第十五話 思わぬヴォルケンの才能
「父上、ここの数字なのですが……」
王都へ帰って来て以来、父親のフラッシュと共に仕事に励むヴォルケンが、一つの帳簿を持って現れた。それは、厨房の食材を購入する際の受け渡し表を纏めた物で、ただでさえ忙しい仕事の合間を使ってまで読むようなものではなかった。
ヴォルケンの集中力は他の兄弟を圧倒する程素晴らしいものなのだが、彼は気になると他にしないといけないことがあっても、そちらを優先してしまう悪癖がある。今回も、ジャガイモの値段が気になって仕方ないらしい。
「この四年で、一個の値段が二倍近く跳ね上がっています。他の野菜はそれほどでもないのに、これはおかしい事ではありませんか?」
確かに不作などがあって急激に高値になる事はある。
しかし、ジャガイモだけが四年かけて徐々に値上げされているのは、奇妙な感じがした。
「そこで、仕入れ業者を確認したのですが、三軒ある内の一軒が送ってきた請求書の金額がかなりの勢いで上昇しています。父上はご存じでしたか?」
ジャガイモなど、ナーハフォルガー公爵家が年間に支払う経費の0・1%にも満たない微々たるものだ。それの一個の値段など誰も気にしていない。
だが、こだわりの強いヴォルケンは、そこに不正の臭いを感じた。こういった嗅覚は、育てて伸びる物ではなく、いわゆる勘に分類される資質だ。
「ヴォルケン、お前が納得するまで、とことん調査してみなさい」
「はい! 分かりました」
そんな面倒くさいことは放って置けと言われるかと覚悟していたヴォルケンだが、父親のお墨付きを貰ったことで気兼ねなく調査に乗り出した。そして、彼が導き出した答えは、意外なものだった。
「うちの料理人の一人が、その業者に対して、使って欲しかったら値段に上乗せした分を自分に寄越せと脅していたようでした」
値段を釣り上げていた業者を責めるのは容易い。
しかし、何故そんなことをしたのかまで調査し、身内の不祥事まで炙り出すのは難しい。今回の罰は、マージンを受け取っていた料理人とおかしいと思いながらも支払いを続けていた会計係が受けることとなった。
料理人に関しては、紹介状なしにナーハフォルガー公爵家から離れてもらった。次の就職先が決まるかどうかは本人次第だが、流石に公爵家から放り出された人間を拾う者はいないだろう。
そして、会計係に関しては、一か月の減給と、今後の働き方を見て雇用を続けるかを判断することとなった。小さな子供もいる彼は、涙ながらに反省し、今後は確認を怠らないと約束をした。
「お前の性格は確かに色々と問題があるが、この仕事は適任かもしれないな」
そう言われたヴォルケンは、複雑な気持ちになった。褒められているような、貶されているような、そんな気分だった。それでも、誰かの役に立てたのは単純に嬉しい。
そして、なんの運命のいたずらか、その後、シャイネンが手を回して持ってきた仕事は財務局の監査の仕事だった。
「ヴォルケン兄上には、適任な仕事かと思いまして」
満面の笑みのシャイネンに、文句を言えるほどヴォルケンの心は強くない。しかも家族全員が喜んでいるのに嫌だと言えば、直ぐにでもアニマが飛んできて首根っこを掴まれることだろう。
「行ってきます」
ショボンと肩を落として初出勤をしたヴォルケンを待っていたのは、大量の帳簿だった。ライトの一件以来ヴィッセン国王も本腰を入れて民の為の政策を打ち立てようとしているらしい。
ただ、それには先立つ資金がいる。今までずさんな会計がなされていたものを一から調べ直し、罰するべきは罰し、取り戻せるところからは取り戻さなくてはならなくなった。その為いくら人が居ても足りず、ヴォルケンの名が挙がってきた時に局長が一存で雇用に許可を出したのだ。
実はヴォルケンは、結界師としての腕前もさることながら、座学での成績が群を抜いていた。それは、記憶力、洞察力、思考力が優れているからだ。それ故に、小さなことをグジグジと思い悩む面倒くささも孕んではいるが、優秀な人材なのは間違いない。
「これ、全部見ないといけないんですか?」
「ヴォルケン君。それが、仕事と言うものだよ」
上司に怒られ、渋々帳簿を開いた彼は、内心もっと花形な部署への就職を想像していた。学園を首席で卒業した時は、引く手数多だったのだから。自分の自惚れを恥じつつページを一枚、一枚めくっていくと再び彼の集中力と暗記力が発揮されることとなる。
「すみません。ここの数字なのですが、別の資料と比べるとかなり金額が違うように思われます」
ヴォルケンが見つけたのは、助成金の申請書と実際の支払額の差額だった。申請の三倍の金が払われているのに、それがどこに行ったのか追跡が出来ない。注意深く見ていくと、それが一件や二件じゃないことが分かってきた。
こうなると、ヴォルケンの粘着質な探求心が火を噴く。各部署に突撃しては資料を見せてもらえるまで居座り、齟齬が見つかれば再び解明できるまで追いかけていく。こうなると獲物を追う獰猛な猟犬だ。ただでさえデカい体は事務仕事しかしてない細身の職員達を無言で圧倒し、文句を言おうとする者を鋭い眼力で黙らせる。
そして、とうとう辿り着いたのは、先王時代の側妃が出戻った公爵家。そこにはヴィッセン国王の異母兄弟インカパズがいる。
しかし、既に公爵家は側妃の兄の息子が代替わりして治めており、彼の入り込む余地はない。かといって放置するわけにもいかず、側妃と公爵家の人脈を使い、彼を財務局の局長クラスへ無理やり捻じ込んでいた。
ただですら無能な男が、金が唸る場所に置かれればやることは一つ。己の財を膨らます為にありとあらゆる不正に手を染めていた。
それを糾弾しようとする職員もいたが、皆、既に左遷させられたり退職させられていた。その指示を出したのが誰かなど、もう言わなくても分かるだろう。
「ヴォルケン君、これを裁くのは我々には難しいと思われる」
上司は、大量の証拠の前に悔しそうに歯噛みした。彼とて不正を明らかにしたいが、その余波は無理やり言うことを聞かされていた人々にまで及ぶ。そして、結果として本丸を落とすことは出来ないのだ。
「それでは、調べた甲斐がないではないですか」
ヴォルケンの素直な感想に、上司は頭を下げるしかない。普通なら、ここで終わるのだろう。
だが、このヴォルケンと言う男の面倒くささを侮ってはいけない。
先ず、彼が向かったのはインカパズの従兄。そう、現在公爵家の当主をしている男の元だ。
「初めまして、ナーハフォルガー公爵家次男、ヴォルケンと申します」
夜会に参加していた公爵は、突然現れたヴォルケンに不審者を見るような視線を向けた。それはそうだろう。公爵家の当主に公爵家の息子と言えども跡継ぎですらない男が気安く声を掛けるものではない。
だが、それを注意するにはヴォルケンの体格が良すぎた。見上げると首が痛くなるような高身長に、騎士のような二の腕。端正な顔立ちは、やや暗さがあるものの、それが凄味になっている。
「インカパズ様の件で、お話が」
それだけ言えば、何のことなのか伝わるほど、公爵家にとっても彼は厄介者なのだろう。
「アレは、うちの人間ではない」
吐き捨てるように言うが、
「しかし、捕まるようなことがあれば、無関係とは言い切れなくなると思いますが」
と言われると、黙るしかない。叔母が帰って来て以来、彼は嫌な思いしかしていない。母は、まるで小間使いの様に顎で使われ、兄であるはずの父も腫れ物に触る様に扱う。それでも追い出せないのは、インカパズに王位継承権があるからだ。もしもが起これば国王になる可能性のある男。手放してしまうには惜しいと傍に置いていたら、今では癌のように公爵家を蝕むようになっていた。
「それ、きれいさっぱり取り払ってはいかがですか?」
ヴォルケンが手渡した資料は、インカパズに関するものではない。インカパズの母親、側妃が今までに行った不正の数々。そして、そこには何人もの愛人の名前が書き記されていた。側妃は、自分の男達に良い地位を与えるために、色々と手を回していたのだ。
「もう、お孫さんがいらっしゃっても良いお年ですのに、お盛んなことでなにより。公爵様にいたっては、なんといわば良いのか分かりませんが、頑張ってください」
ヴォルケンは、決して嘲笑っているわけではない。本当に、お通夜の客の様に公爵にお悔やみを言っているのだ。
「……かたじけない。上手く使わせてもらおう」
その後、インカパズの母親が、公爵家より除籍されたことが社交界の噂になった。無論、そのあおりをインカパズも受けている。元々継げる爵位などなかった彼だが、後ろ盾を失くしてしまえばただの人。しかも、その高貴な血筋にすら疑いの目が向けられている。
側妃が先王以外の男性と関係を持っていたことが明らかになったことで、インカパズは不義の子かもしれないという噂が広がった。こうなると、誰も、彼を次の王に担ぎ上げることはしないだろう。
「はぁ……やっと終わった」
ヴォルケンは、自分の仕事に満足のいく結果が得られたことに達成感を感じた。ただ、それだけだった。彼の成し遂げた成果により、ほっと胸を撫で下ろした被害者達は両手で足りない程いる。彼らも強制されたとはいえ、悪事に手を貸してしまっていたのだ。止めたくても止めさせてもらえない負の連鎖を、ある日突然見も知らない男がバッサリと切り落としてしまったことに心の中で感謝し、そして、もう二度とこんなことに巻き込まれないようにしようと心を新たにしている。
ヴォルケンが成したのは、ただの不正発見だけではない。腐りかけていたヴィッセン国王の屋台骨を、根本から魔改造する大工事をやってのけたのだ。
しかし、彼の仕事はこれでは終わらない。
「あの…ここの数字がおかしいと思うのですが」
上司は、この言葉を聞くたびに笑いたいような、泣きたいような気持になる。それだけ、ヴォルケンの成す仕事は、意味があることであり、また、うんざりするほどの質問攻撃にさらされるスタートを知らせる鐘でもあるのだ。




