二十八話 前編
シャイネンにヨシヨシと頭を撫でられ、泣くよりデレることに忙しくなったリベルタは、締まりのない顔でニマニマと笑っていた。そこに近づいてきたクオーレは、何かを決意したような真剣な面持ちで言葉を発した。
「あのリベルタ……」
「なに、クオーレ」
「この旅が終わったら……わたくし、留学いたしますわ」
王太子妃候補から外れてテリブル侯爵家に養女に入ったクオーレは、リベルタ達に憧れ学園に通わなくて良い実績を積んできた。火炎魔法を研究した論文は、新たな視点から書かれたもので、十分卒業単位を取るに相応しい物だった。
ただ、今回の旅でクオーレは、自分の未熟さと実力の無さを痛感したのだ。
「前々から、お義父様から隣国の騎士学校を勧められていたのですが、やっと決心がつきました」
武闘派なテリブル侯爵家は、魔法を取り入れた格闘術を得意とする家系だ。故に、この家に生まれた男達は全員、実力主義で有名な某騎士学校へ必ず一年は留学している。
「本当は、もっと皆さんと一緒に居たかったのですが……今回、実力不足を痛感いたしました」
何をもって実力不足と言っているのか、リベルタには全く見当がつかない。下手をしたら全部を焼き尽くすことも可能ではないかと思われる火力を持っている彼女に歯向かう敵など居ないだろう。
ただ、クオーレにしてみれば、自身が活躍できたかと言えば、自信を持って頷くことが出来ない。なにせ初っ端に、盗賊だけでなく護衛の衣服まで切り刻み、森の中では火気厳禁。馬の臭いに気分を悪くし、馬車の振動でお尻は真っ赤だ。
「でも、クオーレは魔王の祠で天使の涙を一つ、埋めてくれたじゃない」
「あんなことは、赤子でもできます」
「そんな赤子は居ないと思うわ」
「実際に居るとか居ないとかじゃなく、私が不甲斐なかったという事実を話しているんです」
言えば言うほど泣きそうな顔になるクオーレに、リベルタは困惑している。友達との旅で、役に立つとか立たないという事を気にしたことなどないからだ。
それどころか、いかに自分が矢面に立たずに楽を出来るかしか考えていない女に、クオーレの切ない思いは理解できないだろう。
二人のやり取りを見ていたシャイネンは、
「リベルタさん、これは、クオーレさんが決められたことです。私達が口出しする内容ではないと思いますよ」
と優しく諭した。
彼は、何となく感じていたのだ。クオーレが、リベルタとトワレの唯一無二と言って良い関係に憧れていたことを。そして、自分もその輪に入りたいと願っていたことを。
しかし、それは一朝一夕に適叶う夢ではない。出会った瞬間から運命とも言える絆で結ばれ、更に長い年月をかけて築き上げた信頼関係によって成り立っているのだから。
特殊な環境で育ったクオーレには、先ずは、普通のお友達を作るという基本的な体験が必要なのだ。今までのしがらみから解き放たれる隣国でなら、多くの出会いが待っているかもしれない。
「でも……寂しくなります」
そう言って、リベルタは下を向いた。今回の旅で、クオーレと少しは分かりあえたと思っていたのだ。それは、勘違いではなく、心の距離はグッと近づいている。
だから、いきなり留学と言われると、何故か捨てられたような気分になってしまうのだ。
シャイネンは、落ち込んでしまったリベルタの肩をトントンと叩いて覗き込む。
「リベルタさん」
「はい」
「時間は、まだありますよ」
「え?」
「だって、今から、ステラ姉上が住むソーレへ向かうのですから」
婚約の報告をするために、ナーハフォルガー公爵家の長女であり、ソーレ王国の王妃となったステラに会いに行く。この旅のもう一つの目的を果たす為、馬車は隣国に向かってひた走っていた。
次回から、投稿時間を午後八時といたします。よろしくお願いいたします。




