第二十三話 酒好きの案内人
リベルタが持つ緑色の瓶から芳醇な葡萄の香りが漂っていた。しかも、それをほんの少し地面に撒いたことで、一気に匂いが拡散する。
クンクン
鼻を動かしたドワーフ達は、それが酒の香りだと分かると目配せをして、ぴたりと踊りを止めた。
そして何事もなかったかのように、
「やぁ、友よ」
と、さっきまで殺意を漲らしていた彼らがニンマリと笑う。もう、掌返しが凄すぎて怖い。
トワレは、商人として多少気に入らない相手でも、利があるならこびへつらうことも致し方なしと思っている。
しかし、この小さいのに小さくない者達は、どこにプライドを追いやったんだと聞きたいぐらいに清々しくワインを見つめていた。
「それを、私達にくれるのかな?」
白髪の長老らしく男に問われ、リベルタもニンマリと笑う。
――ふっふっふっ、釣れたわね。
前世の記憶でも、このやり方で彼らを懐柔した。これは、完全にドワーフの酒好きという裏設定を利用したチート技。本来は、一度捕まった後に聖女の優しさと怪我をした者を癒す力を見せつけて心酔させていくのだ。
しかし、今は時間が惜しい。なにせ、シャイネンの代わりにヴォルケンが代理教師を務めている。彼のことがあまり好きでないリベルタにとって、あの暗い顔で授業を受ける生徒達が可哀想で仕方なかった。
「あげなくもないわ」
「上から目線の言い方だ。自分の置かれている立場を分かっているのか?」
取り囲むドワーフだけでなく、トワレをはじめとする仲間すら顔を歪めた。
――リベルタ、さっさと渡しなさい!
口を動かさず手ぶり身振りで必死に訴えるトワレだが、リベルタは、もう一度マジックバッグに手を突っ込むと、今度は茶色い瓶に入ったウィスキーを取り出した。
「私、他にもいろんなお酒を何本も持っているんだけど」
悪代官のような笑みを浮かべるリベルタの、なんと禍々しいことか。まるで、魔王より魔王のようだ。
「お近づきの印に差し上げても宜しくてよ。でも、一つお願いしたいことがありますの」
「それは、一体、なんだ!」
食い気味に質問してくるドワーフに、リベルタは両手の瓶を掲げて叫んだ。
「大樹まで、案内して!」
「ひぃ」
リベルタを中心に狭まっていた包囲網が、一気に広がる。それは、ドワーフ達が彼女を恐れて一気に引き下がったからだ。
「あそこは、ダメじゃ。お許しを、お許しを」
白髪頭のドワーフが、膝をついて両手を合わせて拝み始めた。よほど、勘弁してもらいたいらしい。周りの仲間も、彼に倣って同じように拝み始めた。
彼らは、知っているのだ。大樹の傍に魔王が封印されていることを。そして、それが綻び始めた影響を着実に受けていた。
実は、魔王の残滓に乗っ取られた獣達が、狂暴化したことでドワーフ達の多くが負傷させられていた。村に籠っているのも、木から吊るした家なら猛獣に襲われる危険性がないからだ。
不用意に大樹に近寄れば、自分達の命も危うい。酒は喉から手が出る程欲しいが、あきらめざるを得ないのが現状だった。
「そう……それは、残念ね」
既にこの場の空気は、リベルタが支配していた。全く残念そうな顔をしていない爆乳キャンセル界隈女子は、マジックバッグの中に酒を入れてしまう。
「あぁ……」
そこかしこで、落胆の溜息が聞こえた。森の果実から作る酒は、もう底を突き始めている。材料を取りに行こうにも、獣が怖くて村から出られないのだ。
絶望の様相を浮かべる彼らの前に、リベルタが代わりに取り出したのは、天使の涙。先ずは一つ取り出して、印籠のように周りに見せつける。
その神々しい光と浄化の波動は、長年大樹の森に暮らす彼らにとっては馴染み深い物だった。正に大樹を小さく固めて凝縮したかのような浄化の力がひしひしと伝わってくる。
「おぉ!」
ドワーフ達の感嘆の声が上がった。今自分達が置かれている状況を打破してくれるかもしれない代物の登場に、俄然やる気がみなぎっていく。
その様子に口の端をきゅ~っと上げたリベルタは、天使の涙を見せつけるように手を素早く左右に振った。
「なんだと!」
リベルタの手の中の石が、まるでマジックのように二つに増えている。たまらず立ち上がった数名。目を皿のようにして輝く石を見つめた。
再び魔王のような笑みを浮かべたリベルタは、両手を素早く交差させた。すると、もう片方の手にも二つの石が握られていた。
「神じゃ!正に、神の御業じゃ!」
なんてことはない、ただのマジックだ。ダボダボの袖に隠した石を、素早く動かす度に手の中に取り出すだけ。種を明かせば馬鹿馬鹿しい限りだが、ドワーフ達の心酔を手に入れるには役に立ったようだ。
まるでリベルタを女神のように奉り始めた彼らは、先程とは別の踊りを踊り始めた。
「ねぇ、これって、一応窮地は脱したってことでいいのよね?」
クルーガーの耳にトワレが囁くと、夫は微妙な表情で頷いたのか首を捻ったのか分からないような動きをした。多分、彼も判断付きかねているのだろう。
「あの、わたくしは、もう、あの方達を攻撃しなくても良いということですわよね?」
手に小さな火の玉を握るクオーレが、トワレを見上げてくる。
「それ、早く消しなさい」
「でも、いきなり襲われたら、エイッて投げようかと思って」
「火事になるから止めて」
森は、一度燃え始めると人間の手ではどうしようもなくなる。トワレに叱られ、慌ててクオーレは両手で火の玉を押し包んで消した。
――本当に、リベルタだけじゃなくて、クオーレも目が離せないわ。
腕白な子供二人を持つ母のような気持ちになったトワレは、もう、半分諦めて苦笑するしかない。
そうこうしているうちに、ドワーフ達は椅子やテーブルを持ち出して来て、宴会の準備を始めた。
「今日は、なんて素晴らしい日じゃ!」
白髪のドワーフは、やはり長老だったらしく、名をエレロと言った。その手には、リベルタからもらった酒瓶が握られている。既にラッパ飲みで味見をしたことで、その美味すぎる味わいに気持ちが高揚していた。
それはそうだろう。リベルタが伯爵家の酒蔵から勝手に拝借してきた年代物だ。今頃、父カバロは、大切にしてきたコレクションが無くなっていることに驚き泣き叫んでいることだろう。
しかし、これで世界平和が約束されるのだ。リベルタが払ったわけではないが、安い出費と言っていい。
目の前に並んだのは、森の恵みをふんだんに使った料理。とはいえ、肉は少ない。
「大樹への出発は明日にして、今日は、飲み明かしましょうぞ!」
「いえ、この子達はまだお酒を飲んではいけない年齢ですので」
リベルタ達にグラスを渡そうとするエレロを、シャイネンが止めた。一応、学校を卒業したとはいえ、トワレ達も十代。この世界では飲酒もおおむね許されてはいるが、飲みなれない者が飲んで、次の日どんな影響があるかもわからない。
先手を打ってシャイネンが断ってくれたお陰でリベルタ達は吞兵衛のドワーフに取り囲まれて、チビチビ果実水を飲むこととなった。
しかし、様々な酒を浴びるように飲むドワーフ達の横では、匂いだけで酔ってきそうである。
「トワレ……わたくし、少し、ぼ~~っとしてきましたわ」
小柄なクオーレは、どうやら影響を受けやすいらしい。目がトロンとなった様子は、正に酒に飲まれた人間のそれだ。
「ちょっとぉ~、クオーレ、トワレにくっつき過ぎ~~」
こちらも同様に目が座っているリベルタが、トワレにもたれかかるクオーレを離そうと必死に引っ張っている。
「飲んでないのに修羅場とか、止めてくれ」
一人成人だった為ドワーフ達の酒盛りに付き合わざるを得なくなったシャイネンは、ここには居ない。
「トワレ、取り合えず馬車に帰るぞ」
「えぇ、分かったわ」
後を任されたクルーガーとトワレは、酔っ払いもどきの二人の手を持って、馬車へと戻っていった。次の日、そのことを全く覚えていないリベルタ達に、大人になっても酒は飲むなとコンコンと説教したことは言うまでもない。




