二十八話 後編
石畳の上をカタカタと音を立てながら進む巨大な漆黒の馬車は、ソーレ王国の人々の視線を集めていた。小さな子供は母親にくっつきながら、驚きに目を丸くしている。
自分達が注目されていることにトワレ達も気づいてはいたが、活気ある街の風景に、それどころではない。
「流石は、ステラ王妃のお膝元ね」
御者台から街を見下ろしながら、トワレが感慨深げに呟いた。小さな町ではあるが、道幅も大きくとられており、他国との交易が盛んなことが見て取れる。両脇に並ぶ商店も多種多様で、店先に並ぶ果物なども新鮮そのもの。後で街歩きをするのが楽しみになる光景だった。
リベルタも、クオーレと並んで窓から外を眺めていた。突然のクオーレの留学話でしんみりとしてしまったリベルタだが、今は初めて見る町の華やかな雰囲気に目を輝かせている。
それは、クオーレも同じことで、二人は何度も顔を見合わせながら珍しい物を見つけると指を差して互いに教え合った。
その中でも、大きな酒屋の前に吊り下げられた針葉樹の葉を使って作った丸い玉にクオーレが食いつく。
「リベルタ……あの大きな丸い玉は、何でしょうか?」
クオーレが指さした先を見て、リベルタは固まった。
――アレは、杉玉だわ。
前世では知識としてしか知らなかった物が、今現実に目の前にぶら下がっている不思議な感覚に、リベルタは口を閉じるのも忘れて呆然と見上げた。
針の様に細い杉の葉を束ねて丸く形を整えた物を、日本酒の酒蔵等が店先に吊るすのだ。それは、酒林とも呼ばれるもので、新酒が出来たことを知らせる目印だったりする。
――ソーレ王国には、日本酒が存在するの? と、いう事は、お米も……。
以前ナーハフォルガー公爵家長男の妻であるアイリスから、ジュポーネ王国には、日本でなじみのある食材が存在することは教えてもらっていた。
しかし、気軽に行ける距離ではなく、船に乗って海を渡らなければならない。トワレが流通網を整えジュポーネ王国との貿易を視野に動き出してはいるが、今すぐ欲しい物が手に入るわけではないのだ。
もし、ソーレ王国でコメの栽培がされているのであれば、大量購入一択だ。鼻息の荒くなったリベルタは、窓ガラスにベタリとおでこを付けて外の杉玉を凝視する。そして、その店の門構えや立地状況を記憶し、必ず帰るまでに店を訪問するぞと心に決めた。
「リベルタ……どうかしたの?」
「クオーレ、ありがとう。貴女は、私の命の恩人よ」
「ちょっと、言っている意味が良く分からないのだけど」
困惑するクオーレに満面の笑みを向けるリベルタは、この時自分の考え違いに気付いていなかった。
実は、日本酒にする酒米と主食とする米とは種類が違う。しかも酒造りに特化した米の生産量は、前世でも全生産量の2%と言われるほど少なかった。無論、それはこの世界でも同じことで、見も知らぬ娘が突然買いたいと言って売ってもらえるような代物ではない。
「はぁ……楽しみだわ」
炊き立ての白米を食べる想像をして口の中を涎まみれにしているリベルタには悪いが、普通に炊いてもパサパサしていて美味しい物ではない。酒にして初めて真価を発揮する酒米は、ソーレに於いても手厚い保護を受けている。
宿屋についた後、その事を知っていたトワレに事情を聴き、リベルタが床に倒れ込んだことは言うまでもない。
「やだやだやだやだ、食べたいの~~~!」
久しぶりに床を転げ回ろうとしたリベルタだったが、大きな胸が邪魔で無理だった。仕方ないので手足をバタつかせたが、そんな事くらいでトワレが動いてくれるはずもない。
とうとう見かねたシャイネンが、
「ステラ姉上に、聞いてみましょう」
と言ってはくれたが、トワレに、
「甘やかしては、今後大変になるのはシャイネン先生ですよ」
と言われて話は流れた。
結局残ったのは、床の上で寝転がったまま、天井を見上げて涙ぐむリベルタだけだった。




