第五話 軍師トワレ
トワレが馬車を走らせ向かったのは、連絡を寄越した冒険者ギルドではなく、商人ギルドが管理する厩舎だった。国境沿いにある貿易中継地でもあるこの領では、他国からの商団が動きやすいように様々な工夫がされている。
その中でも、特筆すべきは受け入れ態勢の充実度だ。各国から出向く商人向けに作られた厩舎では、金を払えば滞在中馬の世話もしてくれる。
その一角を通年契約でシュクセ男爵家が押さえていた。専属の飼育員もいる為、そこに預ければ馬車自体の管理も完璧にしてくれるだろう。
馬車から降りたフラッシュは、その足で直ぐにでもヴォルケンが捕らえられている牢へ向かいたいところだった。
しかし、それをトワレが止める。
「大変申し上げにくいのですが、ヴォルケン様は、御実家のことを公表したいとは思われていらっしゃらないとお察しいたします」
多分、領主の息子が冒険者に対して悪さをしようとした時に、名を明かして仲介に入れば、ここまで大事にはなっていない。そして、今更名を出せば、あちら側が優位に立つことでどのような無理難題を押し付けられるか分からないだろう。
「先ずは、状況を把握することが大切です。既に、シュクセ家の者に情報を集めさせておりますので」
トワレは、自分達がナーハフォルガー公爵領を出る前に、伝書鳩を飛ばしていた。それは、各所の中継点を経由し、次々に新しい鳩が手紙を運んだ。そして、数時間前に到着し、シュクセ家お抱えの情報屋が動いている。
まるで戦場における軍師のような落ち着きと才覚を前に、フラッシュは驚き、そして戦慄した。彼女が兵士を指揮すれば、情報と機動力を武器に敵に甚大な被害を与えることができるだろう。
「トワレお嬢様、お待ちしておりました」
馬車の到着時間を正確に把握していたかのように、一人の男が現れる。この地におけるシュクセ男爵家の営業を一手に引き受けている番頭のエルメだ。年のころは四十。少々禿げ上がった頭は寂しそうだが、小さな目に秘められた眼力が半端ない。
その横には、手紙を寄越した冒険者ギルドの長も居た。年齢は、エルメよりもずっと若く見え、冒険者としては優秀なのかもしれないが、団体の運営などといった事務仕事などは苦手なタイプに見えた。
彼らに先導され、皆が招き入れられたのは品の良い応接室。軽食に温かな飲み物、甘味なども並べられており、空腹を感じ始めていた者の腹を満たしてくれる。
「エルメ、では、報告を」
指示を出すトワレは、まだ十代だというのに長としての威厳があった。もしかしたら、予想外に貴族になってしまったシュクセ男爵よりも、学園で貴族社会に馴染み、若い頃からその世界で生きていくことを覚悟していたトワレの方が、肝が据わっているのかもしれない。
また、仕事はできるが根回しが下手な父親より、先の先を見通して動くトワレには無駄がない。そこが従業員達にとっても心強いところであり、信頼できるポイントなのだろう。年若い娘に対して、エルメは何故か満足げに頷き、そして調べ上げた情報を開示してくれた。
そこには、ヴォルケンが収容されている牢の場所、領主の息子の今までの悪行、領主に流れる不穏な金の流れ、更には牢の見張り役の名前や家族構成に至るまで、綿密に書き記されていた。
「ヴォルケン様を助け出すには、いくつか方法がございます。領主に金を積むか、領主の息子に女を与えるか、牢の見張り役の家族を人質に取るか」
「ちょっと、トワレ、最後の一言、怖すぎるから!」
親友の言葉に、リベルタは慌てて話を中断させる。最も効率的で時間のかからない対策を考えてくれてのことだろうが、それではこちらが犯罪者になる。
「分かっているわよ。そんなことしないわ」
そういうトワレの目が笑っていない。やろうと思えば、直ぐにでも見張り役の家族はこの場に連れてこられる状態なのだろう。
「しかし、なんか癪だよな。その領主の息子とかって、罰することは出来ないのかよ」
話を聞いていたクルーガーは、やりたいことをやって人を貶めたやつに金や女を与えて見逃してもらうといった方法が気に入らないらしい。正直に言って、ざまぁをしたいのだ。
「事を荒立てて良いことなど一つもないと思うけど」
「それでも、なぁなぁで終わらせたら、今後もそのバカ息子は、やりたい放題ってことだろ?」
ヴォルケンを救うだけならいいが、根本を絶たなければ、何度でもヴォルケンは同じようなことを繰り返す。そして、下手をしたら処刑されてしまうことも考えられた。
「面倒くさいわね」
トワレは別に、ヴォルケンに対して思い入れがあるわけではない。それに、今回の件を上手く片付けたとしても、きっと彼は今後もどこかに首を突っ込み騒ぎを起こすタイプだ。正義の味方と言えば聞こえはいいが、全て理詰めでことを運ぶトワレに取れば、それは無謀以外の何物でもない。
「じゃぁ、領主の首を挿げ替えればいいわけ?」
もっと恐ろしいことをリベルタが口にした。これでは、国盗りと言われても反論できない。
「おいおい、リベルタ、過激すぎだろ」
クルーガーは、目をきょろきょろと動かして周りにいる者の反応を窺う。仮にも隣国の公爵が、他国に侵入した挙句領主の交代劇に関わったとあっては国交問題にもなる。
しかし、フラッシュは頷き、スペランツァは手を叩き、シャイネンに至っては良くやったと言わんがばかりにリベルタの頭を撫でている。
「いや! ダメですからね!」
この場で、クルーガーが一番まともだという悲しい事実に、本人は焦りを隠せない。このメンバーに任せていたら、ここで戦争でも起こしそうだ。
冷や汗をかいている夫の横で、トワレは一番手間がかからず、ナーハフォルガー公爵の名前を出さず、領主にざまぁを出来て、さっさとこの場を離れられる案を考えていた。
「分かったわ。それなら、あの手を使いましょう」
クルーガーは、どんな手なのか聞かない。聞いたら後悔しそうだからだ。
「トワレ、頼むから物騒な手は使うなよ」
「何を物騒と思うかは、人によると思うのよ」
「そういう言葉遊びはいいから。頼む、武力だけは使うな」
「あら、武力だけが物騒とは限らないでしょ?」
「いやだ、この嫁」
クルーガーは、愛妻の策士過ぎるところだけは、いまだに慣れない。
「穏便に、穏便に」
腹黒と言われた彼が、まさかの事なかれ主義的言葉を吐くほどに、どうやらトワレの策略はえげつないらしい。
「ねぇ、そんなことより、お肉ないの?」
軽食では腹が満たしきれない空気を読まないモンスターは、早々に作戦会議に飽きて食に走っている。どれを食べてもおいしいのだが、余計に食欲を刺激されて、血が滴るステーキが食べたくなってしまったようだ。
リベルタは、全面的にトワレを信じ切っている為、最初から作戦など丸投げ一択。あとは、言われるままに行動するのみと達観している。
「お前らと行動したら、命いくつあっても足りない気がしてきた……」
萎れるクルーガー以外は、全員が平然としている。元賢者のストレスフリーな生活は、いつまでも訪れなさそうだ。
しかし、彼が、この後トワレが手紙を書いた相手を知ったら、胃痛だけでは終わらない衝撃を受けただろう。そして、その手紙は、トワレの伝書鳩によってあっという間にこの国の首都へと運ばれていった。
手紙を受け取った主は、その内容を見て目を輝かせた。
「まぁ! リベトワからの招待状だわ」
色白でふくよかで、苦労を知らない柔らかな指を持つ女性は、国境沿いの某領へ向かうべく、侍女に命令を下し、数時間後には馬車に乗り込んでいた。
コツコツコツコツ……少しずつですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
最近、私自身へのお気に入り登録をしてくださる方が、1~2名ずつですが着実に毎日増えていることが嬉しいです。いつの日か、大台1000人になれるといいなぁ。




