二十七話 前編
年老いた馬は、リベルタからの愛情のこもった治癒魔法を受けると、まるで若馬のような足取りで駆け始めた。
パカラッパカラッパカラッ
小気味よい蹄の音を鳴らせながら進む馬は、まるで笑っているように見える。久しぶりに自由に動く体を楽しんでいるのかもしれない。
「思ったより、早く着きそうだな」
「そうね。日が傾き始めているから、暗くなる前に到着できそうでホッとするわ」
御者台に座るトワレとクルーガーは、地図で位置関係を確認しながら最短距離を進んでいる。手綱を握るトワレは馬が途中でバテないか心配していた。
しかし、老馬にはリベルタの魔法が相当効いているらしく、止まるどころか益々駆け足になってきていた。こうなると、逆に馬車の方が耐えられるのか心配になってくる。ガタガタと大きな音を立てて回る車輪は、いつ外れてもおかしくない程大きく揺れていた。ジェットコースターにでも乗ったような不安定な疾走感は、荷台に乗ったリベルタとクオーレの表情をこわばらせるのに十分だった。
「ト、ト、トワレ……お、お、お尻痛い」
怖がるクオーレを抱きしめたリベルタが、ガタンガタンと揺れる馬車のせいで声を震わせながら文句を言っている。既に脳みそもグラグラと揺られて、真面な判断が出来ない状態だ。下手をしたら舌を噛んで血まみれという事もありうる。
トワレは前を向いたまま、
「口を閉じて!」
と、リベルタを一喝した。そして、ジョッキーのように腰を浮かせて前のめりに重心を取ると、更にスピードを上げる。馬車が壊れる前に、森の入り口まで走り抜けるつもりなのだろう。それほど馬車は危なっかしい状態だった。
リベルタはギュッと目を閉じると、クオーレを抱きしめる腕に力を込めた。そうでもしないと、二人とも馬車から振り落とされてしまいそうだ。
――大丈夫。だって、御者は、トワレだもの。
キャンセル界隈女子を常に支えてくれる親友トワレに、リベルタは全幅の信頼を置いている。
もし仮に吹っ飛ばされて大怪我を負ったとしても、自分とクオーレに治癒魔法を掛ければ良いとさえ思っていた。なんとも大雑把でダイナミックな発想だ。巻き込まれるクオーレが不憫でならない。
こんな風に首をガクンガクンいわせるくらい馬車に揺られた状態でかなりの距離を走り抜け、空が夕日で赤く染まり始めた頃に目的地が見えてきた。そして、そこに、空よりも赤い髪色をした男性が立っていた。
「あ!シャイネン先生だわ!」
トワレの声が聞こえ、恐怖で目を閉じていたリベルタが前を向いた。彼女の目に映ったのは、驚いた表情でこちらに向かって走ってきている愛しい婚約者。暴走ギリギリで爆走する老馬に牽かれた壊れかけの馬車など、恐怖以外のなにものでもなかったのだろう。
「止まりなさい!」
シャイネンが声の限りに大声で叫ぶと、馬の方が気迫に押されて走る速度を緩めた。その上で、トワレが巧みに手綱を操り徐々にスピードを落としていく。
「どう、どうどうどう」
トワレは、馬に声を掛けながら鬣を優しく何度も撫でた。
「ありがとう。助かったわ」
感謝の言葉が分かったのか、馬は誇らしげにブルブルッと唇を震わせながら空を見上げた。ついさっきまで厩舎の片隅で余生を楽しんでいたはずの馬は、一騎当千の名馬のように素晴らしい働きをしたのだ。
「本当に、君達は私を驚かせる天才ですね」
ホッと溜息をついた後で、シャイネンは困ったような笑みを浮かべた。破天荒なリベルタだが、それに負けず劣らず、彼女の親友も予想の斜め上を行く。驚かされることばかりで、シャイネンの心臓は幾つあっても足りない。
しかも、無事に停車したはずの馬車の車輪が、
ガタン
と音を立てて外れた。
「「きゃぁ」」
御者台のトワレ達はもちろんの事、荷台に乗っていたリベルタ達の体が大きく傾き投げ出される。トワレに関しては、咄嗟にクルーガーが抱き留めクッションになったことで地面への激突を免れた。
しかし、クオーレを抱きしめたままだったリベルタは、そのままの状態で空中へと飛ばされる。
「リベルタさん!」
シャイネンは、長い腕を伸ばすとクオーレごとリベルタの体を受け止めた。あわや近くにあった石に激突かと思われたが、事なきを得て全員がホッと胸を撫で下ろす。
「全く、君は……」
「シャイネン先生、ごめんなさい」
甘えるように頭を擦り付けてくるリベルタに、怒る事も出来ないシャイネンは彼女の髪に軽く口づけを落とした。甘い二人の拘束に囚われたクオーレは、顔を真っ赤にして縮こまるしかなかった。




