第七話 315号室
「リベルタ様を襲うだなんて、万死に値します! お父様に、言いつけてやりますわ!」
耳をつんざくような高音でクグロフを叱責したのは、リベトワの顧客にしてこの国の第三王女であるマデリンだった。御年三十歳。色々性格に難ありのようで、数年前に嫁いでいた他国から絶縁状を突き付けられて戻ってきたいわくつきの女性。
しかし、絵の才能は誰もが認めるところで、美しいものを描かせたら右に出る者はいないと言われている。マデリンは、一度リベルタに会って以来、ずっと描かせてほしいと熱望してきた。自分が気に入ったものしか描かない彼女に選ばれるのは、本来は光栄なこと。
ただ、キャンセル界隈でも指折りな面倒くさがりのリベルタには、そんなことは関係ない。
「謹んでお断りいたします」
何度催促の手紙が来ても断り続けていた。そんな彼女に、このホテルまで来るなら描かせてあげても良いと伝えれば、一も二もなく飛んでくるのは分かっていた。そして、彼女は、自分のお友達でもある高位貴族のご婦人達も引き連れてやってきた。理由は、自分がリベルタと親しい間柄になったことを自慢するためだ。
リベトワが国を超えて人気ブランドになってから、トワレは、リベルタのビジュアルを利用した広告を展開してきた。生きる商品陳列である。新しいリップが出れば、いち早く顧客にだけ新色を塗ったリベルタのはがきサイズの絵が送られてくる。こうして、リベルタ教とも言える巨大なファン層が確立されていった。
だからこそ、マデリンも他の貴族婦人達も、予定を全てをキャンセルしてでもこの場に駆け付けたのだ。要は、超VIPのファンミーティング。
これだけの舞台を揃えた場所に、意気揚々と乗り込んできたクグロフは、トワレが想定していた通りの行動を起こしてくれた。熱烈なファンの前で、推しを襲おうとしたのだ。許されるわけがない。大声で笑いたいところだが、今は、マデリンに全てを任せた方がいい。なにせ、この国の王女なのだから。
彼女は、リベルタとは相反する、胸、腰、尻が同じ周囲の爆弾ボディの持ち主だ。欲しいものは、なんでも手に入れたがる性格で、ポスターでリベルタが被っていた帽子も、どうしても欲しいと言うものだから同じものを差し上げた。
そして、彼女は室内なのにご満悦でお揃いの帽子を被って、リベルタの絵をご機嫌で描いていた。その至福の時間を邪魔されたとあっては、多少のことでは許せるはずもない。
「この者は、決して逃がしてはなりません! 直ぐに牢屋に放り込んでおしまい!」
激昂するマデリンは、護衛に命令を出し、罰せずにはおかないといった覇気を見せている。
隣の部屋から様子を窺っていたナーハフォルガー公爵一家とクルーガーは、笑ってしまいそうになるのを必死にこらえていた。気づかれれば、美しいものが大好きなマデリンが、シャイネンとクルーガーに言い寄ることは目に見えている。
リベルタ達に危害が及ばぬよう結界を張っていたシャイネンも、クグロフに中の音が聞こえないよう防音魔法を使っていたクルーガーも、絶対に出てくるなとトワレにきつく申し付けられている。
「マデリン王女、お怪我はありませんか?」
リベルタは、興奮冷めやらず怒り狂っているマデリンに駆け寄ると、その手を握った。美の女神といっても過言ではない彼女に触れられ、マデリンは、急に大人しくなる。
「だ、大丈夫ですわ。えぇ、なんともありませんことよ」
目をキョロキョロと落ち着きなく動かすマデリンのなんと不自然なことか。憧れの推しと握手したオタクのような状況だ。今日で会うのは二度目だが、既にリベルタの言うことなら何でも聞いてしまいそうなほど傾倒している。
「でも、顔が真っ赤です」
「いえ、本当に、えぇ、もう、すこぶる元気で……お願いですから、少し離れて下さるかしら?」
今まで感じたことのない胸のときめきに、マデリンは戸惑っていた。これではまるで、初恋に迷走する少年のようではないか。危うい扉を開けかけている王女は、しばらく手は洗わないぞと心に決めていた。
その様子に、トワレはちょっとムカついた。
――リベルタは、私の親友なのよ!
これでは、妻に横恋慕してくる相手に嫉妬する旦那のようだ。む~~と口を尖らせ、鼻から息を吐きだす。
だが、そんなお子様な不満を本人にぶつけるほどトワレもバカではない。今解決すべき問題は、クグロフの排除だ。
「マデリン様、このような不届き者は、罰しなければなりませんわ」
ここでもう一押しとばかりにトワレが煽ると、合点承知とばかりにマデリンは深く頷いた。こうして、蝋燭位の小さな火種は、キャンプファイヤー並みの火柱まで燃え上がる。
まず、護衛により番所へ突き出されたクグロフが領主の息子と分かるや否や、マデリンは父親に手紙を送った。それは伝書鳩によってあっという間に王の元へと届く。
「なんということだ! 皆、マデリンを助けるのだ!」
元々面倒くさい娘を唯一溺愛する父は、王太子達が止めるのも聞かず、これは大変と兵を派遣させる。もう、内戦でもするのではないかという大げさぶりだ。
来た援軍の多さにマデリン自身驚いたが、
「流石はマデリン王女。国の重要人物を危険に晒した者は、その責めを負うべきですわね」
とトワレが投げかけた囁きが功を奏し、
「皆のもの、徹底的にやっておしまい!」
と号令をかけさせることに成功した。こうして、冒険者ギルドと、商業ギルドが以前から調べ上げていた証拠物を提出し、クグロフ達一族は、財産も全て取り上げられた。
首がチョンパされなかっただけでも、感謝しなければならない。ただ、代わりに犯罪者として鉱山での永年労働を課せられたので、ありがとうの言葉は一生聞けないと思われる。
そして、彼らを絶望まで追い込んだマデリン本人も、今回の件を発見し告発した立役者として、この地を自分がもらい受けることになるとは思っていなかったらしい。
絵と美しいものにしか興味のない彼女は、面倒くさいことが嫌いだ。その事に激しく同意するリベルタは、戸惑うマデリンに微笑みながら言い放った。
「そんな面倒な運営など、慣れた方にしていただいたらいいんです」
流石キャンセル界隈な天才だ。優秀な人材に任せれば、自分は何もしなくても良いことをマデリンに教えてやる。
この発案により、商業ギルド、冒険者ギルド、そして国から派遣された優秀な文官の手により、この国境の町は、商業都市として今後大きく発展していくこととなる。
少々金遣いの荒い第三王女が居ても、適正価格で良品を売るシュクセ男爵家がお抱え商会な為、決して領の資金を食いつぶすことはない。
こうして、全てが終わるまでになんと一週間もかかっていない。商業ギルドと冒険者ギルドに関しては、作戦決行前に話をつけてあり、既に動き出していたからだ。クグロフ達の手先となっていた者は悉く捕らえられ、牢に繋がれていた罪のない人々が解放された後に、そのままそこに収監された。
315号室で始まり、人生の終わりを迎えたクグロフの事件は、のちのち、315315事件と呼ばれるようになる。その長ったらしい数字を重ねた呼び名に首をかしげる者もいるだろう。
そこには、315(サイコー)な315(最後)という言葉遊びが潜んでいる。
「89ー(バッチグー)ね! 本当に、クグロフってやつは、123457890(ろくでなし※6がないから)だったわ!」
前世の昭和レトロブームで知ったポケベルの知識を自慢げに披露するリベルタに、シャイネンは真面目に謎を解き明かそうとし、スペランツァは、楽しげに一緒に変な言葉を使いだした。
皆が楽しそうならいいかと思いながらも、もっと他に知能を使って欲しいと思うトワレだった。
作者は、ポケベルリアル世代ではなく、リベルタも昭和レトロブームで知った口です。
読み手の皆様に混乱を招いてしまったようで申し訳ございません。




