第六話 あの手
領主の息子クグロフは、牢に入れた男が一向に反省しないことにイラつきを覚えていた。
「くそ、なんで心が折れないんだ」
ネズミの出る石造りの部屋には、トイレとボロボロの布団しかない。食事も粗末なもので、一日一食。その代わりに日に三回看守に殴らせている。
しかし、赤髪の男は無言を貫いている為身元すらわかっていなかった。冒険者ギルドに登録されている名前は、レッド。髪の色を由来にした偽名なのは丸わかりだ。身ぐるみ剥いだが、ギルド証と僅かな金しか持っていなかった。どうやら金の殆どをギルドが運営する銀行へ入れているようで、しかもそこから金を引き出せるのは本人だけ。このままでは、食わせている食事代の方が高くつくだろう。
そして気になるのは、冒険者ギルドの動向だ。抗議をしてくるどころか、こちらも沈黙を守っている。何か言ってくれば、それを逆手にギルドから金をせしめようと思っていたが、部外者という立ち位置を貫かれては言い掛かりをつけることも出来ない。
「はぁ……奥歯が痛む」
殴られた頬は盛大に腫れ上がり、食事をすると血の味がした。毎日氷で冷やしていたが、元々下ぶくれな顔が、洋ナシのような形状になっている。まだ二十歳を超えたばかりなのにデップリと突き出したお腹にはお似合いの顔とも言えた。
「こういう時は、良い女に限る」
根っからの女好きは、こんな状態になっても下品な発想しかできないらしい。そして、質が悪いのは、彼はプロよりも素人を好むというところだ。領主の息子という身分を使い、文句の言えない平民の女性を何人も食い物にしていた。町の者にできる対処法は、若い娘を一人で出歩かせないことと、クグロフを見たら逃げろと教えるくらいだった。
そんな状況で、彼は、なかなか新しい女を調達することが難しくなっていた。だからこそ、駆け出しの女冒険者に手を出そうとしてこうなってしまった。全く反省などしない男は、どこかに良い女が転がっていないかと思考を巡らしていた。
すると、運の良いことに手下の者が一枚のポスターを持って帰ってきた。そこに描かれていたのは、大きなつばの帽子を被った垂れ目で色気の漂うメロンカップの超ナイスバディ美女。
しかも、不必要に肌を露出するのではなく、あえて首から腕の先、足先までをきっちりと隠した品のある装いが、余計に中身への想像を掻き立てた。
「これは、これは、稀にみる上玉だ」
貴族令息とは思えない、女性を値踏みする発言。これだけとっても、リベルタならとび膝蹴りをお見舞いしたいレベルだろう。
だが、クグロフは更に人差し指で、絵姿の女の頭から首、腰にかけてのラインをなぞった。
ふんわりと結い上げた髪型は若い娘には似合わない大人らしさが漂い、表情から見える初々しさとのギャップが益々魅力的に見せる。しかも、胸元から腰、尻にかけるラインが完璧な奇跡の存在。
クグロフが舌なめずりをしながら書き込まれた文字を見ると、どうやら「リベトワ」という化粧品ブランドのイベントポスターのようだった。
「この女なら、広告塔と言われても納得する」
どこのモデルかは分からないが、どうせ平民。多少無理やり屋敷に連れ込んでも、金でもつかませて放り出せば問題ない。浅はかな男は、ポスターに書かれた日にちを確認し、二日後の午後、イベント会場へ意気揚々と向かった。
目的の場所は、街の中心街にある三階建ての高級ホテル。すべての部屋がスイートルーム仕様で、こじんまりしているように見えるが、予約が取れないことでも有名な老舗だった。
この時点で彼は気づくべきだった。ここが、ただの平民が借りられるような場所ではないことを。
しかし、見た目の派手さばかりを追う彼は、本物の価値あるホテルなどは縁のない生活をしていた。ぱっと見豪華な張りぼてのシャンデリアでも釣り下がっていれば、高級と判断していただろう。そして、そういう場所は、金さえ払えば融通が利くのが常だ。札束で何でも解決してきたクグロフは、今日もそうなるものと高をくくっていた。
中に入ると、生演奏が流れるエントランスに従業員以外の人間は居なかった。伝統と格式あるホテルは、成金趣味なクグロフの目には古めかしい美術館のように見えた。成人になっても親の脛をかじり何も仕事をしていない彼は、こういったレベルの高い社交場を兼ねた場所に立ち入らせてもらったことがなかったのだ。
表玄関の横に立つ優秀なドアマンは、普段なら彼がここに足を踏み入れる前に、許可ある者しか入ることは出来ないと伝えるはずだ。それが見逃されている時点で、ホテルもグルなのは間違いないだろう。
「最上階の貴賓室か……」
特別なお客様を招待しての商談会らしく、応接室を兼ね備えた最高の部屋が押さえられていた。多分参加者も上顧客だけなのだろう。
そんな商売の仕方も知らないクグロフは、イベントの規模の小ささに益々リベトワという化粧品ブランドを侮り始めていた。
「なんだ、ホールを貸切ることも出来ない弱小の店か。しかも、しみったれたホテルだな」
貴族としての品格を持ち合わせていないクグロフには、繊細な模様が描かれた高級な絨毯がぼやけた柄の安物にしか見えなかった。審美眼がある、ないの問題ではない。人間的質の問題だ。
彼の生まれ育ったこの領は、国境沿いにあることで何もしなくても物流の拠点となり、金が自然と湧くシステムが出来上がっていた。そのせいで、何代にも渡って領主の質は落ちていき、次の跡継ぎがとてつもないクズだったとしても、誰も問題視しない程に成り下がっていた。
「さぁさぁ、この顔が、どんな風に歪むのか見ものだな」
ポスターを見ながら醜悪な笑みを浮かべるクグロフには、嗜虐趣味があった。女性に対して目も当てられない程酷い扱いをすることは有名で、だからこそ、今回の作戦にホテルのオーナーもかなりの意気込みで参加しており、全館貸し切り状態にしてくれていた。
このホテルに一歩足を踏み入れた時点で、クグロフに逃げる場所は無くなっていたと言っていい。
「315号室、315号室」
ポスターに記載されていた部屋は、このホテルの中でも最も広く、応接室や二つのベッドルーム等を兼ね備える貴賓室だった。流石にドアの前に立ち、豪華な観音開きの扉を見てクグロフは、何度も部屋番号を確認した。
「本当に、ここなのか?」
躊躇しながらもドアノブを回すと、あっさりと扉の片方が開く。そして中を覗くと大通り側にあるガラス窓から光が入り、ポスターに描かれた女性を照らし出していた。
実物を見たクグロフは、生唾を飲む。上質な布に包まれた肢体は、絵には表せない柔らかさに満ちていた。彼女は窓の外を眺めており、美しい横顔は優しく微笑んでいる。
逆光に浮かび上がる美しい胸から細い腰へのラインは、神々しさすらあった。こんな女なら、一生そばにおいて可愛がってもいいとすら思える。
クグロフは、息を潜めて部屋の中の様子を窺った。
しかし、話し声なども聞こえず他に人がいるような気配もない。
――まるで、俺を待っていたかのような状況だな。
既に勝つことを確信していた彼には、この状況が自分のために整えられた断罪の場だと気づけるだけの知能はない。
部屋の中に滑り込み、内側から鍵を掛けたクグロフは、ポケットからハンカチを取り出した。そして、手に握る睡眠薬の入った瓶を開けると、中身の液体を全てハンカチに染み込ます。手口が明らかに慣れており、犯罪者の匂いがプンプンとした。
壁に張り付き、徐々に帽子の女との距離を縮めていく。そして、あと一歩と言う所で思い切り床を蹴って襲い掛かった。
ゴン
睡眠薬付きのハンカチを握っていた手が透明な何かにぶつかり、指がポキリと折れたのが分かった。
「ぎゃぁ~」
悲鳴を上げながらクグロフは、毛足の長い絨毯の上を転がり回る。
そんな彼を見ていたのは、一人ではなかった。
ソファーに座るのは絵筆を持った女性。その背後には、何人もの着飾った女性が立っている。どの衣装も一目で高級と分かるものばかりで、全員が貴族のご婦人方だと分かった。
「誰か、この者を取り押さえなさい!」
絵を描いていた女性が筆を振り上げて命令を下すと、物陰から現れた護衛らしき男達がクグロフを捕らえて縛り上げていた。悪行を働いていた男の最期は、もうすぐだった。
おはようございます。今日も暑い。そして、正に今、セミが一斉に鳴きだした。聴覚まで暑くするのは止めて欲しい。なんと、PVが、65,000を超えました。64,000を超えてからが長かった……。目指せ66,000。そして、出版する頃には、70,000超えてるといいなぁ。皆様の応援、身に沁みます。いつも、ありがとう♪




