、ソーレ王国を離れてフリーデン王国へと帰る。
しかし、クオーレが立っているのは、リベルタ達の対面だった。彼女は、ソーレ王国の騎士団に請われて、暫くの間訓練に参加するらしい。彼女がお茶会で見せた機転とその後の訓練参加で披露した魔法と武術の合わせ技が、騎士団メンバーの心を鷲掴みにしたらしい。
そして、数週間滞在した後、彼女は当初予定していた留学先に、ソーレ王国から向かう事になっていた。
「クオーレ、留学前にテリブル侯爵家の皆様に会いに帰らなくて良いの?」
リベルタの質問にも、クオーレは、全く心が揺るがないらしい。
「既に手紙で知らせてありますし、義兄の一人が留学している所でもあるので、皆安心して送り出してくれるようです」
「そう……でも、寂しくなるわ」
この旅で、色々あったがクオーレの脳筋さと純粋さは、何故か憎めない愛嬌があった。
その一方で、心から友達を求めているのに得ることが出来なかった過去故に、彼女はリベルタとトワレの関係に憧れ過ぎていた。アレは、普通ではないという事を教えてくれる人間が誰も居なかったこと原因の一つだろう。
しかし、今のクオーレに焦りはない。自分も、ちゃんとリベルタ達の仲間だと分かっているし、今後、自分にも半身と言えるような友が出来る可能性があると信じている。
「次に会う時は、私の新しい『ずっ友』を紹介いたしますわ。その時は、一緒にヌン活しましょうね」
リベルタから『ずっと友達』は『ずっ友』、『ヌン活』は『アフタヌーンティー活動』であると教えられたクオーレは、何かと短縮言葉を連発する。余程気に入ったのだろうが、ソーレ王国の面々は、意味不明な言葉を話し出した彼女を心配そうに見つめていた。
張本人であるリベルタも気まずそうな表情を浮かべるが、クオーレが楽しそうなので、そのままスルーすることに決めたようだ。
「それじゃぁ、皆さま、ごきげんよう」
名残惜しい別れの場をバッサリと切って馬車に乗り込むリベルタに、シャイネンは、苦笑しながら付いていく。そして、馬車のドアを閉める前に、ステラに向かって声を掛けた。
「姉上、ありがとうございました」
それは、今回の滞在に関しての感謝だけではない思いが込められていた。
幼い頃、自分の置かれた状況に耐え切れず、ナーハフォルガー公爵家の使われていない部屋に潜んで泣いていると、必ずと言って良い程ステラが見つけてくれた。そして、訳も聞かずに抱きしめて、ポンポンと背中を優しく叩いてくれた。無理に涙を止めなくていいと言ってくれたステラにすがり、声を上げて泣いたのは一度や二度ではない。
「もぉ……最後に泣かさないでよ」
ステラは流れ落ちる涙をハンカチで拭った。横に立っているジェンナイオは、そんな彼女の肩を抱く。常に前に進み続ける妻を、彼は影日向となって支えているのだ。これもまた、一つの夫婦の形なのだろう。
そして、今、トワレとクルーガー夫妻の形も変わりつつあった。御者台に乗るのはクルーガー一人。トワレは、馬車の中にあるベッドの上で寝かされている。多少の運動は必要だろうが、帰るまでは言う事を聞いてくれと夫に懇願されたからだ。
「全然大丈夫なのに」
まだ午前中なのに、布団から顔だけを出しているトワレは、不服そうに唇を尖らせている。
「トワレ、それは、愛されている証拠でしょ?」
リベルタが珍しく諭すと、益々眉間に皴が寄った。
「貴女に説教される日が来るとは思ってもいなかったわ」
「あら失礼ね。これはアドバイスよ」
「違うわ。説教はダメ出しで、アドバイスは役立つ情報を伝える事よ」
「じゃぁ、私からのアドバイス。使える者は、親でも使えよ」
「既に使い倒しているわ」
「あ……そうだったわね」
変に納得したリベルタに、やっとトワレが笑った。
「何よ、ちゃんと言い返してよ」
「だって、あれ以上お父様を使ったら、早死にしそうだもの」
「それは、困るわね」
「でしょ?」
クスクス笑いあった二人は、最後に手を握り合った。
「トワレ、仕方ないから私が使われてあげるわ」
「リベルタ、貴女に頼むと二度手間になりそうだから、止めておくわ」
「ちょっと、ここ感動的なとこ」
二人のやり取りを横で見ていたシャイネンは、この時間だけは流石の自分でも割って入ることは出来ないなと思った。




