第二十一話 盗賊は、風魔法と共に去りぬ
「あら、停まりましたわね。もう着いたのでしょうか?」
「まだ、早いと思うんですけど。ちょっとトワレに聞いてきますね」
戸惑うクオーレの為に、リベルタはテーブルにティーカップを置いて立ち上がろうとした。
しかし、横に座っていたシャイネンが、それを手で止める。
「二人とも、ここで待っていて下さい」
その目は真剣そのもので、何かの異変を感じ取っているようだ。そこに御者台から続く扉を通ってトワレが慌てて馬車の中に戻って来た。
「先生、盗賊です!」
この馬車が襲われたわけではなく、先を行く商人達の一団が武器を持った男達に取り囲まれているようだ。
「このまま駆け抜けることも可能ですが、流石に見殺しにするのは後味が悪いと思いまして」
トワレ自身は、戦闘が得意な方ではない。クルーガーと二人だけなら、命を一番に考えて逃げただろう。それを酷いということは簡単だが、助けに入って本当に助けられる人間は少ないのだ。
しかし、今ここにはシャイネンが居る。いざとなれば結界を張ってもらい中に立てこもることも可能だ。大人の判断を期待して報告に来たのだが、思わぬ人物が不必要なやる気を見せた。
「それはいけませんわ!わたくしが、成敗いたします!」
義家族の正義感をそのまま受け継いだクオーレにしたら、自分が助けずに誰が助けるのだと思っているのだろう。義父が彼女の為に特注で作らせた真っ赤な魔石を嵌め込んだ杖を携え、馬車の外へと飛び出していく。
「あ!ダメ。クオーレさん!」
リベルタの呼び止める声もむなしく、迷彩色ワンピース姿の少女は隠れることなく大胆に盗賊に向かって駆けていく。着ている服の意味は、全くない。
「不届き者!弱い者虐めは、止めなさい!」
商隊を守っていた護衛達も驚いただろう。雇われてはいるが、元々百戦錬磨を謳う冒険者達。屈強な自分達を弱い者と呼ぶ少女に驚きを隠せない。
しかも、その少女は杖を振り上げたかと思うと、
「ファイヤーボール」
と叫んで火の玉をぶち込んできた。その数や一や二ではない。百を超える真っ赤な炎の玉が、超速でこちらに向かって飛んでくる。
「ひぃ」
大男達だろうが、いきなり火の玉を撃ち込まれたら悲鳴の一つ位出るだろう。その場に居た全員が頭を抱えてしゃがみ込み、涙目になっている。きっと彼らはこの日のことを忘れることはないだろう。
何故なら、全員が戦意を喪失しているにも関わらず、再び呪文が唱えられたからだ。
「ウィンドカッター」
「待ってくれ!」
誰かが叫んだが、放たれてしまった風の刃が言葉如きで止まるはずもない。
ピシピシピシ
男達の服は無残に切り刻まれ、股間を抑えて大事なところを守るだけで精いっぱいだ。反撃する為には、人としての尊厳を捨てるしかない。
「クオーレ!やり過ぎ!」
リベルタは、馬車から飛び降りて後ろからクオーレを抱きしめた。そうでもしないと、もう一発恐ろしい魔法が放たれていただろう。
止められたことが不服なのか、クオーレは身じろぎしながら文句を言う。
「でも、まだ倒していません」
「倒したも同然だから!」
「でも……きゃぁっ」
少し冷静さを取り戻したクオーレは、目の前に広がる裸族の光景に慌てて目を手で塞いだ。今更恥じらっても遅い。やったのはお前だと、冒険者達の目が語っている。
「なんと破廉恥な」
「いや、全部、クオーレのせいだから!」
武器すら投げ出し身を丸めて震えるのは盗賊も護衛も一緒。馬車から出てきた雇い主である商人も、思わぬ情景に顔をこわばらせている。
その顔に見覚えがあったのか、慌ててトワレが馬車から飛び出してきた。
「申し訳ございません、メーラさん!」
「あぁ、これは、シュクセ男爵家のお嬢様。これは、助けていただいた……と言うことでよろしいのでしょうか?」
「そのつもりだったのですが、少々やり過ぎてしまいましたよね?」
既婚者のトワレでも、流石に直視できない光景。隠れていた従業員達が毛布などを冒険者に掛けてやっているが、盗賊はそのままの姿で縄を使って縛られている。こうなると、彼らから哀愁が漂って見えるのが不思議だ。
「最近街道でこういった事件が多発してましてね。冒険者ギルドでも手配書が回っているくらいです。多分、かなりの賞金を貰えるでしょう」
「賞金ですか?」
「えぇ、あのお嬢さん、かなりの腕前ですね。うちの護衛に雇いたい位だ。その代わり、他の護衛の服を大量に持ち歩かないといけなさそうですが」
楽し気に笑うメーラに、トワレは益々体を縮めて顔を赤くする。結局この日は、近くの町へ立ち寄り手続きを済ませてクオーレは驚くほどの賞金を手に入れた。
「人助けをして、お金も貰えるなんて、なんて素敵なのでしょう!」
喜ぶ彼女だが、その耳をグイッと掴んだ者がいた。
「い、痛い」
「ちょっと、来なさい!」
それは、怒り心頭なトワレだった。自分達が借りた宿屋の部屋へ行くと、
「座りなさい!」
と怒鳴った。
「ひぃ」
悲鳴を上げたのはリベルタ。そして、慌てて床の上に正座する。
「違う!リベルタじゃなくてクオーレ!」
「ひえっ」
クオーレは、慌ててリベルタの横に座った。関係のなかったはずのリベルタだが、退くに退けずそのまま一緒に説教されることになる。
「クオーレ、貴女、自分が何をしたか分かっているの!」
元王太子妃候補であり現テリブル侯爵家御息女を床の上に座らせ、腕を組んで罵声を浴びせている男爵令嬢。今までのトワレなら絶対にやらなかったことだ。
しかし、リベルタの機転でなんとかあれ以上の攻撃を止めることは出来たが、ほぼ丸裸の盗賊と護衛達は、股間を抑えて命乞いをするという屈辱を味わった。トワレは、知人のメーラに何度も笑われ、今後もずっとこの話をされることだろう。
――なんで、私が、恥ずかしい思いをしないといけないのよ。
リベルタに対してもそうだったが、トワレが敬語を止める切っ掛けは、怒りだ。沸点が限界を超えたトワレは、我を忘れるのと並行して、敬語も忘れるのだ。
「本当に、申し訳ありませんでしたわ」
「謝って許されるなら、私も貴女を殴ってごめんなさいって言うわよ!」
「それは、ちょっと、嫌ですわ」
自分が行ったことの何がダメだったのかやっと理解が出来たクオーレは、益々ショボンと肩を落とした。
「なんだか、自分を見ているようで心が痛い」
「君の時は、実際に叩かれていましたからね」
昔を思い出して胃がキリキリ痛むクルーガーの肩にシャイネンが手を置く。このまま放って置くと、説教は一時間を超えるだろう。
「クオーレさんも反省しているようですし、先ずは、晩御飯を食べに行きませんか?」
シャイネンが声を掛けたのと同時に
ぐぅ~~~
タイミングよくリベルタのお腹も鳴り、緊迫した空気が少し和らいだ。
今回何も悪いことをしていないリベルタは、床に左手をついてプルプルと震えながらトワレに右手を伸ばした。
「トワレ、足が痺れて立てない」
それを見たクオーレも、
「わたくしもです」
と手をトワレに差し伸べてくる。
涙目の二人が床を這う姿に、流石のトワレもこれ以上叱っても逆効果だと気づいた。
「仕方ないわね、ちょっと休んでから下の食堂へ行きましょう」
こうして、クオーレの初陣は予想外のハイスペックを見せつけて終わった。ただ、扱い方を間違えると被害が拡大し過ぎてしまう為、ウィンドカッターで服を切り刻むのは男性だけにしなさいとトワレが結論付けた。
「いや、男相手でもやらないで欲しいんだけど」
服の上からクルーガーが体を両手で抱きしめながら、必死に訴える。
「でも、体格差のある女性が戦うには、多少姑息な手も使わないといけないと義父が申しておりました」
テリブル侯爵家の教育方針に物申せるほどクルーガーは、怖いもの知らずではない。
「そうですか……。それなら仕方ないですね」
結局、下を向くしかないクルーガーだった。




