第十二話 ジュポーネ祭り
次の日、厨房を見せてもらう前にリベルタは、呼び寄せなければならない人物がいる。それは、勿論心の友トワレとクルーガーだ。
「昨日の夜別れたのに朝から呼びつけるって、どういう神経してるんだ?」
「クルーガー、これは、儲け話の匂いがプンプンするわ」
「トワレ、頼むから少しは、休ませてくれよ」
トワレと結婚して以来、着実に業績を伸ばしている二人の商会だが、まだまだ従業員はシュクセ男爵が貸してくれた人材が多く、基本二人が自分たちで動かねばならないのが実情だ。若手育成も並行して行ってはいるが、こういった営業はどうしてもトワレが先陣を切ることになる。
そして、朝一番に届けられたリベルタの手紙の文字が跳ねるように踊っていたのを見て、トワレは何か美味しい話が聞けると確信していた。なにせ、親友は奇人変人ではあるが、面白いもの、楽しいもの、美味しいものを探し出す天才である。
「トワレ、待っていたわ。先ずは厨房へ」
挨拶もそこそこに連れていかれた先では、既にいい匂いが漂っていた。
「リベルタ様、本当に美味しいですわ」
「アイリス様、それは焼きおにぎりというものですのよ」
三角の茶色い何かを素手で持ち、頬張る次期侯爵夫人に料理長も困惑した顔をしている。普段の物静かなイメージとのギャップに対応しきれていないのだろう。
しかし、現公爵夫人のスペランツァまでが好奇心に勝てず焼きおにぎりを手に取ったため、一気に皆が手を伸ばした。
「うんめぇ」
「やばい、この表面のパリッとした感じと中のふんわりした食感が癖になる」
料理人達は、匂いを嗅いだり使われた食材を確認したりと忙しい。慌てて残りの一つを手にしたトワレは一口食べて震えた。
――売れるわ。
彼女の商売人魂が叫ぶ。
「クルーガー、これ食べて」
半分に割った物を差し出され、朝食すら食べずに引っ張ってこられたクルーガーはパクッと大きな口を開けて頬張った。
「ふはっふはっ、これ、やばいな」
然程熱くもなかったはずだが、猫舌のクルーガーは口の中を冷やそうと息を何度も吐いている。だが、その様子が、益々焼きおにぎりを美味しそうなものに見せ、もっと食べさせてくれとあちらこちらで声が上がる。
「皆様、お待ちください。この焼きおにぎりには、大変希少なジュポーネ国の食材が使われております。アイリス様のご厚意により今回は使わせていただきましたが、今後も末永く食していただくために大量消費は避けなばなりません」
物凄く理知的な人間の物言いだが、単に自分が分けてもらう割り当てが減っては大変とリベルタは熱弁を振るう。
「その代わり、次は、こちらをご賞味ください」
リベルタが他の食材で作ったのは、味噌汁。残念ながら鰹節や昆布はない為、豚汁にした。他にもキノコや根菜などと言った風味豊かな食材と合わすことで、具沢山な一品となっている。こちらも大変貴重な味噌を使っている為一人一人に当たる量は三口ほどだが、皆大満足だった。
「いや~、あの白い粒は茹でたらドロドロになるので、どうしたものかと悩んでおりました。それに、今まで塩辛いだけの使用方法も良く分からない調味料も、これほど味わい深かったとは。これからは、どんどん使っていこうと思います」
「いえ、ほどほどでお願いします」
料理長の意気込みを、リベルタは眉を下げて懇願するような思いで抑えて欲しいと願う。
――まずいわね。これでは、殆ど譲ってもらえそうにないし、どうにかして直接ジュポーネ国から仕入れないと。
リベルタは、すがるような思いでトワレを見た。すると、わが意を得たりと言わんがばかりの表情で、親指を立てていた。本当に頼りになる親友である。
その後、トワレはアイリスの実家を通してジュポーネ国と初めて貿易を行う商会となる。遠い島国だけに、物流にお金がかかることが難点で今まで他の商会は手を出してこなかった.のだが、既にシュクセ男爵家が敷いた魔石運搬ルートと高速馬車がトワレ達にはある。そして、そこにジュポーネ王国が得意とする海上運搬を嚙ませれば、互いにウィンウィンな関係となり、上質な絹織物や繊細な工芸品までもが取り扱われるようになっていく。
代わりに、ジュポーネ王国には、こちらの魔道具が流れていき、生活水準を一気に上げる一助となった。特に海水を生水に変える魔道具は、同時に塩の生成も出来る為、輸出品に塩も加えられることとなる。
それだけの大事業の切っ掛けを作った本人が得た報酬は、結局、味噌、醤油、鰹節といった食材の無償提供だけだった。それでも大満足なリベルタだった。
■
「り~、これ、にゃに?(リベルタ、これは、何?)」
舌ったらずな言葉で一生懸命質問してくるのは、ホーレンとアイリスの息子リースだ。まだ一歳半だというのに、意外と会話が成り立つことにリベルタは驚く。
「これは、ライスプディングですよ。お米のプリンです」
「リベルタさんは、料理も得意なんですね」
「いえ、全然。アイディアを伝えただけで、全て料理長が作ってくれました」
おにぎり用に炊いたお米の残りと砂糖、卵などを使って作ってもらった。小さな子供との関わりかたを知らないリベルタは、完全に餌付けに振り切ることにしたらしい。
その横では、プディング並みにトロトロな顔のシャイネンがリベルタを見つめていた。目の前で甘々な雰囲気を垂れ流す叔父と見慣れぬ美女を、いたいけな少年はどんな気持ちで見上げているのだろうか?
「りー、あーん」
どうやら、彼は小さいながらにリベルタに好意を抱いたようだ。そして、叔父に対抗すべく愛らしさという武器で挑んでくる。
「まぁ、小鳥みたいにお口を開けて待たれては、お相手しなければなりませんね」
ダンスの申し出を受けた淑女の様に、変な口上を述べながらリベルタはスプーンを手に取った。
「はい、あ~ん」
「あ~ん、おいちぃ」
「良かったですわ。私が作ったんじゃないけれど」
どうも自作でないことに多少の罪悪感を抱いているリベルタは、微妙な笑顔でもう一口分をスプーンで掬う。それを見たリースは、慌てて口を開けた。あ~ん、パク、あーん、パク。あっという間にライスプディングは無くなった。
空っぽになった容器を見て、リースは、次の手に出る。
「だっこ」
両手を広げて体を上下に揺する。ベビーチェアから落ちてしまいそうで、リベルタはハラハラした。そして、慌てて抱き上げようとしたのだが、シャイネンが横から奪うようにしてリースを抱き上げた。
「リース、シャイネン叔父さんと友好を深めよう」
「や~の」
「まぁまぁ、そう言わず」
駄々をこねるリースをシャイネンは、フワリと上に持ち上げた。風魔法で無重力のような状態を作り上げたようで、リースは空を飛んでいるような気分になる。
「わぁ~~~~、しゅごい、しゅごい」
リースが手足をバタバタと泳ぐように動かすと、それに合わせてシャイネンが前へと歩いてくれる。
「どうだ、楽しいか?」
「もっともっと」
母のことは大好きなリースだが、こんな風にダイナミックな遊びはしてくれない。そして、父であるホーレンは、ここしばらく仕事が忙しくて遊び相手になってくれなかった。その為、この時のリースの燥ぎようは凄まじく、体力を限界まで使った彼は、いつもより長くお昼寝をした。
「楽しかったようで、良かった」
ホッと胸を撫で下ろすシャイネンの裾を掴んでリベルタは見上げた。
「お疲れさまでした」
「これくらい、大したことじゃないですよ。それに、自分の子供の予行演習と思えば力も入りますから」
見つめあう二人は、互いにほほを染めた。そんな未来が、早く来たらいいなと互いに思った。
次の日、リースがシャイネンと遊んでもらった話を聞いたホーレンとフラッシュが、負けじと同じようなことをした。そして、フラッシュだけが腰を痛めた。
「そろそろ自分の年を考えて下さい」
スペランツァのごもっともな突っ込みに、返す言葉がないフラッシュだった。




