第十六話 三女エテレオ
「まさか、ナーハフォルガー公爵家のエテレオ様が、史料館にお住まいとは思ってもいませんでした」
シャイネンに連れてこられた場所は、古文書研究の権威であるリブロと言う老人が、人生を掛けて収蔵した貴重な資料を管理する建物だった。高齢となったことで管理が行き届かなくなっていたところ、弟子であったエテレオが名乗りを上げて住み込みで手伝いをすることになったらしい。
「シャイネン先生。私達もご一緒して、本当に良かったのでしょうか?」
「俺達、完全に部外者だと思うんですけど」
そう言いながら心配げな表情でついてくるのは、トワレとクルーガーだった。エテレオが甘い物好きということを調べ上げ、手土産に各種お菓子の詰め合わせを持っているのは流石と言ったところだろう。
「いや、逆に忙しいところを呼びつけてしまったようで申し訳ない。姉がどうしてもと言ってきかないんだ」
彼女は昔から言い出したら聞かないところがあった。別に他人に迷惑をかけるようなことは行わないのだが、今回だけは、執拗にシャイネンに念押しをする手紙を送ってきた。よほど、トワレ達に会いたかったらしい。
史料館の中は、天井近くにステンドグラスが設置されており、図書館と言うより教会のような荘厳な空気が流れていた。
「凄く美しいですね」
目をキラキラさせて見上げるリベルタは、あまりにキョロキョロし過ぎて足元がおぼつかない。見かねたシャイネンが手を差し出すと、リベルタは嬉しそうな笑顔を浮かべてその手を取った。そして、これで安心とばかりに更に興味の赴くままに足を運ぶ。すっかりここへ来た目的を忘れてしまったかのようだ。
「ここは、元々個人所有の礼拝堂だった物を改装して史料館へ転用したらしい」
「だから、造りが学園のチャペルに似ているんですね」
リベルタは踊るような足取りで壁際の装飾等を見て回り、それにシャイネンも付いて回る。あまりにものんびりし過ぎていて、トワレはヤキモキし始めた。なにせ、相手を既に三十分は待たせている。
「先生、そろそろ……」
控えめに、しかし、しっかりと聞こえる声でトワレがシャイネンに呼びかけると、流石にやり過ぎたと思ったのか、まだまだ見足りない様子のリベルタを引きずるようにして戻ってきた。
「すみません、ついはしゃいでしまいましたね」
「先生、謝る相手は私達ではなくて、お義姉様だと思います」
「トワレさんは、本当にしっかり者ですね」
卒業して生徒ではなくなったが、トワレが先生と呼んでくれることをシャイネンは内心嬉しく思っている。
しかし、こう叱られては、立場は完全に逆転してしまっているようにも思えた。
「さて、では、そろそろ姉上に会いに行きましょう」
一番奥にある螺旋階段を上がっていくと、彫刻の施された木製の扉が現れる。それは、薄っすらと光を放っており、結界が張られている様子が見て取れた。不用意に触れれば、きっと何かしら罠が発動するのだろう。中に居る人間の許可を得ないと入れない構造らしく、シャイネンは扉に向かって声を掛けた。
「エテレオ姉上、シャイネンです。入れて下さい」
声が聞こえたのか、目の前の半透明な結界が雪が解けるように消えていく。そして辺りに花の香りが立ち込め、ドアが勢いよく開いた。
「待っていたわ、シャイネン!」
駆け寄ってきた彼女は、飛び上がる様にしてシャイネンに抱き着くと、その頬にキスをした。彼の義姉でなければ、リベルタは飛び膝蹴りをお見舞いしたことだろう。
「姉上、はしゃぎ過ぎです」
どうやらこれがエテレオの通常運転のようで、シャイネンは驚くこともなく彼女を自分から引き剥す。
「もぉ、つれないんだから」
「エテレオ姉上、そろそろ大人になってください」
六歳で夢にまで見た弟を得た彼女は、出会った頃からシャイネンをずっと溺愛してきた。しつこくし過ぎて一時期エテレオの姿を見ただけでシャイネンが泣いて逃げていた話は、ナーハフォルガー公爵家では酒の席で必ずと言っていいほど話題に上がるネタだ。
そんなエテレオが史料館に住み込むようになってからは、互いに忙しく、こうして年に一度でも会えれば良い方だった。
ひとしきり弟を堪能したエテレオは、クルリと身をひるがえすと、リベルタ、トワレ、そしてクルーガーにまでハグをした。
「いらっしゃい、待っていたわ、世界を救った三人の勇者さん達」
エテレオの言葉の意味が理解できないマジックバッグ研究会の三人は、ただただ呆然とするしかなかった。
■
部屋に入ると、丸いテーブルの上には沢山のお菓子が並べられていた。そして、それを五脚の椅子が囲み、まるで円卓会議のような様相を醸し出している。
「お好きなところへどうぞ」
エテレオの言葉に、リベルタはシャイネンの隣に、トワレはリベルタの隣に、クルーガーはトワレの横へ座った。こうなると、シャイネンとクルーガーがエテレオを挟むような形になる。
「あら、両手に花ね」
エテレオは、両手を左右に差し出して、シャイネンとクルーガーの方へと向けた。どこまでも明るく、楽し気な彼女だが、リベルタ達は先ほどの言葉が気になって仕方ない。
「えっと、先ずは、貴女がリベルタさん、貴女がトワレさん、貴方がクルーガー君ね。思っていた通りのお顔立ちだわ」
まだ名乗ってすらいないのに、エテレオは、まるで懐かしい友を見るような視線を三人に向けてくる。そして、少し潤んだ瞳は、泣くのを我慢しているように見えた。
「あの……私達の事をどこでお知りになられたのですか?」
リベルタの質問に、ポットへお湯を注いでいたエテレオは、目を細めてもう一度三人の顔を順番に見つめた。
「夢の中で、何度も貴女達を見たわ」
想像の斜め上を行く返事に、三人は互いの顔を見て首を傾げた。一度も顔を見たこともない相手の夢に自分達が出てきたとは、にわかに信じがたい。
しかし、何かに思い当たったトワレの次の一言で、場の空気が変わる。
「あ……未来視?」
それは、古文書の中に残されていた言葉で、夢でこれから起こることを見ることが出来る巫女を指すものだった。元々ナーハフォルガー公爵家は勘の良い一族ではあったが、その中でもエテレオは異質の才能を放っていた。
「トワレさんは、やはり博識ね」
エテレオは、皆のカップに紅茶を注いで回りながら、自分の能力について話してくれた。
「私が、初めて未来を夢で見たのは、八歳の時だったわ。遠く離れた場所に住む祖母が、亡くなったの。持病もない元気な人だった。家族に話したけど、悪い夢でも見たのだろうて信じてもらえなかったわ」
その後、皆が忘れかけていた頃に、訃報の知らせが手紙によって送ってこられた。それからもエテレオが色々な自然災害等を予見した為、誰にも知られぬようにと家族全員、使用人全てに他言無用の契約魔法が掛けられた。
「意外と未来視って使えないのよ。笑っちゃうわ」
見たいものを見れるわけでもなく、夢の内容を変えようと奔走しても、必ず最後は夢の通りになってしまう。正直、辛い場面ばかり見せられて、それを防ぐことが出来ないという苦痛は、エテレオにとっては死ぬよりも苦しい物だった。
同じような思いを家族にさせたくなくて、あれほどおしゃべりだったエテレオは、口を閉ざすようになる。その後、考古学を専攻してリブロを支えると家を出て行った時、彼女は全てを諦めたような顔をしていた。
「それなのに、貴女達は、自分の力で運命を変えてしまったわ!」
数年前、エテレオは、何度も同じ夢を見るようになった。治らない病が蔓延り、魔王が復活し、それを討伐する為に旅立った聖女一行が失敗に終わる絶望の物語。エテレオは、無駄だと分かっていたが、どうにか阻止することが出来ないかと自分なりに色々調べてみた。
しかし、病原菌の出どころも、魔王が封印された場所の正確な位置も、聖女となる少女の素性も分からない。そして、自分が動けば動くほど、夢を見る頻度が高まっていった。良かれと思ってしていることが、より悪夢の到来を早めている。その事実が恐ろしく、眠る事すら出来なくなり、限界まで起きていては気絶するように眠る。出口の見えない闇に閉じ込められたような日々は、彼女の体も心も消耗させた。
しかし、ある日突然終止符を打たれることとなった。
「一番最初にリベルタさんとトワレさんを見たのは、入学式の夢だったわ」
一人の少女が生理痛に耐えながら、勇気を振り絞ってそこから逃げ出そうとしていた。そこに差し伸べられた三つ編みの少女の手。二人の友情の始まりが、悪夢からの解放の序章だった。
「その日から、私は悪夢を見なくなったの。しかも、それだけじゃない。貴女達の快進撃は、まるで冒険譚を見ているみたいに胸が躍ったわ」
クズな幼馴染を成敗したかと思えば、マジックバッグという前代未聞の開発をたった二人の少女が始めた。気づけば、聖女一行に参加していたはずの白髪の美少年がその仲間になっていて、何故か弟のシャイネンまでが顧問に収まった。
「あんなに笑うシャイネンを見たのは久しぶり。いつも、難しそうな顔をしていたのにね」
姉に微笑みかけられ、シャイネンは照れくさそうに頭を搔いた。エテレオにとっては彼が、魔王に殺されることなく最愛の人を手に入れたことが一番うれしい事だった。
「私は、今まで破滅へと向かう未来を変えようと努力をしてきたわ。でも、どれも無駄に終わってしまった。このまま指を咥えて大切な人が死ぬのを待つしかないのかと絶望していたのに……。全てを貴女達が薙ぎ倒していってしまうんですもの。笑ってしまったわ」
泣き笑いのエテレオは、一体どれだけの苦しみを味わってきたのだろう。リベルタは、自分達がやってきたことが、彼女の心を救ったという事実がこの上もなく嬉しかった。




