第八話 双子のヴォルケンとアニマ
牢から出てきたナーハフォルガー公爵次男のヴォルケンは、久しぶりに見る太陽の眩しさに目を細め、手で顔の前に影を作った。何がどうなって解放されたのかなど、理解する状況ではない。
ただ、今目の前に彼の両親と末の弟、そして見慣れぬ美女が立っているのを見て、彼らが何かをしてくれたのだと気づいた。
本当の立役者であるトワレと防音魔法しか使い道のなかったクルーガーは、ナーハフォルガー公爵家の面々の陰に隠れるようにして立っている。二人とも、仕事が終われば、もう、ヴォルケンになど興味がないのだ。
「父上……母上……」
久々に見る母スペランツァは、かなり痩せているように見えた。彼女を支える父フラッシュの表情もいささか硬い。長い間心労を掛けてしまったことは、彼自身良く分かっている。
申し訳ない気持ちと、それでも、この生活を続けなければならないと思い込む頑固さが、真一文字に結ばれる唇に表れていた。
「申し訳ありませんでした」
「貴方は、何に対して謝っているのかしら?」
思いのほかきつい口調で問いただしたのは、常に優しいほほえみを崩さなかったスペランツァだった。彼女は、ヴォルケンに近づくと、つま先立ちになり両手で彼の顔をパチンと挟み込んだ。
「もう、懺悔の旅は終わらせてはどう?」
言葉の意味の分からないリベルタ、トワレ、クルーガーは、ポロポロと涙を流しながら首を横に振る大男を不思議そうに眺めていた。どうやら、ヴォルケンという男は、ただの自由人ではなく、何かの贖罪に旅を続けていたらしい。
「俺が傍にいながら、アイツを死なせてしまったから……」
想像より重い過去に、リベルタ達は、自分達が口をはさむべきではないのだと理解し、空気と化した。
早く終わって欲しいなと、リベルタの目が言葉よりも如実に気持ちを表している。
話をまとめると、ヴォルケンの親友ベッツは、双子の妹アニマの婚約者でもあったらしい。仲の良いヴォルケンとベッツは、二人でダンジョンに潜り、そしてベッツだけが帰らぬ人となった。
彼らは、自分達の力を過信していた。そして、ヴォルケンを守ってベッツが死んだ。
それ以後、妹のアニマは、ナーハフォルガー公爵領で孤児院を開き、孤児たちの母として一生独身でいることを心に決めている。そして、ヴォルケンは、みすみす友を死なせてしまった後悔に耐え切れず、こうして旅をして助けを求める人間に手を貸し続けていたのだ。
「偽善ですね……」
その言葉を言ったのは、なんとシャイネンだった。この事件が起こったのは、彼がまだ学園に入って間もない頃だった。そして、家を飛び出してしまった兄と会うのは、十二年ぶりのことだった。
「ヴォルケン兄上、貴方の贖罪は、単に目の前の人を助けて、自分の罪悪感を軽くしようとする自己満足に過ぎない。貴方が国の中枢で働けば、その波及効果はもっと沢山の人を救い、育てることになる。そろそろ、帰ってこられてはいかがですか?」
その言葉に、ヴォルケンは声をあげて泣いた。本当は、分かっていたのだ。自分の愚かな行いを親友が喜んでなどいないことを。
「では、一緒に帰りましょう。王都に向かう途中に、一度アニマにも会いに行けばいいわ。あの子の姿を見れば、貴方のその頑なな心も溶けるはずよ」
スペランツァは、汚れたヴォルケンの顔を手で拭ってやった。こうして、彼の贖罪の旅は終わった。
■
「リベルタさま~~、また是非、いらしてくださいませぇ~~」
全てを終わらせ、マデリンに盛大なお見送りをされたリベルタ達一行は、再び王都へ向かう途中にナーハフォルガー公爵領の端にある孤児院を訪れた。
中心部から離れている為か、牧歌的雰囲気が漂い、人よりも羊の数の方が多そうな場所だった。
孤児院は教会の運営ではなく、ナーハフォルガー公爵家二女アニマが私財を投じて建てたものだった。二十代の頃から冒険者として活躍している彼女は、それ相応の収入があるのだ。
「私達も、あの子に会うのは、三年ぶりよ」
スペランツァは、孤児院の前に立つ娘と子供達が見えると、馬車の中から手を振った。あちらも手がちぎれんばかりの勢いで両手を振っている。
どんどんと距離が近づいていくにしたがって、リベルタは、自分の遠近感が狂ったような気がした。
――アニマ様は、スペランツァお義母様から生まれたにしては、大きすぎない?
勝手にサイズ感を想像していたのはこちらの勝手だが、それにしても背が高い。下手をしたら双子のヴォルケンと変わらないくらいデカいのだ。
――そうよね、冒険者として一財産築ける人が、ただの人な訳ないわよね。
リベルタは、自分の思い違いを反省しつつ、後ろで膝を抱えて暗くなっているヴォルケンを振り返った。
――アニマ様の方が、溌溂としていて、明るくて、話しやすそう。
シャイネンの婚約者になる女性として紹介はしてもらったが、一人悲劇のヒロインのようになっているヴォルケンは、生返事ばかりでリベルタを一瞥することすらなかった。もしかしたら、双子として生まれる際、陽の部分をアニマが、陰の部分をヴォルケンが持って生まれてきたのかもしれない。
孤児院の前まで来ると、アニマの明るい笑顔が皆を出迎えてくれた。
「お母様、いらっしゃいませ」
馬車から降りるスペランツァに手を貸すアニマは、シャツにズボンを履いており、一見騎士の様にも見える。
前世の歌劇団を思い出したリベルタは、ちょっとワクワクした。
「素敵なお嬢さんも、お手をどうぞ」
そんな風にアニマに手を差し出され、鼻血が出そうになっているのはリベルタだけではない。
「姿絵……売れるわ」
トワレは、どうやってアニマから肖像画を使う許可を得るか考えているらしい。それくらい、アニマという女性は、カッコよくて紳士だった。
小さな子供達も彼女が大好きらしく、皆彼女の周りから離れようとしない。そして、馬車から次々に人が下りてくるものだから、玄関先の人口密度が、都内の満員電車並みに込み合ってきた。
だが、一番重要人物がなかなか降りないものだから、皆、押し合いへし合いしながら馬車を見上げている。
とうとうしびれを切らしたスペランツァが、場を仕切り始めた。
「アニマ、今日は、貴女に合わせたい人がいるのよ。ほら、早く降りなさい」
スペランツァに急かされて、ヴォルケンは渋々馬車から降りてきた。
「あぁ、これはこれは、いつまでも女々しいヴォルケンじゃないか」
アニマは、大きく口を開けて笑いながら、両手を広げて双子の片割れに迫っていく。
「やめろよ。俺、風呂入ってないし」
「そんな小さなことを私が気にするとでも思っているのか?」
「やめろってぇ」
結局アニマに抱きしめられたヴォルケンは、小さな子供の様に泣き始めた。
「全く、私の弟は、いつまで経っても泣き虫だ」
「俺が、兄で、お前が妹だ」
「私が後から産まれたということは、先に仕込まれたのは私だから、私が姉だよ」
「下品な言い方は、やめてくれ!」
アニマは、昔からこんな風にヴォルケンを揶揄うのが常だった。そして、彼女の婚約者だったベッツは、そんな彼女を心から愛していた。
女性らしからぬ大柄で、貴族世界では生き難い彼女に、
「一緒に冒険者ギルドに行かないか?」
とベッツが声を掛けたのが二人の恋の始まりだった。友情で固く結ばれた二人が、永遠の愛を誓い合うまでにそう時間はかからなかった。
「ヴォルケン、お前はまだ理解できていないのか? 私が独身なのは、死んだベッツに操を立てているわけじゃない。私に似合う懐の大きな男が、ベッツしかいなかっただけの話だ」
喋り方も、立ち居振る舞いも公爵令嬢とは思えないイケメンぶりを発揮するアニマを、頭一つ分低かったベッツという男は、いつもニコニコと見上げていたらしい。
「アニマは、可愛いな」
それが彼の口癖だった。その話を聞いて泣いているのは、女性陣だけではない。意外と涙もろいクルーガーは、トワレにハンカチを借りて涙を拭っていた。
凹凸な双子、結局仲良しなんですよね。




