第十七話 考古学者リブロ
「今日、シャイネンがリベルタさんを紹介してくれるって言うから、どうしても、あとの二人にも会いたかったの。無理を言ってごめんなさいね」
全てのカップに紅茶を注ぎ終わったエテレオは、自分の席に着くとトワレが持ってきたお土産の箱を開けて目を輝かせた。
「まぁ、異国のお菓子の詰め合わせね」
この中に、既にシェンベーらしき物が含まれていることにシャイネンは驚く。ナーハフォルガー公爵家に来た一日だけで、トワレは大体の作り方を覚え、それをアレンジして商品に反映させていたのだ。
「流石、トワレさんですね」
シャイネンが褒めると、ずっと黙っていたクルーガーが、不貞腐れたように声を上げた。
「シャイネン先生、俺も居るんですけど」
「分かっているよ、クルーガー君。でも、お菓子のアレンジを考えたのは、トワレさんでしょう?」
「ま、確かに」
嫁の尻に自分から敷かれに行っている感が拭えないクルーガーだが、彼は彼で、魔石を運ぶ高速馬車の改造に大いに腕を振るっている。前世の記憶にある古代魔法は、今では失われた秘術として扱われるほどの貴重なものだ。しかも、そこにリベルタの現代科学的知識までが加わるのだ。恐ろしく高性能なものが仕上がっても、驚くことではない。
「シャイネン。貴方は、才能豊かな素敵な生徒さんを持って、本当に幸せ者だわ」
心の憂いが取れたエテレオは、その日子供のようにはしゃいだ。そして、ひとしきり茶菓子を食べ、マジックバッグ等についてのこぼれ話などをしていると、あっという間に時間は経っていった。
「あ、忘れていたわ。これ、リブロ先生から皆さんへ」
この史料館の家主でもある考古学者リブロがリベルタ達へのプレゼントとして用意したのは、遺跡から発掘されたという四つの石だった。本当は直接渡したかったらしいが、病気がちで、今も別室で療養している彼は、この場に出ることを断念したらしい。
「先生ね……私と同じなの。だから、ここに住むことを決めたんだけど、皆に感謝していたわ」
さらりと事も無げにエテレオは言うが、未来に起こる悪夢を見せつけられてきたリブロとエテレオは、どれだけの絶望を繰り返して生きてきたのだろう。未来視を調べるために考古学へと進んだエテレオが、師であり同じ苦しみを持つリブロと出会えたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
「リブロ先生のお加減は、それほど悪いのですか?」
「ふふふ、リベルタさん、それは違うわ。リブロ先生は、もう百歳をずっと前に超えているの」
「え?」
「本人は、生きてるだけで儲けものだって言ってる。今も、古文書を紐解くのを楽しみにしてて、私は、まだまだ死なないと思ってるわ」
年齢など関係ない子弟の深い信頼と愛情は他人からは計り知れないが、最後の日まで、きっと二人は支え合っていくのだろう。
リベルタは、リブロからの贈り物を手の上に乗せてみた。吸い込まれそうな程透明なソレは、触れているだけで体を浄化してくれるような気がする。
「貴重な物なのでは?」
「流石トワレさんね。商人としての目利きには、敵わないわ」
トワレは、慄くような視線を石に向けており、エテレオは悪戯が成功した子供の様にクスクスと笑っている。
「これは、天使の涙と言われている遺物で、名付けたのはリブロ先生。なんだか乙女チックな名付けでちょっとねぇ~」
クスクス笑うエテレオだが、石の持つ浄化能力は正真正銘本物だ。泥水を入れた桶に沈めておけば、次の日には底まで見えるほどの透明感を取り戻し、湧き水がごとく美味しい飲み水に代わる。
リベルタの頭の中には浄水器が浮かんだが、空気すら美味しくするのだから空気清浄機とも言える。一つで二度おいしい代物に、横に居るトワレの目もランランと輝く。同じ物は無理でも、似たようなものを作れば、爆発的に売れることは間違いない。
「あ~、また、トワレの商売魂に火が付いちゃったわ」
親友の思考回路を誰よりも知るリベルタは呆れながらも、再びトワレとクルーガーが面白い案を携えてベリッシモ伯爵家の研究室へ来てくれると内心喜んでいた。最近の二人は営業で国外へ行くことが多すぎて、昔の様に新しい物を一緒に作り上げる時間が減っていたのだ。
「はぁ~、本当に、今日は楽しかったわ」
大満足のエテレオが最後にもう一度皆をハグすると、それが帰りの合図となった。
「お願いだから、また来てね。待っているわ」
こうして、名残惜し気に手を振るエテレオに見送られ、全員が帰路に就いた。
誰も居なくなった部屋で、エテレオは片づけを始める。ここには使用人などはおらず、自分とリブロしか居ない。誰かに寂しくないかと聞かれたら、多分少し返事に困る。彼女には女友達は居ないが、話し出したらいつまでも語り合える考古学の師であり友であるリブロがいるのだから。
夕日が差し込む小さな台所で簡単な夕飯を作ると、エテレオはリブロの居る寝室へと向かった。
「先生、入りますよ」
扉を開けるとベッドに人は居らず、壁際の本棚の前で本を整理している大柄な男性が居た。
「あぁ、皆、帰られたのかな?」
「えぇ。皆さん、プレゼントのお礼を直接言いたかったみたいですよ。本当に、会わなくて良かったんですか?」
エテレオの問いに、リブロは笑う。
「会って、どうやって説明をすればいい?百歳を超えた男が、この容姿なんだぞ?」
ほんの少し耳が尖った形をしている彼は、今では滅多にお目に掛かれない長命種だった。多種族との交わりが多くなり純血種は居ないとされているが、リブロは先祖返りと言われる体質で先祖と同じとまではいわないが肉体的老化のスピードが他人よりもかなり遅い。
既に百年以上生きているが、見た目は、六十代半ば。三十歳のエテレオと並べば親子の様に見える。
「外ではフードを被ったりしてごまかしてきたが、これ以上は無理だと思って引きこもったんだ。それは、君も知っているだろう?」
「えぇ、そうでしたね。これからも、ゆっくりゆっくり年を取って私を看取って下さいね」
「それは、ちょっと嫌だな……」
本気で嫌そうな顔をするリブロは、どこか少年さを残した男性だった。世話焼きのエテレオにかかると、どちらが年上か分からなくなる時がある。
しかし、そんな風に気負わずあるがままを受け入れてくれるエテレオに、リブロは感謝していた。
「君を看取るのは嫌だから、私は、一日だけ早く逝くことにするよ」
冗談なのか本気なのか分からない言葉を口にするリブロの目は、愛おし気にエテレオを見つめていた。その視線に、エテレオも気づいている。互いに思いを持ちながらも、今の状態が心地よくて一歩踏み出せないでいるのだろう。
「それで、お客様は、どんな感じだった?」
「えぇ、夢に見た通り明るくて楽しくて、良いチームでした」
ちょくちょくお菓子のクズをこぼすリベルタを横からトワレがサポートし、自分のことを後回しにし過ぎるトワレの為に美味しそうなお菓子をクルーガーが取ってやる。
愛妻に意識が行き過ぎて話の輪に入り損ねるクルーガーにシャイネンが声を掛け、人に気を遣い過ぎるシャイネンにリベルタがその微笑みで癒しを与える。
誰が欠けても上手く回らないし、揃っているからこそ最高の力が出せる。
「あの石が、お守り代わりになると良いんだが」
「そうですね。でも、もし効かなかったとしても、あの子達なら、どんな苦難も乗り越えそうです」
どうやら、あの贈り物には意味があったようだ。夢の中で時々出てくる黒い影。リベルタが踏みつぶした時は大笑いしたが、今後も出てこないとは限らない。
だからこそ、リブロは浄化作用のある石を彼女たちに贈ったのだ。少しでも助けになる様にと。
「さ、お客様のお話は、これで終わり!早く晩御飯を食べて下さい。片づけが遅くなる分、私が寝る時間が減るんですから」
「分かっているよ。さぁ、君も座って」
二人だけの食卓は、その後も尽きない話で盛り上がっていた。大好きな考古学の話、美味しかったお菓子の話。今までも、これからも、この食事風景だけは一生変わらないのだろう。




