第二十五話 前編
地面に這いつくばったリベルタは、大樹から溢れ出る聖なる気配に息を呑んだ。乙女ゲームの映像では伝わり切らない迫力と圧力に押しつぶされそうな気分になる。
しかし、いつまでもここで固まっているわけにもいかない。
――決して私は、あなたに仇為す存在ではありません。
心の中で手を合わせた後、リベルタはマジックバッグから天使の涙の入った袋と四つのスコップを取り出した。この場に残ったのは四人。一人に石とスコップをそれぞれ一つずつ渡すと皆がそれぞれに頷いた。
そして各々が東西南北に立てられた四本の支柱に向かって、ばらばらに散っていく。エレロは小さい体と強い足腰を生かし、中腰で北を目指す。
クオーレは、義父仕込みの匍匐前進で、あっという間に西の支柱に到達していた。
体の大きなシャイネンは、一番近い南の支柱を目指してもらうことにした。
だが、二日酔いが酷いらしく真っ青な顔をしている。
リベルタは別れ際に魔法でヒンヤリと冷やした手で、シャイネンのおでこを触った。彼の火照った頭を少しでも楽にしてあげたいと思ったからだ。
そんなリベルタに、シャイネンは少し驚いた顔をしたが、嬉しそうに目を細めた。いつもならシャイネンがリベルタを気遣う場面。
しかし、婚約者となってからリベルタは、こんな風に彼を癒したいという気持ちが日に日に強くなっていた。
――大丈夫。
声を出さずに唇だけ動かしたシャイネンは、その後、持ち前の運動神経の良さで低い姿勢を保ったまま風のように南の支柱へと近づいていった。
そして、残ったのは一番の問題児。普段キャンセル界隈に住んでいるリベルタは、運動と言うものを全くしていない。格好良く陣頭指揮を執ってみたものの、どうやって東の支柱に行けばよいのか途方に暮れている。
――エレロさんみたいに、中腰で走る?無理よ、足の筋肉がない。クオーレみたいに、匍匐前進?出来るわけないでしょ、腕の力なんて使ったこともないんだから。シャイネン先生みたいに素早く走る?途中でこける未来が見えるわ。あぁ……、どうすればいいの。
既に、ここへ来るだけでも疲れ果ててしまっているリベルタは、泣きそうな顔になった。他の三人は、既に穴を掘りだしており自分だけが足手まといになっている。
――えぇいい、女は度胸よ!
リベルタは、地面の上で真っすぐに横たわると、
ゴロゴロゴロゴロ
横向きで転がり始めた。自分の分の天使の涙とスコップは、マジックバッグの中だ。女は顔が命と言うわけではないが、顔を汚さないように両手で覆って東に向かって一直線。
途中目が回って一時停止した。正直吐きそうだ。指の間から支柱を確認すると、あと二メートルと言う所。
――あと少しよ!
自分を奮い立たせ、あともう少しだけ転がることにしたリベルタは、五回転くらいしたところで、
ゴン
支柱で頭を打った。目から星が飛び出るほど痛かったが、声を出せば森の外に飛ばされ全てが無に帰してしまう。
――我慢、我慢よ、リベルタ。
必死に自分を奮い立たせて、リベルタはスコップを取り出した。
ザクッザクッザクッ
掘る程に辺りに土の香りが広がる。ある程度掘り進めたら、そっと天使の涙を穴の底に置いた。そして、掘り返した土を手に取って上に掛けてやる。爪の間に土が入っても、気にしている場合じゃない。
ポンポンポン
ふわふわの土を上から何度か抑えてやると、そこから二本の光が北と南に向かって伸びていく。どうやら、他の石と共鳴し、魔王の祠を囲む結界を張った様だ。
体を起こして南を見ると、シャイネンが親指を立てて成功を喜んでいる。まるで少年のような笑顔に、リベルタは思わず、
「シャイネン先生、可愛い!」
と声を出してしまった。その瞬間、リベルタの姿が消えてしまったことは言うまでもない。




