第九話 アニマの孤児院
「そうかそうか、君が私の義理の妹になるんだね。それは、嬉しいことだな」
シャイネンから改めて紹介されたリベルタを前に、アニマは満足そうに何度も頷いた。王弟という身分を一生隠し通さなければならなかった末弟に、一生の伴侶が出来ることを心の底から喜んでくれているようだ。
そんなアニマの横で、いまだにお通夜のような顔のヴォルケンが座っている。うっとうしくて仕方がない。
――神様は、何故二人の性格を混ぜてあげなかったのかしら。そうしたら、普通の人になれたのに。
リベルタは不思議に思うが、それが個性というものである。そして、この世の中に、普通の人など居ないのだ。全ての人間は、己を普通と思っているが、他者から見れば個性の塊。
現に、自分を普通と思っているリベルタは、どこに出しても恥ずかしくないキャンセル界隈のトップオブトップだ。己のことが一番分からないという、典型的な例である。
「シャイネン、リベルタさんを大事にしなさい」
「はい、アニマ姉上」
「あんなに小さな子が、こんなに立派になって、そしてこんなに美しい婚約者まで連れてくる。私は、今日は、世界一幸せ者の姉だよ」
うっすらと涙を浮かべるアニマは、初めてシャイネンがナーハフォルガー公爵家に来た日のことを思い出した。十歳離れた彼女は、その時点でデカかった。
フニャフニャとした小さくて柔らかい存在を、愛おしいと思いながらも、思い切り抱きしめたら潰れてしまうのではないかと恐れたことは懐かしい思い出だ。
シャイネンが現れたことで末っ子のエテレオが拗ねるのではないかと皆が心配していたが、六歳の少女が率先して世話をしようとする姿に、どんなに幼くても人の中には他人を思いやる力があるのだと知った。
その経験は、今の孤児院経営の中でも何度も体験する嬉しい喜びであり、活力にもなっている。
「実は、ちょうど父上と母上に相談に行こうかと思っていたところでした。ヴォルケンが居るのも都合がいい。今、お話させて頂いても宜しいですか?」
改まって両親に許可を取るアニマに、フラッシュが頷いた。
「どんなことだい?」
「実は、ここを巣立つ子供達についてなのですが」
ここでは、両親を病気や事故で失ったり、どうしても経済的に子供を育てられない貧困家庭から預かった子供達が共同生活をしている。資金は、アニマが冒険者として稼いでくる金とナーハフォルガー公爵家からの補助金。彼女の気持ちに賛同する仲間からの寄付も少なからずあった。
そして、大きな者が小さな者の面倒を見てくれることで、一見、上手く回っているように見える。
「しかし、大きくなった子供達を、一生ここに縛り付けるわけにはいきません」
全ての子供には、可能性があるとアニマは常々思っている。魔法の適性が高い子もいれば、裁縫、料理、計算といった日常生活になくてはならない分野で才能を発揮する子供もいる。
「この子達が、安心して働ける職場を提供していただきたいのです」
孤児院出となると、どうしても足元を見られやすい。安い賃金で長時間働かされるだけでも業腹だが、暴力を受けたり、女の子なら口では言えないような被害にあうこともある。
「私がここを運営するようになって、もう十年。そろそろ一期生が巣立つ頃です。ここ、フリーデン大国は一見平和そうに見えますが、安心して子供を送り出せる程安全な国ではないのです」
これは、暗に現王ヴィッセンを批判しているとも言える。表面上は取り繕っていても、本当の意味での善政が行えているとは言い難い。こういう歪は、常に弱い者にしわ寄せが来るのだ。
「なるほど。私は結界師として働いている為、そういった細かな部分がどうなっているのか知る機会が少なかった。だが、今後この国の発展を考えるうえで、若人の未来は明るいものでなくてはならないな」
防衛を固めるために、国の要所を巡り結界石の作成と修理に追われるフラッシュは、政策を決める会議に出席できる頻度は少ない。こういった部分は、長男ホーレンが得意とするところではあるが、彼もナーハフォルガー公爵家の領地経営を父に代わって行っている為、手一杯なのだろう。
「そこで、ヴォルケン、君の出番だとは思わないかい?」
アニマは、隣でしょぼくれているヴォルケンの肩を抱いた。
「はぁ? 俺が?」
「目の前の困った人間を一人助けるのと、目に見えない何十万という人間を助けるのでは、規模が違う。君が国政の中心へ行ってくれれば、私としても意見を吸い上げてもらいやすくなるだろう?」
いたずらっ子の様に笑うアニマに、ヴォルケンは、深いため息をつく。こういう話をしだした双子の片割れは、実現するまで自分を追ってくるのだ。それを身を以て知っている為、半分諦めたような顔をしている。
「今更、俺に何が出来るんだよ」
「その辺をウロウロ旅して、手当たり次第に困った人に金を配って、時々人を殴って捕まるよりも効率よく人を助けられるんだ。とりあえずやってみればいい」
やり方は、丸投げのようだ。アニマは、孤児院の運営で忙しい。ウジウジと不幸な顔でネガティブな空気をまき散らす男を国の運営に投じることは、もし失敗に終わったとしても、費用対効果として悪いものではない。
なにせ、放浪の旅をするヴォルケンが起こす不祥事を、一々対応せずに済むようになるのだから。
「アニマ姉上、それは、妙案ですね」
シャイネンは、今回の315315事件で、愛してやまないリベルタを囮に使われたことを根に持っている。俄然やる気を見せた弟に、ヴォルケンは、顔色を青くしていた。
なにせ、末弟は、優しい笑顔の裏で、根回しをして思い通りに人を動かす才を持っている。
しかも、彼の実兄が王なのだ。既に、どの人間に話を通せばヴォルケンを効率よく政治の中枢へ送り出せるか頭の中ではルートが出来上がっていた。
「いやいやいや、待て、シャイネン、俺はやるとは言ってない」
「善は急げですよ、ヴォルケン兄上。私の友も、多くの者が省庁関係に在籍しています。それに、アニマ姉上やヴォルケン兄上のご学友もいらっしゃる。今すぐにでも、王都へ行きましょう」
とんとん拍子に話が進んでいく様子を、アニマは手を叩いて喜んでいる。
「流石は、シャイネンだな。心強い」
アニマが、親指を立てて末弟を称賛する横で、当事者であるはずのヴォルケンは、誰にも話を聞いてもらえずに頭を抱えた。
「おいおい、勘弁してくれよ」
ここで反対を述べるのは、ヴォルケン一人だ。騒動に巻き込まれて色々大変な目にあわされたマジックバッグ研究会の三人など、満面の笑みで拍手をしている。
「さて、話も終わったことだし、折角来てくれたのだから、我が家の料理を食べて行って欲しい」
アニマが立ち上がってドアを開けると、料理を載せたワゴンが入ってきた。てっきり魔法で動かしているのかと思ったら、ワゴンよりも背の低い子供達が二人掛かりで押してきている。そして、その後ろに、もう少し年上の子が皿等をお盆に載せてついてきていた。
「ゆっくりよ、ゆっくり。はい、ストップ。皆さんにご挨拶をして。それでは、失礼いたします」
自分も小さいのに、更に小さな子に指示を出す姿は、ここで頑張る子供達の教育がちゃんと行き届いている表れでもあった。
「ね、どこに出しても恥ずかしくない子達だろ。しかも、とっても可愛いんだ」
アニマに褒められ、部屋から出ていこうとしていた子供達の顔は、喜びに溢れていた。特別なお客様にお料理を出すメンバーは、じゃんけんで決まっており、年齢関係なく公平な扱いになっている。多分、この小さな給仕達は、今夜興奮してなかなか眠れないことだろう。
出された食事は、決して豪華なものではなかった。ゆでたジャガイモや、焼いたソーセージに生野菜のサラダ。そのどれもが孤児院で育てたり作ったりしたもの。味付けもシンプルなため、素材の味が良く分かる。
「おいしい……」
リベルタは、しっとりとしたジャガイモの質感とそれに添えられたバターのコクに驚いた。前世でも味わったことのない本来の旨みに、野菜のポテンシャルの高さを知る。
「肥料も手作りなんだよ。それに、子供達が丹精込めて毎日お世話をしてくれているからね。明日の朝、案内するよ。早朝の畑は、本当に気持ちいいものだから」
アニマの笑顔は屈託がなく、子供の様に愛らしい。リベルタは、アニマの婚約者だったベッツが、彼女を可愛いと評していたことに納得ができた。
――一人っ子の私に、こんな素敵なお姉さまが出来るなんて、私こそ幸せ者だわ。
約一名、後ろ向きを絵に描いたような双子が居ることは、この際無視だ。出来れば、もう二度と会いたくないと思っている。
そんな表情を見せたつもりはないのだが、アニマはリベルタの方を見て、ウンウンと二回頷いた。
「まぁ、そういうわけだから、この情けない弟を王都へ連れて行って、しっかり世のため人のために使い倒してくれたまえ」
心の中を読まれたような気がして、居た堪れないリベルタだった。
今日は、一日外に出るので冷凍したポカリなど万全を期しております。皆様も、気をつけて下さいね。




