第十九話 子リス再び
「酷いですわ。わたくしだけ、のけ者だなんて」
これは、ヴォルケン救出に行った際の旅を指しているようなのだが、どうも話がかみ合わない。よくよく聞けば、クオーレは、どこかでリベルタ達が花祭りを見てきた事だけ聞いたらしい。遊びに行くのに誘ってもらえなかったと怒っており、いくらクルーガーが説明しても理解してもらえない。
「悪い、トワレ。バトンタッチ」
「え?私も無理。リベルタ、ゴー」
「なんで、私?」
今はテリブル伯爵家の養女となったクオーレだが、以前は王太子妃候補まで上り詰めた生粋のお嬢様だ。最近、武闘派な義家族により、かなりの戦闘能力を持っていることが明らかになっているが、どうもトワレは気品があり過ぎて強く出られないらしい。
「仕方ありませんね。私が説明しましょう」
満を持して出てきたシャイネンは、クオーレの前にピンと背筋を伸ばして立った。
「クオーレさん」
「はい、シャイネン先生」
「私は、リベルタさんと正式に婚約しました」
「それは、おめでとうございます」
「そして、前回も、今回も、私の家族に挨拶に行くための旅です。申し訳ないのですが、部外者は同行できません」
「トワレさんもクルーガーさんも、部外者では?」
「彼らは、御者です。シュクセ男爵家より高速馬車を借りたら、付いてきた特典です」
真面目な顔で淡々と言い続けるシャイネンに、トワレとクルーガーは背中を向けて笑いを堪えている。
「クルーガー、私達、レンタルした馬車のオマケですって」
「トワレ、止めてくれ。折角我慢してるのに」
互いに肘鉄を入れ合う夫婦の横で、リベルタは最愛の人の頓珍漢な回答を身もだえしながら見ていた。
――シャイネン先生、可愛い。
痘痕も靨と言うが、リベルタにとっては、どんなシャイネンも美味しいらしい。心のシャッターを切りまくり、永久保存版な姿を大量生産していた。
「それに、クオーレさん。貴女は学生です。そろそろ授業が始まるでしょう」
「それは、大丈夫です。リベルタさん達を見習って、既に火魔法を研究した論文を提出して卒業単位は取っています」
「とは言っても、ご両親の許可も必要ですし」
「それも、大丈夫です。ここに義父の許可書が」
小柄な彼女が背負うには大きすぎる軍用リュックから出てきたのは、厚さ十センチはあろうかと言う封筒だった。きっと、義父レオン・テリブルからの長ったらしい注意事項が書かれているのだろう。
「それに、わたくし、こちらも持って参りました。足手まといにはなりませんので、どうか連れて行ってくださいませ」
クオーレがジャジャーンとこれ見よがしに出してきたのは、S級通行手形。前回のススロット侯爵家での一件で、賠償として贈られたソレは、友好国ならどこでもフリーパスで通れてしまう最強の切り札だ。特にソーレは、ナーハフォルガー公爵家の長女が嫁いでいる為、色々と優遇されている所がある。
「………そうですか」
結局断る術を全て防がれてしまったシャイネンは、口を閉じるとリベルタ達を振り返って首を横に振った。
――あ、シャイネン先生、諦めちゃった。
困った顔も素敵などと喜んでいる場合ではない。今から行くのは大樹の森。ソーレは、言い訳の一つでありメインの目的ではないのだ。
「えっと……その……クオーレさん」
「どうしたのですか、リベルタさん。とても顔色が悪いわ」
「実は、ソーレに行く前に立ち寄るところが、ちょっと危なくて」
「そうなのですか?」
「うん。それで、クオーレさんに危険が及ぶと困るというか」
「あら、そんなことですか?安心してください。わたくしが、皆様を守ってみせますわ!」
活躍できる場があると知ったクオーレは、俄然やる気を見せた。義父特製の魔法の杖をクルクル回してポーズを取る姿は、前世の美少女戦士を思い起こさせる。全くもって、迷惑な話であった。
しかし、彼女を止められる者はここにはおらず、十分後、クオーレの同行は確定事項となっていた。
■
「わたくしも、マジックバッグを購入いたしましたの」
背中の巨大リュックは、どうやらレオンからの贈り物らしく、中身は軽い衣服などが中心だ。邪魔だから置いていこうとして泣かれたらしい。故に、食料、武器等は全て腰に装着できるよう改造されたマジックバッグに入れられていた。美しい刺繡がされた社交界用の小さなカバンが、緑と茶色が斑に入ったワンピースを着た美少女の腰についているのは何ともシュールである。
「クオーレ様、その服は……」
どうしても気になったトワレが、珍しく自分からクオーレに話しかけた。顔が引きつっているところを見ると、相当勇気がいったのだろう。
「義兄様達の服を真似しましたの。この柄は、草むらに入ると見えにくくなるらしくて。とても可愛らしいでしょ?お気に入りなのです」
もう、完全に迷彩服である。彼女は、ソルジャーでも目指しているのだろうか?
生家である公爵家で母を失くして以来義母の思惑で変な教育を施されたクオーレは、リベルタ以上に常識に疎い。八歳から重い金髪のカツラを被され、時代遅れの服装をさせられていたのに甘んじて受け入れていた時点で、美的センスはかなり捻じ曲げられている。
そんな彼女が、これまた世間からかなりズレた所に居る武闘派テリブル伯爵家に養女に入ったとなると、一般では考えられない奇天烈な衣装センスを発揮したとしても仕方ない。
「旅行と言うより、狩りだな……」
一番後ろで高みの見物を決め込んでいたクルーガーだが、思わず心の声が口から漏れた。
チッ
夫の失態にトワレは舌打ちし、リベルタまでが唇に人差し指を当てて黙るよう圧を掛けてくる。完全にお母さんに便乗する子供である。
「なんだよ、お前らも思ってただろ」
一人悪者扱いされたクルーガーは、良い人ぶるのを止めて周りを巻き込むことにしたようだ。元々腹黒なだけに、そんなに性格は良くない。
「確かに、変な服とは思ったけど、本人が好きなんだからいいでしょ!」
天然で失礼なことを言う巨乳転生喪女は、腰に手を当ててクルーガーの前に立った。ガチンコ勝負を挑むようだが、自分が一番失礼だと気づいていない。
「やっぱり、変だと思ってんじゃねーか」
「人の好みは、百人十色!自由にしていいの!」
「百人居て選択肢が十個しかないのは、自由じゃねーだろ!」
親友と夫の不毛な戦いに、トワレの表情筋が死んだ。こうなると、一番怖いのは彼女だ。
「ちょっと、あんた達、こっちに来なさい!」
首根っこを摑まえられ、生まれたての子猫のように運ばれていくリベルタとクルーガー。自分達がトワレの逆鱗に触れたことにやっと気づいたようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「許してくれ、許してくれ、許してくれ」
「謝って許されると思っている時点で、有罪よ!」
建物の裏へと消えていった三人を、シャイネンとクオーレが見送る。
「すみませんねクオーレさん。暫く待ってください」
学生時代から見慣れた光景に全く動揺しないシャイネンだが、クオーレも何が起こっているのか分からずキョトンとしている。そして、いそいそと腰のマジックバッグから袋を四つ取り出した。
「先生、どうぞこちらを」
「これは、なんですか?」
「折角の旅行なので、皆でお揃いの服を着たら楽しいかなと思いまして」
シャイネンがそーっと中を覗くと、残念ながら、いかにも草むらに馴染みそうな色合いのシャツが入っていた。




