第二十二話 大樹の森
「ここが、大樹の森ですのね」
遠くから見ても分かる大木が、巨大な森の真ん中に鎮座している。それを丘の上から見下ろしていたクオーレは、その広大さと空を飛ぶ鳥の多さに驚いた。
彼女が今まで見た鳥と言えば、庭園に時々紛れ込む小鳥か知人が飼っていたオウムくらい。
しかし、大空を我が物顔で飛び回るのは、鋭いかぎ爪と嘴を持つ猛禽類だった。
「リベルタ……何故、ここに来たのですか?」
前回の騒動を経て、さん付けが取れたのは良いのだが、どうも人を呼び捨てにし慣れないクオーレは、毎回変な間が空く。それでも、友達として垣根がなくなったのがよほど嬉しいらしく、顔はデレデレに崩れている。
「そうだね。流石に話さないといけないよね」
リベルタに前世の記憶があることを知っているトワレ達とは違い、クオーレは、何も分からないままここに連れてこられているのだ。
――先ずは、私のことを知ってもらうことから始めないと。
トワレの時と同じように、クオーレのゲーム内での役割は伏せた上で、この世界が自分の前世にあった乙女ゲームと酷似していること、そして、魔王封印が解け始めていることを説明した。シャイネンの姉エテレオの見た黒い影が、魔王の残滓である可能性を告げると、流石にトワレ達の顔が曇った。
「にわかには信じがたいお話ですが、皆さんは知っていたのですか?」
「リベルタに前世の記憶があることは聞いていたわ。なにせ、クルーガー自身、同じように昔の記憶を持っているから」
「それは……なんとも羨ましいですね」
人に与えられる一日の時間は、大富豪でも孤児でも二十四時間。そして、人間が生きていられる年数はどんなに長寿でも百年少々。どれだけ知識をためようとしても限界がある。
それが、既に前世での記憶を蓄積している状態であれば、今生は生まれた時からボーナスステージである。
「でしょ?私も、ズルいっていつも思っているの」
「トワレ……でも、そう思うことがあるのですね。少し、ホッとしました」
仲間がいた事が嬉しかったのか、クオーレはジリジリとトワレに近づいて横を陣取った。
「あ、それこそズルい!」
慌ててリベルタも反対側にしがみ付く。しかし、そこはクルーガーとトワレの間だった。毎回愛妻を取られてしまう夫は、今回ばかりはと息巻く。
「お前ら、いい加減にしろよ。俺とトワレは夫婦だぞ」
「そんなの関係ないもん。私だって、トワレの親友です」
「わ、わたくしも、し、し、親友ですわ」
右からリベルタが、左からクオーレがトワレの腰にしがみ付き、クルーガーに渡してなるものかと牙を剥く。
「おいおい、リベルタだけじゃなくて、もう一人強敵が増えてるじゃないか」
夫のはずなのに、何故か一番遠くに追いやられてしまうクルーガーは、苦笑する妻の顔を見た。
「今はそれどころではないはずよ。ほら、リベルタ、ちゃんと最後まで説明して」
トワレに怒られ、渋々彼女から離れたリベルタは、自分のマジックバッグから天使の涙を四つ取り出した。
「これを魔王が封印されている祠の四隅に埋めれば、これ以上残滓が漏れ出ることは無いと思う」
「出るのが抑えられるだけで、今まで出ちまったものは、どうにもならないのか?」
「やっぱりクルーガー。鋭いわね」
乙女ゲームの中では、魔王討伐の旅路で聖女と仲間達が多くの強敵を倒していく。そして、ラスボス魔王を再度封印することで世界は平和を取り戻すのだが、今の時点で、漏れ出した残滓は強敵になるほどの力を持っていない。
それは逆を言えば、何処に居るのか分からないということだ。倒そうにも、誰かに憑りついて悪さでも働かない限り目視することは難しいだろう。
「それでも、これ以上の被害を食い止めるためには必要なことですね。では、先ずは何をすればよいのですか?リベルタさん」
今まで横で静かに皆を見守っていたシャイネンが、今後の方針を決めるよう水を向ける。リベルタは、小さく頷いた後、テーブルに手書きの地図を広げた。
「おい、リベルタ。これ、簡単すぎて意味が分からないぞ」
丸と棒がいくつか書かれているだけの落書きに、クルーガーが突っ込みを入れる。
「し、仕方ないでしょ。私、絵心はないのよ」
あれだけ精密な魔法陣を書くくせに、絵を描くと壊滅的な出来栄えとなってしまうリベルタは、学園でも美術だけは、いつも最下位だった。馬を描いたはずが豚に見えるなどということは日常茶飯事なのである。
だからこそ、出来るだけ形を簡略化して図形のように描いてみたようだが、どれが何を示しているのかが分らない為読み解きようもない。
「ま、まず、この大きな丸が大樹よ」
リベルタが指さしながら説明していくと、トワレが横から地図に綺麗な字で詳細を書き込んでいく。大樹の横にある祠が魔王封印の場所であり、そこへ辿り着くには、ある村を通らなければならない。それ以外から侵入すれば、大樹の結界に阻まれ森の外へ吐き出されてしまう。
「小さいのに小さくない村?変な名前ですわね」
「それは、私が勝手に呼んでいただけで、実際には違う名前だったの。ただ、思い出せなくて……」
意味が分からず首を傾げるクオーレに、リベルタは大げさな手ぶり身振りで弁解を始める。
「そこに住む人達は、小さいのに小さくないの。両手をこうやって頭の上に持って行って、がおぉ~って叫ぶのよ。怖いでしょ?」
本人の一生懸命さはさておき、リベルタが何を言いたいのかだれ一人分かっていない。しかも、突然手を上げたり下げたり雨乞いの踊りのようにステップを踏み始めたことで、皆の頭の中は?マークが量産される。
「リベルタさん、あまり怖さが伝わらない上に、その踊りの意図も分からないのですか」
「まぁ、シャイネン先生ともあろうお方が、理解できないなんて驚きました」
どうやら本人は、悪ふざけをしているのではなく、本気で説明しているようだった。
「兎に角、行ってみたら分かります。そして、彼らに会う為の貢物も既に用意していますので!」
俄然やる気を見せるリベルタに、他の面々は不安しか感じなかった。
しかし、それから数時間後、やっと小さいのに小さくない村に着いたシャイネン達は、リベルタの言わんとしたことをやっと理解することが出来た。
――確かにこれは、小さいのに小さくない村だ。
目の前に広がるのは、木の上から釣り下がる鳥かごのような形の家。その数たるや目視では確認できない程ある。村の規模としても、小さくはない。
そして、自分達を取り囲んでリベルタの踊りと同じ動きをする小さな住人達は、背は低いが手が異様に大きかった。口ひげを生やした男達は、
バチンバチン
威嚇するように手を叩きながら眼光鋭くこちらを睨みつけている。彼らがドワーフという種族だと知っているリベルタは、初めて見る本物に興奮気味だ。出生率が低く極端に人数を減らしてしまった彼ら一族は、他種族と交わることを嫌って大樹の森に住みついている。自然から頂いた恩恵のみで暮らす自然崇拝の思想が、森からも受け入れられてひっそりと暮らしていたのだ。
そこに突然迷彩色の服を着た大きな人族が現れたのだから、警戒されても仕方ない。
「ほら、小さいのに小さくないでしょ?」
得意げなリベルタだが、村民達の包囲網はどんどん狭まっていた。
「リベルタ! 貢物はどうしたのよ!」
クルーガーの背に守られながらトワレが叫ぶと、慌ててリベルタはマジックバッグの中から何かを取り出した。
「お近づきの印に、一献」
ポンとコルクを抜いたそれは、年代物のワインだった。




