第十話 長男 ホーレン
仁王立ちで見送ってくれたアニマに、リベルタもトワレも、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。それくらい、彼女は素敵な女性だった。
トワレは、アニマ孤児院の第一期生をシュクセ男爵家の商会で受け入れることを申し入れていた。こうして彼女と繋がりを持ち、いつの日か、この聡明で美しい男装の麗人を世の女性達に知らしめたいと野望を抱いている。
「アニマ様ほどの逸材を、放置するなんて愚の骨頂よ!」
鼻息の荒いトワレは、既にアニマのファン一号だ。リベルタも一号を名乗りたかったが、
「貴女は、妹になったんだから、これくらい譲りなさいよ!」
とマジ切れされて諦めた。
その後、色々とあって、やっと到着した王都のナーハフォルガー公爵邸で待っていたのは、長男ホーレンの厳しい眼差しだった。この時程、先に帰宅したトワレ達を羨ましいと思ったことはない。
しかし、その厳しさはリベルタに向けられたものではなかった。
「なるほど、そういう経緯があって王都へ来るのが、こんなにも遅れたということですか」
父フラッシュを前に、長男のホーレンは息子らしからぬ厳格な態度で睨みを利かせている。
「悪いとは思っている」
「父上、悪いと思っている人間は、アニマの所からここへ来る間に他の町に寄って祭りに参加したりしないんですよ」
ある町で、花祭りという有名なイベントがあると言い出したのはリベルタだった。それを聞いたスペランツァが見たいと騒げば、妻が大好きな夫が拒否をするなどありえない。結局、リベルタが可愛いシャイネンも止めきれず、その町で五日余り過ごしたのだ。
確かに、ホーレンから王都への帰還を願う手紙を受け取ってから数えれば、一か月以上は経っている。
しかし、その間に隣国に向かいヴォルケンを救出し、クグロフを罰してマデリンを領主に据え、その足でアニマの元へ行き、素敵な子供達と畑仕事に勤しみ、しかも花祭りに参加して帰ってきたのなら早いとは言えなくとも遅いわけではない。
「父上、まず論点が間違っています。貴方がついていく必要があったのかと言うことです」
ホーレンの言い分は正しい。正直、フラッシュは今回の件では何も活躍していないのだ。当代きっての結界師も、出番がなければ、ただの人。居ても居なくても、どちらでもいい存在。
「ホーレン、それなら私も責めを負うべきですね。私も、なんの役にも立っていませんもの」
夫を庇おうと健気にスペランツァが手を挙げた。母の献身に胸を打たれて許すのかと思いきや、
「母上、病み上がりで大層楽しまれたようですが、後でお医者様に見て頂きますからね」
と手厳しく怒られた。
「「ごめんなさい」」
夫婦そろって頭を下げる姿は、学校の先生に怒られる子供のようだ。バケツを持って廊下に立たされそうな勢いに、リベルタは、自分も叱られているような気分になる。
蓋を開けて見れば、ナーハフォルガー公爵家は、ホーレンで回っているようだった。その重責を一気に背負わされた長男は、眉間に深いしわを刻んでいた。
そんな彼にとって、他のことはさておき、花祭りに五日も使われたとあっては許せなかったのだろう。
「私は、暫くの間休みを頂きますので、父上、頑張ってください」
大きな声で宣言すると、クルリと向きを変えて廊下に通じるドアへと歩いていく。
その背中に、フラッシュは、必死にご機嫌を取ろうと声を掛ける。
「ホーレン、そこなんとか。お土産に、お前の好きなワインも買ってきたんだぞ」
「結構です。それに、折角良い人材を連れて帰ってきたのです、そこで背中を丸めている馬鹿弟を使い倒して下さい」
ずっと家族のためにナーハフォルガー公爵家を支えてきた長男は、理由はどうあれ長年放浪を続けてきた次男の名前など呼ぶつもりはないらしい。
「馬鹿だ、馬鹿だとは思ってきましたが、独りよがりな罪悪感をいまだに拗らせ、赤子の様にグズる三十路の男になど嫁の来てはないでしょう。一生独身なのですから、自由な時間など与える必要はありませんよ」
吐き捨てるように言われて、ヴォルケンは益々背中を丸めて涙目になった。
こんな状況を見せられてリベルタも半泣きになったが、そんな彼でも、末弟の婚約者には、何故か蕩けるチョコレートよりも甘かった。廊下に出るとホーレンはリベルタの前に立ち、先ほどの剣幕からは想像が出来ない程の優しい微笑みを浮かべた。
「君がリベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢ですね。会えて嬉しいです」
しっかりと握手され、下手をしたら頭を撫でだしそうな勢いに、シャイネンが間に入って牽制し始める。
「ホーレン兄上、彼女は、私の婚約者ですので不用意な接触はご遠慮願いたい」
「シャイネン、そうキャンキャン鳴くな。余裕のない男は嫌われるぞ」
アニマのあの物言いは、もしかしたらホーレンを真似たものなのかもしれない。顎を上げてわざと馬鹿にしている表情を作っているホーレンの目が、途轍もなく優しい。彼にとってもシャイネンは、ずっと心配していた存在だったのだ。
それが、なんとも可愛らしい少女を婚約者として連れてきたかと思うと、ずっとそばで甲斐甲斐しく世話をしている。揶揄いたくてウズウズする彼を止めることの出来る人物は、残念ながら、ここには居ない。
唯一、彼に物申せるのは、幼な妻アイリスだけらしい。彼がデビュタントに参加した彼女に一目惚れして、次の日に婚約の申し出をしたことは、数年前に社交界を賑わした話題だ。
なにせ、当時のホーレンは、超優良物件なのに一向に女性に興味を抱かないため、もしかしたら一生結婚しないのではないかと言われていた。そんな堅物と噂だった公爵家次期当主は、十歳以上年の離れた妻を娶り、父フラッシュに負けず劣らずの愛妻家で有名になっていた。
今彼女は幼い息子を寝かしつけるために子供部屋にいるらしい。乳母や侍女に任せきりにしないところは、前世の記憶のあるリベルタと感覚が似ているのかもしれない。
「妻もそろそろ戻ってくると思うから、一緒に軽食でも食べながら友好を深めてやって欲しい」
出産後も子育てに忙しくしている上に、第二子をお腹に宿しているアイリスは、ほとんど社交をしていない。それが、今日は同じくらいの年頃の人間と話せるとあって、リベルタのことをとても楽しみにしいるとホーレンは教えてくれた。
「私もお話しできたら嬉しいです。しかし、お父様とヴォルケン様をあのままにして置いて宜しいのですか?」
帰って直ぐに執務室に閉じ込められた二人は、今から仕事をするらしい。既に夜の八時。数時間で終わる量でもなく、徹夜しても一割くらいしか進まないだろう。
ならば、一度きちんと寝て、朝からやった方が効率がいい。
「リベルタさんは、頭の良い人ですね。でも、問題はそこではないのですよ」
ホーレンが言うには、これは、ヴォルケンが家に帰ってきやすいようにする為の儀式みたいなものらしい。誰からも責められなければ、彼は再び自分を罰するという大義名分で外へ飛び出して行ってしまう。
「あとは、父に任せば大丈夫でしょう。今頃、変なことを考える暇もないくらい、アイツが出来そうな仕事を見繕ってやらせているはずです」
先程の一幕が、次男を家に迎える為の父と長男の連係プレーだったのだと教えられ、リベルタは感心した。
――ホーレンお兄様は、上司としては最高の人かもしれないわ。
叱るところは叱り、嫌われ役を買って出ても、周りが上手くいくように根回しをする。生半可な覚悟ではできないだろう。人間、誰しも嫌われたくなどないのだ。
「普通ではできないことだと思います。なので、私は、尊敬します」
「これは、嬉しい。シャイネン、良い人を見つけたな」
「はい。自分をほめてやりたいと思います」
とても良い雰囲気で話が進んでいたのだが、突然執務室の扉が少しだけ開いたことで、全員がそちらを一斉に見た。
三センチほどの隙間の向こうには、青い瞳が見える。無論、その持ち主は、スペランツァだ。
「あのぉ~、私も、アイリスさんに会いに行っても良いかしら」
「母上、我々が出る時に一緒に出て下さいと言っておいたでしょう」
「タイミングを間違えちゃって、気づいたら、カーテンの後ろに居たの」
「何をどうすれば、そうなるんですか」
かくれんぼでもしていたのか?と喉元まで言葉が出そうになったリベルタ。まだまだ、スペランツァの人となりが読めないでいた。
コメント欄、定型でのお返事になってしまい申し訳ございません。現在、アルジェとリベルタの続きを同時に書いている為時間が全然足りません。また、暫くすると書籍化の方も本格的に作業が始まると思います。少しでも早く皆様に本と言う形で見て頂けるよう頑張りますので応援よろしくお願いいたします。
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