第二十九話 前編
「ようこそ我が国へ」
王の横に並んで座り、聖母のような眼差しをリベルタ達に向けるのは、ソーレ王国の王妃となったナーハフォルガー公爵家の長女ステラだ。美貌もさることながら、体から発せられる覇気が隣で座る国王より勝るというのは、どういう事なのだろう?
彼女の夫ジェンナイオは、そんな妻を頼もしそうに見上げている。留学時代に一目ぼれして以来、彼の目には妻しか映っていないようだ。この才女をどうやって落としたのかは分からないが、彼の人生で最も称賛されるべき偉業なのは間違いない。
ステラがソーレ王国に嫁いで以来、貿易も内政も、全てが右肩上がり。国民の幸福度が高い国の筆頭に名をあげられるまでに成長を遂げている。
ただ、本当の意味で注視しなけらばならないのは、ステラが改革をやりやすいように裏で露払いをしているジェンナイオの献身さだ。己が褒め称えられることよりも、妻が輝く方が何十倍も嬉しいらしい。
そして、その事はステラ自身が一番良く分かっている。
「こちらが、私の愛する夫、ジェンナイオです」
自慢げに夫を紹介するステラの微笑みは、彼への愛情で満ち溢れていた。
――なんて素敵なご夫婦なのかしら。
互いの長所を生かし合い、国の繁栄と自分達の幸せも両立する二人は国民からも愛されている存在だ。そんな二人に憧れるなと言うほうが難しい。リベルタは、目を輝かせながら壇上を見上げた。
普通なら一国の王と王妃との会見は、このままの形で執り行われるはずだ。
しかし、ステラは夫に視線を向けた後、自ら立ち上がりリベルタの元へと降りてくる。そして、リベルタの前に立つと、両手を広げて抱きしめた。
「ありがとう、リベルタさん」
その一言に込められた意味は、愛に満ちている。
王弟としての身分を隠して生きていかざるを得なかったシャイネンが、自らの幸せを諦めていたことは、ナーハフォルガー公爵家の皆は薄々感じていた。
しかし、本人の決意を外野が変えることなど出来ず、見守るしかなかったのだ。
それが、リベルタ・ベリッシモという少女と出会ったことで、恋をし、愛することを知り、永遠を共にする決意をした。
「貴女は、もう私の妹よ。もしシャイネンと喧嘩するようなことがあったら、いつでも我が国に家出して来なさい。いつでも大歓迎よ」
特大級の後ろ盾を得たリベルタだが、事の重要さよりもステラから香る甘い匂いが気になって仕方ない。砂糖を焦がしたキャラメルのような香りは、甘いもの好きの彼女を夢中にさせる。
スースース―
鼻をステラの胸に押し付け、深呼吸をする爆乳美女の何という怪しさ。
自分の匂いを嗅ぐリベルタに気付いたステラも、引き離すべきかどうか一瞬躊躇う。
そこで唯一動いたのは、やはりと言うべきか、トワレだった。
「リベルタ!離れなさい!」
慣れた手つきで首根っこを掴むと、グッと後ろに引っ張る。そして、名残惜し気に両手をステラへと伸ばすリベルタの頭を、ポカッと軽くたたいた。
「止めなさい」
「でも、凄く美味しそうな良い匂いがして」
「だからと言って、やっていい事といけないことがあります!謝りなさい!」
ダメな子を叱る母のようなトワレの物言いに、緊迫感が走った護衛すら笑顔に変わる。
そして、一番の被害者でもあるステラが笑いだせば、誰もリベルタを責めることなど出来ない。
「ふふふふふ、そんなに怒らなくても大丈夫よ。貴女は……トワレ・シュクセ男爵令嬢ね?今を時めく若手実業家にお会いできて光栄だわ」
ステラに右手を差し出され、トワレは慌てて右手をスカートで拭いた。手汗が付いては失礼と感じたからだ。そして、恭しくステラの指先に触れて首を垂れた。
「勿体ないお言葉。お会いできて、大変光栄でございます」
そう言葉を口にしながら、トワレがカラカラに喉が渇くのを感じた。どれだけ親しそうに声を掛けられたとしても、相手は一国の王妃。平民出身の男爵令嬢が会えるだけでも奇跡なのだ。
ガチガチに緊張して顔色すら悪くなってしまったトワレに、ステラは優しく微笑んだ。
「あら、困ったわ。可愛い義妹の親友に、警戒されてしまったかしら?」
「いいえ、そんなことはございません。ただ、このような場は不慣れなため、少し緊張しております」
嘘を言っても仕方ないと思ったトワレは、正直に気持ちを語った。それが逆に好感度を上げたらしく、ステラは、夫を振り返って代替案を出してくれた。
「では、もう少し話しやすい所へ行きましょう。貴方、私達の家に、可愛いお客様たちをお誘いしてもいいかしら?」
それは、王と王妃だけが入ることを許される王宮の最奥部分への入室許可を取り付けるものだった。どんな大国の使者が来ても許可されない待遇に、脳の処理能力が追い付かなかったトワレが気を失ったのは致し方ない事だった。




